橋本聖子議員の高橋大輔選手へのキス強要/セクハラ・パワハラと「女の子だから」 | なか2656のブログ

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1.はじめに
ネットのニュース記事によると、本年2月のソチ五輪に出場したフィギュアスケート選手の高橋大輔氏が、五輪閉会式後の打ち上げの場において、日本スケート連盟会長で日本オリンピック委員会(JOC)常務理事の橋本聖子参議院議員から、キスを強要されたそうです。記事によると、高橋選手が橋本議員の要求をかわそうと顔や体をそむけたのに、橋本議員が強引にキスを行ない、しかもそのキス行為が何分間も継続して周囲の人々が引く雰囲気であったそうです。それに関する記事が最近の週刊誌に掲載され、これがセクハラ・パワハラでないかとして耳目を集めているようです。

・橋本聖子がフィギュア高橋に執拗キス セクハラ・パワハラになる可能性がある
・フィギュアスケート・高橋大輔が橋本聖子日本スケート連盟会長に“無理チュー”セクハラを受けていた!

2.パワハラ
パワハラ(パワー・ハラスメント)とは、厚労省のウェブサイトの定義によると、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」です。

そのため、たとえばある企業の役員や管理職がその優位性を背景に部下にキスなどをして精神的苦痛などを与えたり、また、それで職場の雰囲気(職場環境)が悪化した場合は、それはパワハラです。被害をうけた部下達は民法の不法行為に基づく損害賠償を請求することができます。

*パワハラについて、詳しくはこちらをご参照ください。
・職場のパワハラの概要と予防
・厚生労働省ウェブサイト「みんなで考えよう!職場のパワーハラスメント」

3.セクハラ
セクハラ(セクシャル・ハラスメント)とは、「相手方の意に反する性的言動」と定義されています。そしてより具体的には、職場における性的な言動(性的関係の強要、胸・腰に触る等)に対する労働者の対応により当該労働者が解雇、配転や労働条件につき不利益を受ける「対価型セクハラ」と、職場における性的な言動(当該労働者に関する性的な情報の流布、ヌードポスター等の掲示等)により労働者の就業環境が害される(就業意欲の低下、苦痛等)「環境型セクハラ」の二類型であるとされます(男女雇用機会均等法11条1項)。

男女雇用機会均等法は、セクハラが発生してしまった場合の被害者の直接の救済手段については規定をおいていないので、これもパワハラと同様に民法の不法行為に基づく損害賠償を請求することになります。(なお企業側に対しては、都道府県労働局による行政指導、企業の社名公開などの対象となります。)

4.今回の高橋選手への行為について
高橋選手の内心は我々一般人には分からないのですが、外形的には、今回のソチオリンピック団団長を務め、日本オリンピック委員会の常務理事であり国会議員でもある橋本議員がそのようなさまざまな非常に強い権力者としての地位を背景にキスという行為に及んだように思われます。

もし高橋選手が、最初は嫌だと思って顔を逸らしていたのが、しかし今後の自分のスポーツ選手生命や自分の後輩達のことなどを考えてあえて橋本議員の要求に応じたのだとしたら、これは優位性に基づく行為による精神的苦痛という意味で「パワハラ」であり、また、性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者が労働条件につき何らかの不利益を受ける「対価型セクハラ」に該当する行為です。

最近のニュースによると、橋本議員側は「スポーツの世界ではごく自然にハグやキスをすることがある」という趣旨の釈明をしているようです。逆に高橋選手の方が「大人と大人がハメを外しすぎたということで、お酒が入ってしまい、はしゃぎすぎてああなった。反省してますがパワハラ、セクハラ(をされた)とは一切、思っていない」と報道陣に発言したそうです。

この高橋選手のコメントは、高橋選手の人柄の高潔さを表すとともに、橋本議員の醜悪さをあぶり出しているように思われます。

まず、橋本議員は自身がもともとオリンピック選手であり、現在も日本オリンピック委員会(JOC)における常務理事という要職についているのですから、オリンピック選手やその指導者・関係者、あるいは日本全国のスポーツ関係者全般に対して進んで模範となるべき立場にあるのではないでしょうか。そのような立場の人が自らセクハラ・パワハラまがいの行為を堂々と行なっては本末転倒であると思われます。

新聞記事などを読んでいると、平成25年1月にはオリンピックの女子柔道代表に対して指導者から恒常的にパワハラや体罰が行なわれていたことが明らかとなったことや、平成24年に大阪市立桜宮高校バスケ部の主将が指導者の体罰を苦に自殺した事件や、高校野球で毎年のように強豪校が部内のいじめや暴力などの不祥事で出場停止の処分を受けるなど、わが国のスポーツ全般の分野において、パワハラ、セクハラ、体罰などの問題は一向に解決しておらず、日本オリンピック委員会や国などの息の長い取り組みが必要なのではないかと思われます。まさに、「スポーツの世界では<ごく自然に>ハグやキスをすることがある」といった意識の中に「ごく自然な体罰、パワハラ・セクハラ」などが含まれていないか点検することが必要に思われます。

つぎに、社会全般の問題ですが、男女雇用機会均等法は1970年代に母体となる法律ができたものが、平成11年に大幅に改正され、採用、配置、昇進などの各場面での差別禁止が明文化されたものです。当時の労働省の均等法の担当部署のトップの方は女性官僚の方だったと記憶しておりますが、”職場の男女平等なんて何いってんだ”といった感じの経済界や政界からの反発は想像に難くなく、その苦労は大変なものであったと思われます。そしてそれに先行する形で、平成4年にわが国初のセクハラに関する判決が出され、以後、わが国でもセクハラは許さないとする判例が続いています。また、パワハラはわが国では比較的最近の問題ですが、これも厚生省が充実したウェブサイトを作成するなど、各種の啓発活動を行なっています。このような行政や司法の流れを受けて、企業などの人事部、法務部などは各種のセクハラ・パワハラ対策に取り組んでいます。

