ところで、この公園にはさりげなく先の大戦の戦争遺跡が保存されています。
掩体壕です。
掩体壕を横から見たところ。
金属製の説明文のプレートによると、このお椀を伏せたような形の「掩体壕」(えんたいごう)は、軍用機を空襲から守るための格納庫で、目的は「本土決戦」に備えて残り少ない戦闘機「飛燕」を温存するためのものであったそうです。戦況が悪化する1944年頃から地元の中学生などを多数動員して約30基の掩体壕が造られたと記されています。
管理事務所に展示されている説明文などによると、この掩体壕は長さが約12メートル、横幅が約12.3メートル、高さは約3.5メートルであり、コンクリート製で内部を鉄筋で補強したものだそうです。(ただし鉄筋部分は現在は失われている。)
現在、武蔵野の森公園には、この掩体壕と、南にもう一基が保存されています。
また、この武蔵野の森公園には、「玉石張りの水路」というものも保存されています。
金属製の説明文によると、こちらも戦時中に、調布飛行場に水が入ることを防ぐためと、周壁に代えるためにこの水路が作成されたそうです。戦時中で人手不足であったため、刑務所の受刑者が作業員の大部分にあてられたと記されています。
第二次大戦においては、日本は広島・長崎の原爆で約35万人の市民の方々が亡くなり、あるいは東京大空襲においては約10万人の市民が亡くなりました。また日本の軍人だけでも300万人もの方々が亡くなったとされています。
このように全国のあちこちに残っている戦争遺跡を見るにつけても、約70年前のことを忘れるべきではないと思います。
・武蔵野の森公園|東京都公園協会
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