シャローム

 

 

こんにちは

 

 

ネイルサロン マハナイムの

富永 ユキエです。

 

 

今日は「嘘」についての聖書箇所を

いくつかあげてみました。

 

 

「嘘も方便」ということばがありますが

もともとこれは仏教用語なのだそうです。

 

仏の教えの中には、時に人を救うために

嘘を言っても許される、ということのようですが

聖書は一切の「嘘」を禁じています。

 

 

わが魂は悲しみによって溶け去ります。

み言葉に従って、わたしを強くしてください。

偽りの道をわたしから遠ざけ、

あなたのおきてをねんごろに教えてください。

わたしは真実の道を選び、

あなたのおきてをわたしの前に置きました。

詩編119章28節~30節

 

わたしはあなたの正しいおきてのゆえに、 

一日に七たびあなたをほめたたえます。 
詩篇 119篇164節

 

欺きの舌よ、

おまえに何が与えられ、 何が加えられるであろうか。 
詩篇 120章3節

 

 

偽りを言うくちびるは主に憎まれ、 

真実を行う者は彼に喜ばれる。 

箴言 12章22節

 

 

まだ、これは聖書の中の一部ですが

そうやって何度も書いてあるように

以下に、神様が「嘘」をきらっているのかが

伝わってきます。

 

 

でも、これまで生きてきた中で

嘘を言ったことが無いという人は

いるのでしょうか?

 

まだ言葉の話せない子供ならともかく

冗談であっても、「嘘」は厳禁なのです。

 

この「嘘」という文字をみても

口と虚ですが

「虚」の意味は 空しい、ほらあな、うつろ、むなしい

それを口で告げるわけですね。

 

言っている自分が最初に耳にします。

「嘘」だとわかっていて口にしているので

心では「違う」と言っています。

 

わたしたちは「神様に似せてつくられたもの」なので

口にして言っている事

耳で聞いている事

心で思っている事が

食い違っていることに対して

「罪悪感」を感じるように造られているのです。

 

そんな言葉をしょっちゅう吐いて

聞いていたら

こころは違うと言っているので苦しくなるのは

当然の事です。

 

神様は赦さない方ではありません。

自分の口でその「嘘」を言ってしまったことを

悔い改め心からごめんなさい、と神様に告白し

自分の耳でも聞くことはとても良いことで

神様の赦しをいただくことに繋がります。

 

だからと言って嘘を言って、告白して

許してもらえばいいのではありません。

神様は、そんな思いもお見通しです。

そんな時はより一層、罪が重くなってきます。

 

わたしがずっとしてきた「嘘」は

他人に対してというより、自分に対してでした。

 

わたしは素直ではなく強情です。

そして「良い人」と思われたくてそれを演じています。

だから苦しくなって、自分が嫌いになっていくのが

とてもよくわかりました。

 

今はそのことがよくわかるので

そうしない自分の選択をしています。

 

「良い人」に思われなくていい。

わたしはわたしだから、

それが神様が造ってくださった

本来の私だから、それを受け入れようと思いました。

 

 

自分を受け入れるという事は

他人を受け入れるという事であって

神様が造られた自分を受け入れるという事は

神様を受け入れるという事。

 

神様と一つになるという事。

そこを目指していきたい。

 

 

 

 

 

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