橋本議員は国会議員であり、しかも「良識の府」たる参議院議員です。さらに与党の大物女性議員です。もしそのような社会的地位の人がセクハラ等の問題について広く社会に対して啓発活動を行なっていたら、効果は大きかったものと思われます。しかし今回の行為はその180度方向を異にするものであり、セクハラ・パワハラ撲滅のために努力している行政・司法・民間の各部門の方々の努力に泥を塗る所業であるように思います。

5.「女の子がやったことだから」
さらに、今回の問題がメディアであまり報道されないのも気になります。たとえば少し前の都議会のヤジの問題では、「セクハラだ!」と轟々たる非難に満ちた報道が起こり、マスコミも政治家も有識者も、ヤジを飛ばした議員をあたかもテロリストのごとき凶悪な犯罪者であるかのように弾劾糾問し(仮にも議会中の議員の発言に対して「声紋鑑定しろ」といった犯罪者扱いの発言もなされました)、その議員はあっという間に所属会派を離脱する事態となったと記憶しています。しかし、今回、権力をかざしてセクハラ・パワハラという犯罪まがいの行為(都議会のヤジが「言葉」であったのに対して、橋本議員のはキスの強要という「実力行使」であったという意味でより悪質)をした橋本議員に対して議員辞職などの政治責任を問う声は何故か聞こえてきません。

また、今回の橋本議員のキスの強要が、仮に男女関係が逆で、公衆の面前で男性国会議員が権力をたてに女性選手にキスを強要したら、間違いなくマスコミの全国紙や政治家や有識者などが狂ったような勢いで非難をその男性議員に向けたと思われます。この落差は、率直なところ男女差別なのではないでしょうか。

同様のことは、たとえば現在も進行中の、理研の小保方氏の問題にもあるように思われます。STAP細胞の問題に関して、第三者委員会は今年の春に「捏造」という非常に厳しい表現を何回も使ってそれを否定しました。普通の民間企業であれば、それを受けて理研が小保方氏を懲戒解雇し、理研の上層部も引責辞任やそれなりの懲戒を受けて責任の所在を示し、あとは再発防止に努めるというのが普通の方向であるように思います。ところが、世の中のとくにシニア層の男性の一部には、「女の子がやったことだから大目に見たらいいじゃない」「女の子が涙を見せたのだから、それで十分じゃないか」と思う人が稀にいるようで、そういう思惑がからんでいるのか、なぜか現在も理研では“検証実験”と称してSTAP細胞の研究が続き、本当に実績のある世界的な共同研究者が自殺して自らの罪をあがなったのを尻目に、小保方氏は健康で文化的に理研で研究を続けているのはとても不思議です。

また、この件では、早稲田大学が小保方氏の博士論文を取消しすべきか調査委員会を設けて検討したそうですが、調査委員会は、「博士学位を授与されるべき人物に値しない」と判断しつつも、「小保方氏から博士号を剥奪することは生活の基礎を破壊することである」という一般人には理解不能な理由で博士号の取消を否定しました。この件にも、「女の子がやったことだから大目に見たらいいじゃない」といったシニア層男性の感覚を感じます。(ちなみに、早稲田大学にも法科大学院というものがあり、その制度下では多くの人が法曹になれず、また卒業すらできない人も多く、文字通り「生活の基礎を破壊」された人が平然と大量生産されています。なぜ小保方氏のみがこうも手厚く保護されるのか常人には理解ができません。なお、今回の小保方氏の博士号取消の問題に取り組んだ鎌田薫早大総長は早大法科大学院で長く教鞭をとった先生でもあります。)

もちろん男女平等は昔からの人類の重要な理念の一つです。また、男女差別に限ったことではありませんが、より積極的に少数者の差別を解消しようという「アファーマティブ・アクション」(積極的差別是正措置)といった取り組みもあり、さらに近年の企業理念の一つとして、「ダイバーシティ(多様性)の重視」があげられることが多くなってきています。そのような意味で、女性やさまざまな少数者が社会の前面に出て活躍することは大いに歓迎すべきことであると思います。

しかし、今回の橋本議員の件や小保方氏の問題のように、女性だから大目にみる、というのは少し筋が違うように思います。女性であっても悪事は悪事であり、それを大目にみるのは正義に反し、男女平等にも反します。なにより、職場や家庭、学校などで真面目に頑張っておられる女性は「女の子だから」評価してもらいたのではなく、仕事や学業への取組のプロセスや結果そのものへの評価を求めているのではないかと思います。そういった意味で、「女の子がやったことだから大目に見たらいいじゃない」という言動は、一見優しいようでいて正しくなく、真面目に頑張っている女性に対してむしろ失礼であると思われます。

現在、安倍政権はアベノミクスの一環として「女性が輝く日本」を掲げています。しかしこれは女性のより一層の社会進出を促す趣旨であり、”女性が社会で悪いことをしても大目にみよう”という趣旨の政策ではないはずです。

6.参考文献
・菅野和夫『労働法 第九版』176頁
・石井輝久・武井一浩『現場マネジャーのためのパワハラいじめ対策ガイド』2頁
・厚生労働省ウェブサイト「みんなで考えよう!職場のパワーハラスメント」

現場マネジャーのためのパワハラいじめ対策ガイド



労働法 第10版 (法律学講座双書)