抗がん剤治療が開始してから2ヶ月が過ぎた頃、旦那の関西への転勤が決まりました。
その時は広島に住んでいたのですが、二人とも元々は関西の出身です。
なので旦那は私のために関西で治療した方がいいだろうと思って希望を出していたんです。
でもその時の私は、治療途中で病院を変わりたくないという思いがありました。
なので何故このタイミングでっていう気持ちだったんですが、私だけ治療のために残る訳にもいかず、しぶしぶ受け入れざるを得ませんでした。
4月の転勤までに6クールが終わり、残すところ2クール。私は同じ病院で治療を終えたい気持ちから、広島まで通うことにしました。
新幹線での通院は大変は大変でしたが、
毎回小旅行に行った気分で道中一人旅を楽しんでいました
順調に治療は進み、ようやく8クールを終えて
いよいよPET検査に。
あぁやっと長い治療が終わった〜
そう思ったのも束の間、
検査結果は、
2つ残っています。
···
愕然としました。
もうこれで終われる思っていたのに。
今後の治療としては、自家造血幹細胞移植をした方がいいとのこと。でもこの治療は入院が必要になってくるので、今後は関西の病院へ転院して治療をすることに決めて帰りました。
帰る途中母に電話しながら涙が出てきました。
まだ終わらないのかという絶望感。
更にキツい抗がん剤を使うことへの不安感で
呆然としていました。
でもここから更に長い治療が待っているとは、この時は全く思いもせず