弁護士法23条照会に対する回答を拒否した法人に対する弁護士会の損害賠償請求が認容された事案 | なか2656のブログ

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1.はじめに
以前のブログ記事でも取り上げたとおり、弁護士法23条の2に基づく照会(いわゆる「弁護士法23条照会」)に関しては、これまでの一般的な裁判例は、その照会に公私の団体が回答することは公法上の義務であるとしつつ、しかし、照会を受けた団体が、プライバシー権などを比較考慮して回答を拒否しても、回答を要求してきた弁護士や、弁護士に依頼している人間との関係で不法行為責任は成立しないとしてきました。

ところが、平成27年2月に、弁護士法23条照会への回答を拒否した団体に対して弁護士会が損害賠償請求をしたところ、その一部が認容された興味深い高裁判決が出されましたので、この判決を取り上げてみたいと思います。

■追記(最高裁平成28年10月18日判決)
本日(2016年10月18日)のニュース記事によると、この記事の日本郵便対愛知県弁護士会の訴訟につき、本日、最高裁から弁護士会の損害賠償請求を認めた二審の名古屋高裁判決を破棄し、弁護士会は賠償請求できないという初判断を示したとのことです。

下に記したとおり、転居届の弁護士会照会への回答は判断が難しいので一律拒否という日本郵便の経営判断はひどいですが、しかし最高裁判決が出たことで、弁護士法23条の2照会は公法上の義務であるものの、事業者が回答を拒否しても損害賠償責任を弁護士会に対して負わないことが確定しました。

これも下で記しているとおり、弁護士会に弁護士会照会の請求をする個々の弁護士とその依頼人の権利は、弁護士会が持つ権利より小さい、反射的な権利にとどまるとするのがこれまでの地裁・高裁レベルの裁判例の集積の結果です。

そのため、この最高裁判決により、弁護士会に弁護士会照会の請求をする個々の弁護士とその依頼人も損害賠償請求をできないことがほぼ確定したのではないかと思われます。事業者側の実務に沿った画期的な判例であると思われます。

・弁護士会は賠償請求できず=照会拒否めぐり初判断-最高裁|時事ドットコム2016年10月18日付

■以前のブログ記事
・【金融機関の守秘義務】弁護士会照会(弁護士法23条の2)への対応

・【金融機関の守秘義務】弁護士会照会(弁護士法23条の2)への対応(2)



2.名古屋高裁平成27年2月26日判決[上告](『金融法務事情』2019号94頁)
(1)事実の概要
X1は、未公開株詐欺にからみ金銭トラブルとなっていた訴外Aの財産に強制執行することを弁護士Bに委任しました。

平成23年9月26日に弁護士Bは所属するX2弁護士会(愛知県弁護士会)に対し、①A宛ての郵便物についての転居届の提出の有無、②転居届の届出年月日、③転居届記載の新住所、④転居届記載の新住所の電話番号(以下、「本件照会事項」という)につき、Y(郵便事業会社、現在は日本郵便に吸収されている)に弁護士法23条照会をするよう申出を行いました。

翌9月27日にX2はYに対して弁護士法23条照会を書面にて行ったものの、Yは同年10月14日付の書面で本件照会に応じられない旨を回答しました。このような経緯を経て、X1、X2がYに対して本件拒絶による不法行為責任を主張して、損害賠償請求の訴訟を提起したのがこの事件です。

原審(名古屋地裁平成25年10月25日)は、X1・X2の請求を棄却しました。

(2)高裁判決の要旨
①弁護士法23条照会に対する報告を拒絶できる場合について
裁判では、Y側は、憲法21条2項の通信の秘密や、郵便法8条1項が「信書の秘密」を定めていることから、X1らが主張する転居届に記載の情報を回答することはできないと主張しました。

しかし、本高裁判決は、転居届に記載の事項は憲法21条2項の規定する通信には該当せず、また、郵便法8条1項の「信書」にも該当しないとして、Yの主張をしりぞけました。

そのうえで、判決はつぎのように述べました。

『23条照会の制度は、事件を適正に解決することにより、国民の権利を実現するという司法制度の根幹に関わる公法上の重要な役割を担っているというべきである。そうすると、照会先が法律上の守秘義務を負っているとの一事をもって、23条照会に対する報告を拒む正当な理由があると判断するのは相当ではない。

『報告を拒む正当な理由があるか否かについては、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益との比較考量により決せられるべきである。』


