95歳になる父が入院する

リハビリ病院の病室からの景色!!


 

そして、今日は、終戦の日


 

今回も父と戦争の真実についての話になった!!

 

父は東京大空襲を経験

因みに無傷で生き抜き

その後も空襲で三度自宅を焼かれ

最後は新橋のバラック小屋で終戦を迎えました

父、当時14歳と11ヶ月!!


 

ここから記すことは、歴史をひっくり返す

証言になってしまうと思いますが、、、


 

当時、昭和天皇の側近だった親戚がおります

その親戚から内藤家に具体的に終戦の知らせが届いたのが

昭和20年8月13日です!!

(一般より2日も前です)

 

15歳になると、志願すれば少年兵として

戦地に出兵できる年齢だったことから

それを心配した親戚から
度々極秘の情報がもたらされていました!!

まだ詳しくは記すわけにはいきませんが

祖父や父から戦争の真実を聞いております


 

昭和20年8月15日、玉音放送の直後から

父は街の様子を見に、新橋から皇居、

そして銀座を抜けて新橋のバラック小屋まで

歩いて様子を見て回った人物です!!


 

紙面には終戦当日に大勢の国民が皇居に向かって

泣きながら跪いている様子が

写真とともに記事になっていたりしますが、

終戦当日、15日に歩いて見て回った父の証言ですが


 

「あんなの嘘!! あの写真は翌日以降だろうな!!」


 

15日、皇居前に確かに数人の国民はいたけど

まばらに居ただけで

跪いていたのはわずか数人だったと。。。

それよりも戦争が終わったことに

安堵している国民のほうが多かったと。。。

 

今回はここまでにしておきます


 

最後に、、、

父は「向日葵の花」が大嫌いです!!


理由は米軍戦闘機の機銃掃射に追いかけられ

父は物陰に隠れて無事だったのですが

先程まで一緒にいた人たちが血を流し

死んでいたそうです!!


その場所に向日葵の花が咲いていて、、、

今でも向日葵を見ると険しい顔つきになります




終戦の日、、、内藤典彦でした。。。(黙祷)