3階にある自分の部屋は、最後に見たそのままの光景のままだった。赤いリュックサックが転がり、ベッドの上には脱ぎっぱなしのパジャマが放り投げてある。
床には大学の卒業式に着ていった服が脱ぎ捨てられて、ぐちゃぐちゃのシワだらけになっていた。

卒業式にはいつも着ていたクテクテの白い長袖Tシャツにフリーター時代に購入したユニクロの黒ジーンズ、LONDONとでかでかと刺繍されたキャップを被り、ドクターマーチンのブーツで行った。このドクターマーチンは去年捨てようとしていたものを、わざわざ父親が修理に出して、綺麗に直してくれたものだった。バイト先の上司が、ブーツは修理を重ねれば重ねるほど、味が出てくるものだと言っていたのを思い出す。


服の回りにはスケッチブックや脱ぎ捨てた靴下、お菓子のごみが落ちている。ベッドサイドには山積みになった小説やら漫画やら画集やら本が山積みになっていて、書きなぐったスケッチが何枚も重なって置いてある。
部屋の中央に陣取るのは、ほぼ1年中起きっぱなしの扇風機だった。


のろのろとベッドに近づいて、ごろんと横たわる。草原とは比べ物にならない柔らかさと、ふわふわした毛布の安心感でふうとため息をつく。
ハナは下のリビングから上がってこない。久々に再開した母の元にいたいのだろう。ハナは母が1番大好きだったから当たり前だった。
渋谷のヴィレッジヴァンガードでアルバイトしていたときに買った、でかいしろくまのぬいぐるみ枕に頭を沈めた。

一瞬のフリーター時代を思い出す。
あのときお世話になった上司にひとこと、ありがとうございました、と連絡してもよかったかもしれない。
でも連絡してどうする。
もうとっくに縁が切れて迷惑までかけた人間から突然「ありがとうございました」なんてメッセージがくるなど気持ち悪いだろう。それに、どうせ1月も経てば忘れられる薄いコミュニケーションしかしてこなかった。
誰に言ったところで、止められたのは自分だけなのだ。
別途脇の本棚を見ると、おいてあったはずのコーラのペットボトルやどら焼きの包み紙だけが綺麗になくなっていた。母親が片付けたのだろう。


どすん、どすん、と階段から足音がした。深夜に帰ってくる人物と言えば、今年から某大手コーヒーチェーン店の社員になった姉だろう。疲れた顔の姉の横顔が一瞬顔をだした。ショートカットだった髪が肩を撫でるくらいまで伸びていた。そしてまた痩せた。食事をこちらを見るようすもなく、向かい側の姉の部屋に引っ込んだ。
足元のフローリングを見る。漫画が落ちている。ヒーローを目指す少年の話の漫画だった。そういえば、完結を見届けずに終わった漫画がいくつかある。
読んでからでもよかったか。
でもそうして生き延びたところで、また新しい連載が始まって、その完結を見届けるまで命が惜しくなるのだろう。その醜い繰り返しを続けたところで、むなしさが増すだけだと思った。

仏壇に漫画を置いてくれればもしかしたら読めるかもしれない。そんなことをしてくれる人はこの家族の中にはいないだろう。遺書に「東京喰種」「青の祓魔師」「GIANT KILLING」「僕のヒーローアカデミア」の新刊を買ってください、とでも書いておけばよかったか。ワガママか。