②Yの本件の拒絶について
『ところが(略)、Yは、(先例となる東京高裁平成22年9月29日判決)を受けて(平成22年に)社内で検討をした結果、転居届に係る23条照会について、一律に報告しないとの方針を決定し、同方針に基づいて、本件照会事項についても報告をしなかったものである。そうすると、Yについては、上記のような比較考量をしなかった以上、通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と本件拒絶をしたと評価しうるところである。』


このように判示して、本高裁判決は、転居届に関する弁護士会23条照会に対して一律に報告しないという対応を行ってきたYの対応は違法であるとしました。

③X1に係る損害賠償について
『23条照会については、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命の公共性がその基礎にあると解されているのであり、これを依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない。』

『23条照会に対する報告がされることのよって依頼者が受ける利益については、その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎないというべきである。』


本高裁判決はこのように判示して、依頼者であるX1については損害賠償請求を認容しませんでした。

④X2(弁護士会)に係る損害賠償について
判決は、弁護士会が23条照会を運営するために、規則や負担金規程を設け、手引きや調査室などを設置するなどの取組みを指摘したうえで、つぎのように述べています。

『このように、法律上23条照会の権限を与えられた弁護士会が、その制度の適切な運用に向けて現実に力を注ぎ、国民の権利の実現という公益を図ってきたことからすれば、弁護士会が自ら照会をするのが適切であると判断した事項について、照会が実効性を持つ利益(報告義務が履行される利益)については法的保護に値する利益であるというべきである。』


そのうえで、本高裁判決は、X2に対して1万円の損害賠償を認定しました。

3.本高裁判決の検討
本高裁判決は、従来の弁護士会照会に係る裁判例と異なり、損害賠償請求の一部を認容したことが注目されます。これは、判決文が示すとおり、損害賠償請求の主体の一人が弁護士会であったからのようです。

つまり、弁護士法23条照会に関連する訴訟において、弁護士でなく、弁護士会が原告として訴訟に参加したのは、この事件がはじめての事案であるようです(『金融法務事情』2019号97頁コメント、『銀行法務21 No.798特集 金融商事重要判例(平成27年版)』124頁)。

本判決の書きぶりをみると、弁護士会が権利の濫用的な照会を民間企業などに行うような例外的な場合を除いて、かりに今後、弁護士会が訴訟当事者として訴訟を提起した場合、この訴訟のように、弁護士会側を勝訴とする事例が増えることも予想されます。

一方、本判決は、依頼人のX1への損害賠償については認容していないので、この点は従来どおりです。

また、本判決は、弁護士会が23条照会した以上は民間企業等は絶対回答せよとはしておらず、「報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益との比較考量により決せられるべき」と判示しています。

この点は、個々の照会に対して事案ごとに個人情報保護・プライバシー権保護などさまざまな観点から比較考量を行い、回答すべきか否かの判断を行っている金融機関・民間企業等の従来からの実務にそったといえる判決文です。

その一方、被告側の現・日本郵便の、「転居届に係る23条照会について一律に報告しないとの方針を決定し実務対応を行ってきた」という一般の民間企業にはありえない、日本郵政グループの低レベルな経営判断・業務が、被告側敗訴という結果を招いたともいえます。

この点、弁護士法23条照会や警察、社会保険事務所、税務署、裁判所などからの各種の照会を日々、大量に受ける大規模な民間企業であって、ここまで業務品質・経営品質がひどい企業はわが国に他になかなかないと思われ、ある意味、本高裁判決は例外的な事例判決と呼べるかもしれません。

なお、他に弁護士法23条照会関連の最近の裁判例としては、税理士が自らに毎年、確定申告手続きを依頼してきた顧客の確定申告納税書の写しを弁護士法23条照会に応じて弁護士会に提供したところ、これが不法行為と認定された判決が出されています(大阪高裁平成26年8月28日、『判例時報』2243号35頁)。

この事件は顧客のプライバシー侵害と税理士の守秘義務違反を認定しており、「前科照会事件」(最高裁昭和56年4月14日)に類似した、典型的な事例であると思われます。

■参考文献
・『金融法務事情』2019号(2015年6月10日号)94頁
・『銀行法務21 No.798特集 金融商事重要判例(平成27年版)』124頁
・『判例時報』2243号35頁
・東京弁護士会調査室『弁護士会照会制度[第4版]』4頁、139頁
・神田秀樹など『銀行窓口の法務対策3800講Ⅰ』186頁

■関連するブログ記事
・【金融機関の守秘義務】弁護士会照会(弁護士法23条の2)への対応

・【金融機関の守秘義務】弁護士会照会(弁護士法23条の2)への対応(2)

・【金融機関の守秘義務】本人の家族等からの契約内容の照会

金融法務事情 2015年 6/10 号 [雑誌]



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