非正規社員に対する賃金格差が違法とされた裁判例/労働契約法20条・18条 | なか2656のブログ

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1.非正規社員に対する賃金差別は違法との判決が出される



2016年5月13日の朝日新聞の記事によると、同日、つぎのように正社員と定年後に再就職した非正規社員が同じ業務をして賃金に格差があるのはおかしいと非正規社員が訴訟を提起したところ、それが認容された地裁判決がだされたとのことです(東京地裁平成28年5月13日判決)。

『定年後に再雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは違法だとして、定年前と同じ賃金を払うよう勤務先の横浜市の運送会社に求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。

裁判所は「業務の内容や責任が同じなのに賃金を下げるのは、労働契約法に反する」と認定し、定年前の賃金規定を適用して差額分を支払うよう同社に命じた

 判決によると、3人は同社に21~34年間、正社員として勤務。2014年に60歳の定年を迎えた後、1年契約の嘱託社員として再雇用された。業務内容は定年前と全く同じだったが、嘱託社員の賃金規定が適用され、年収が約2~3割下がった
(略)

 (判決は)コストを抑制しつつ定年後の雇用確保のために賃下げをすること自体には「合理性はある」と認めつつ、業務は変わらないまま賃金を下げる慣行が社会通念上、広く受け入れられているという証拠はないと指摘。「コスト圧縮の手段とすることは正当化されない」と述べた。

 会社側は「運転手らは賃下げに同意していた」とも主張したが、判決は、同意しないと再雇用されない恐れがある状況だったことから、この点も特段の事情にはあたらないと判断した。』
(「同じ業務で定年後再雇用、賃金差別は違法 東京地裁判決」朝日新聞2016年5月13日付)


2.労働契約法20条の導入の経緯
労働契約法20条は、正社員のような期間の定めなしの雇用で働く人と、再雇用など有期雇用で働く人との間で、不合理な差別をすることを禁じています。

そもそも労働契約法は、2007年に労働基準法の労働契約の部分を新たな法律として条文化した比較的最近の法律です。

そして、同法3条に訓示的・理念的に存在した、「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」の規定をより具体化するために、2012年に労働契約法が改正される際に制定されたものが現在の20条です。

このように比較的新しい条文であることもあってか、新聞記事によると、賃金格差について同条違反を認めた判決は例がないとのことです。本判決の原告側弁護団は、「不合理な格差の是正に大きな影響力を持つ画期的な判決だ」と高く評価しているとのことです。

たしかに定年を迎えた社員を別の給与水準で再雇用することは多くの企業が慣行として行っていますので、この裁判例のわが国の社会に与える影響は大きいものと考えられます。

3.労働契約法20条について
労働契約法20条はつぎのような条文です。

労働契約法

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。


(1)対象となる「労働条件」
この20条で規制の対象となる「労働条件」とは、「賃金・諸手当、労働時間・休日の基準、休暇、安全衛生の基準、福利厚生給付の内容も含まれ、解雇、配転、出向の基準・手続き、服務規律・懲戒の手続き」などが含まれるとされています。

(2)「不合理と認められるもの」の判断
不合理と認められるものであってはならない」とは、労働協約、就業規則、個別契約のいずれかの効力を否定するものとされています。

つまり、それらの労働条件が、無期契約労働者の労働条件に比し、本条の趣旨に照らして法的に否認すべき内容ないし程度で不公平に低いものであってはならないという意味とされています。(菅野和夫『労働法[第11版]338頁)

この点、20条は穏やかな判断要素による総合判断を行う基準とされており、たとえば、厳密な「同一労働同一賃金の原則」の考え方はとっていないとされています。(菅野・前掲339頁)

すなわち、賃金の格差は、なるべく職務の内容に整合的に設定されるべきとされています。

この要素では、業務の種類・難易度・範囲・権限などが考慮の対象となり、企業経営を左右する重要な決定への関与、高度の専門的知識・特別の創造的才能ないし高度の熟練技能の必要性に応じたより高い報酬は正当化され、それを必要としない定型的業務はより低い報酬でも仕方がないとされています。(菅野・前掲341頁)

なお、この不合理性の判断において、労働条件の設定手続き(プロセス)が使用者によって一方的に行われたものか、あるいは労働組合などとの労使交渉を経て行われたものか、そして後者の場合は交渉の形態(とくに有期契約労働者を含み、その意見を反映する形で行われたか否か)や状況(合意達成の有無・内容)などの事情も重要であるとされています。(菅野・前掲340頁)

(3)20条違反の効果
この20条違反の効果について、国会審議における政府答弁は、「民事的効力」としており、不合理と認められる賃金と本来の賃金との相違については、過去の差額賃金相当額と慰謝料の請求が認められます。

また、無効とされた労働条件がどうなるかについては、これも国会審議における政府答弁および通達(平成24年8月10日基発0810第2号)は、20条は補充的効力を有するとされ、つまり、裁判で「不合理」と認定されれば、無期契約労働者の当該労働条件が代替的に適用されることになるとされています。(菅野・前掲343頁)

