遅ればせながら、東京都庭園美術館の「生命の庭―8人の現代作家が見つけた小宇宙」会期最終日に行って参りました。

(会期に間に合わないレポートでごめんなさい。)
「生命の庭」というタイトルにあるように、作家達それぞれの生物や自然のエッセンスを感じさせる作品が、庭園美術館の装飾空間とコラボレートして展示されていました。
思えば、「生物」や「自然」は人類が原始の頃から取り組んできた創作テーマで、元々は収穫や狩りへ願いから表現し始めたと言われています。
時代が進み、「願う」だけしかできなかった人類が、文明や科学で自然をコントロールできるようになると、
自然のままで人間が介入しない美(自然美)と、人間が意図して作った美(芸術美)を分けて考える思考が生まれ、比較したりどちらかの優位に立つ価値観が発生しました。
そして人類が大気圏を越え宇宙に繰り出し、人の影響が全くない完全な自然が極僅かとなった現代、その価値観も古く合わなくなったと言えます。
人間を自然の一部として大自然に任せることも、人間中心に自然を外側としてコントロールすることも、結局はどちらも合っていて、むしろ一人一人その中点を探ることが、現代に人間が自然を表現する際の共通テーマとなっているのでははないでしょうか。
今回、8人の作家達はそれぞれアプローチは全く異なりますが、自然物と人工物を扱って創作しています。
そこには一昔前の「人間VS自然」の構図はなく、人と自然の間の繋がりや媒介、混ざり合い行き着いた形としての作品がありました。
ある作品は化学物質と動植物の痕跡を織り交ぜられ、ある作品は鍛練した技巧で命の営みを造形されていました。
作品たちはそれぞれ保有する世界に鑑賞者を導き、日常や時間を忘れさせます。
鑑賞者は木漏れ陽の揺れ動く模様をじっと眺めていた時のような、子供時代の純粋な好奇心を取り戻すことができるのです。
人により管理されている「庭」は、大自然よりも人に都合よく出来ています。
けれども一つ一つに目を向ければ、生まれて朽ちること、環境や外部からの影響を受ける術、偶然の成せる奇蹟に、自然への畏敬の念を感じることでしょう。
作品の前に佇み、作家達の世界観を渡り歩く鑑賞体験は、私にとって窓の外の庭園を散策するのと同じ感覚がしました。