喪に服している時のお参りは、「なぜ神社はNGで、寺社はOKなのかは?」、風習と思われるので、はっきりしたことは言えませんが、私が感じているところ、神は死を嫌うもので、仏は死を嫌わないないものと思います。また、人は亡くなっても神にはなれませんが、仏にはなれるように神は人とは区別があり平等ではありません。しかし、人は亡くなれば誰でも仏になれます。このような考えから、仏教の考え方の方が戦争や争う事が起こらないと思います。

 そして、神教的な考えだと両親の死後その家には住むようにせず、遷宮の祭り事のように新たに住居を構えるように、常に神は一番であり、親でも亡くなったものは勿論のこと、一般の信者とは一線を画すもののように思われます。

 (あくまで私の感じた持論ですので、すべてを信じないで下さい。)

ですから、神はいくら我儘なことをしても許され、それに従わない者は、ばち撥が当たるというものです。

 (北朝鮮でも一番上は神で従わない者は処刑される者となる?)