たとえばそれが

愛する人

社会的に力を持つ人

恩義を感じている人

大切な仲間

が相手であったとしても


その人への
愛と感謝と敬意の想いが

自分の信念と
すり替わってしまわぬよう


つねに自分がいま
何に無意識に縛られ捉われているのか

相手を知り
自分を知ることで

そこに気づき
想いを手放していくことが

ほんとうの意味での"自立"だと

わたしはおもうのです。


なぜならば

目の前の相手が放つ言葉すらも
その相手のものではなく

もっと大きな意識がつくりあげた
集合体からのメッセージで

目の前にいる相手はただ
伝える役柄をしてくれただけのこと


すなわちそれは


『それでもあなたは
自分の意志を貫ける??』


という、
自分自身への問いかけでしかないと

わたしはおもうのです。



だから
いろいろな理論や解釈はあれど

目の前に映る世界がどんな状況でも

自分の感覚を
最後まで信じぬくこと


それが最終的には

自分のなかの思い込みの枠を外して

本来の自分を解放し

キラキラと輝く自分に

繋がっていくことになるはずだと。


そして同時に

魂はどんな時でも

誰かや何かに従うだけでなく

自分の意志や感覚を貫くことを

もしかしたら潜在的に
望んでいるものなのかもと。



いま様々な状況下におかれる
私たちにとって

後悔しないためにも

ベストな姿勢というのは

従属でも抵抗でもなく
自分の感覚を貫くことなのだと

わたしは信じています。



だいじょうぶ
自分を信じようハート流れ星ハート