4.本判決の検討
本判決の事例をみると、トラック運転手という同じ業務を正社員と非正規社員が行い、両者の賃金において、後者の賃金が2~3割低かったとされています。

うえでみたように20条は、厳密な同一労働同一賃金の原則はとらないとしつつ、本条の趣旨に照らして法的に否認すべき内容ないし程度で不公平に低いものは違法になるとしているので、同じ業務をしつつも2~3割賃金が低い点に注目し、裁判所は20条に照らして違法との判断をしたものと思われます。

また、会社側は「運転手らは賃下げに同意していた」とも主張したが、判決は、同意しないと再雇用されない恐れがある状況だったと斥けています。

この点もうえで見たとおり、法20条の判断において、労働条件の設定手続き(プロセス)が使用者によって一方的に行われたものかを裁判所が重視していることがうかがえます。

そして、法20条の効果を民事的効力として、不合理と認められる賃金と本来の賃金との相違については、過去の差額賃金相当額と慰謝料の請求が認められるとしている点も上と同じです。(ただ、記事には慰謝料については触れられていないので、この点は不明です。)

5.この判決の影響
(1)弁護士ら専門家の見解
この判決の運輸業界では、定年後の再雇用で賃金が下がることが多いとされています。労働契約法に詳しい水口洋介弁護士は、「運転手のような仕事は、再雇用後も『同一』とみなされやすい。他の専門的な仕事も、賃金をそろえるか、仕事の中身を軽くする流れになるのでは」とのコメントを新聞記事によせています。

一方、みずほ総合研究所の堀江奈保子上席主任研究員は「今回は全く同じ業務内容とされたが、他の業界は、正社員と非正社員の責任や働き方が違うことが多い。同じ賃金にするのは実務的にも難しく、影響は限定的だろう」とのコメントをよせています。
(「広がる再雇用、賃下げに警鐘 待遇改善に期待 違法判決」朝日新聞2016年5月14日付)

(2)労働契約法18条の死文化という前例
うえでみた水口弁護士が述べておられるように、この裁判例により、専門的な職種の非正規社員の賃金が正社員にそろえられる可能性があります。しかし一方、みずほ総研の研究者の方が述べておられるように、他の業界・業種へこの裁判例がおよぼす影響は限定的との見方もありえます。

とくにうえでみたように、法20条が厳密な「同一労働同一賃金の原則」を採用していないことは、労働者側にとっては痛手です。

さらに、労働契約法18条の死文化という先例もあります。

労働契約法18条は、おおざっぱにいうと、有期労働契約社員が5年間継続して勤務し、さらに働きたいと申出を行った場合は、使用者はこの労働者を期間の定めのない労働契約の社員としなければならないという条文であり、2007年の労働契約法制定の際の目玉のひとつでした。

ところで、非正規社員側にとって朗報のこの条文は、当然、使用者たる企業にとっては都合が悪いわけで、この労働契約法が施行された2008年の直前期には、非正規社員の期間単位の更新の契約書に、「5年を超えて雇用しない」との条文を追加する大企業や早稲田大学をはじめとする有力大学などが大量に発生する事態となりました。(酒井和子・清水直子『知らないと損するパート&契約社員の労働法 Ver.3』40頁参照)

つまり、従来は、非正規社員であっても5年を超えて企業などが雇用を継続することは可能であったにもかかかわらず、非正規社員を正社員化して権利を増進させようという趣旨の労働契約法18条できてしまったせいで、かえって非正規社員は5年未満で雇止めするという事実上の人事・労務ルールが日本にできてしまったのです。

その意味で、この労働契約法の立法にたづさわった人間の罪は重いと言わざるを得ません。

このようなかつての労働契約法18条の悪影響を考えると、今回の労働契約法20条に関する裁判例も、ポジティブにばかり考えるわけにはゆかないかもしれません。

つまり、使用者側が、正社員を非正規社員として再雇用するとこのような訴訟を提起され敗訴する法的リスクがあるのなら、もう高齢の正社員を救済する意味もこめて再雇用すること自体を一切止めてしまおうと考えるおそれがあります。

つまり、再雇用のかわりに、最初から賃金の抜本的に安い別の契約社員・派遣社員などを新たに雇って人員を補充しようと企業側が法的リスク回避の観点から判断する可能性は大いにあります。

本判決を受けて、わが国の全国の企業の人事部などがどのような対応を行うのかが注目されます。法18条のような悪しき前例があることから、あまり楽観視すべきではないと思われます。

■参考文献
・菅野和夫『労働法[第11版]』338頁
・浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾『有斐閣アルマ労働法[第5版]』96頁
・酒井和子・清水直子『知らないと損するパート&契約社員の労働法 Ver.3』40頁

労働法 第11版 (法律学講座双書)



労働法 第5版 (有斐閣アルマ)



イラストでわかる 知らないと損する パート&契約社員の労働法 Ver.3 (Illustrated Guide Book Series)





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