【番外編①】さだまさしとわたし まさし降臨篇 | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

※これはSNS非掲載記事です

 

南三陸町の変化も最近では緩やかになり、私がブログに

記事を掲載する機会もめっきり減りました。

でも、このままでは私の文章力は低下する一方です。

それはそれで困るので、今宵は毛色の違う記事を書く

ことにしました。

 

私はシンガーソングライター「さだまさし」のファン

です。昨年の9月から…。極めて短いファン歴です。

彼との出会いは唐突でした。いや、昔から知ってはいた

歌い手なので“再会”でしょうか…?

9月のある日、『防人の詩』を聞きたくなりました。

それが「さだまさし」の楽曲であることを認識して

いた訳ではありません。無性に聞きたくなったのは、

きっと私の魂に宿る何かがそうさせたのでしょう。

 

兎にも角にも、この曲をきっかけに、私の中で

「さだまさし」が大きく開花したのです。

その衝撃は南三陸町級(クラス)。極大です。

南三陸町を徹底的に調べ上げたのと同じように、私は

彼の楽曲を丹念に、深く聞くことから始めました。

蛇足ですが、私の姉は中学から大学まで日本最高峰の

学校に通っていました。普段ぼーっとしている姉ですが

勉強中の集中力はもの凄く、それが結果に結びついて

いたのだと思います。

「南三陸町」「さだまさし」に集中する己を見る時、

私は自身に当時の姉の姿を重ねています。

これが勉学の方向に向いていれば…。

 

<途方もない目標がある人生は潤い、そして楽しい>

をモットーとしている私としては、「さだまさし」に

対し、何かしらの目標を設定することとしました。

しかし相手は日本の誇る大スター(私の中では)。

普通に考えれば接触することは不可能なので、控え目な

目標を以下に設定してみます。

①直筆サインをもらう(私の名入りが望ましい)

②南三陸町の存在を知ってもらう

③言葉を交わす

④握手をする

⑤南三陸町で歌を唄ってもらう(最終目標)

どうでしょう、③以降のハードルの高さよ。

まぁ現実的には①で限界です。

それでも方法が思いつかないのですが。。

 

最新のコンサート情報を調べると、宮城は軒並み完売。

一番近くて岩手。岩手かぁ。。

…と迷っていたのですが、お友達の

「さださんもいつまで歌えるかわからないんだから…」

という言葉に突き動かされました。

そうか、さださんも68歳。

あのダスキンのお兄さんも68歳か…。

よし、行こうじゃないか、岩手県民会館。

私は慌ててチケットを取り、CDを超・予習。

 

そして11月14日。

岩手県民会館へと向かったのです。