こんにちは。


街は「歩きスマホ」の人であふれています。

電鉄会社がいくら危険性を呼びかけても、その数は一向に減りそうにありません。


かつては「勉学少年」が教科書や参考書を読みながら歩いている姿を見かけましたが、これももう「昭和の光景」となってしまいました。


この間、自宅マンションの廊下から階下の歩道を見ていると、流行のリュックを背負いながら、「歩きスマホ」をしている学生を見かけました。


どこかで見たシーンだと思いました。


かつて小学校の校庭に必ず建っていた「二宮金次郎(尊徳)」の像とよく似ています。


背負っているのは山で刈ってきた薪で、手にして読んでいるのは(おそらく)古典書。アイテムは違うもののその姿にはどこか共通したところがあります。


決定的な違いは「金次郎」の方は事故に遭う可能性がほとんどないことでしょうか。


金次郎像は戦後、教育勅語の廃止とともに撤去されたところも多かったらしいですが、私の小学校にも、子どもの小学校にもちゃんと残っていました。


また新たに設置している学校もあるといいます。

ただ、名前は聞いたことはあるけど、何をした人なのかはあまり知られていません。


金次郎は、江戸後期頃に活躍した、村落の指導者のような仕事をしていた人で、経営コンサルタントの草分けと言われています。


農協の基礎を築いたとも言われていて、その評価は近年高まっているようです。


その子孫になる中桐万里子さんは、そうした「金次郎」の遺徳を後世に伝える活動をしています。  


この話を妻にしたら、以前彼女の講演を聞いたことがあり、「金次郎」の功績に感銘を受けたと言っていました。


「歩きスマホ」も「金次郎」も寸暇を惜しんで何かに夢中になっているところは同じ。


「歩きスマホ」が単なる時間つぶしではない、創造的な活動に当てられ「金次郎」のように後世に足跡を残すようなものであってほしいと思います。


今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。次回もまたアクセスしてください。


 


かつてはあったお燗酒の自販機