アベルは毎日、中央都市まで出稼ぎに行き、その稼いだ金で食料を調達しては町の人々に配り歩いた。


「にーちゃん、いつもありがとう!」


子供たちが声を揃えて叫ぶ。これがアベルが明日もまた、と思える最高の瞬間だ。貧しい暮らしだというのに子供たちはいつも明るく活発で、アベルにとって見返りなどそれで十分だった。子供たちがぶんぶんと音が鳴りそうなほど大きく手を振るので、アベルも大きく手を振りかえした。


あしたも、また。



3



親しくしている婦女、マリアンヌはアベルらの母親の友人であった。そのため、アベルとアイラがまだ幼い頃はふたりの世話をよくしたものである。世話好きであったこともあり、マリアンヌは夫と共にこの町の長を担っている。


「アベル、その傷どうしたの?」


マリアンヌはアベルからパンと果物を受け取る際、頬を覆ったガーゼが目に入った。


「ああ、いや、ちょっと」


もごもごと口を濁すアベルにマリアンヌはお節介を焼きたくなる気持ちを抑え込み、ふうと一息ついた。


「頑張りすぎはよくないわよ。みんな心配してるんだから」

「全然大丈夫ですよ」


マリアンヌは改めてアベルを上から下まで見渡した。痩せた身体、すらりとした手足は同じくらいの年頃の男子よりも劣っている。薄汚れた服に傷ついた顔などからはどこにも逞しさは感じられない。


「あなたは大丈夫かもしれないけど、大丈夫じゃない人もいるんじゃない?」


アベルはそのマリアンヌの言葉を理解するのに少々時間をかけたあと、首を傾げた。その姿にマリアンヌは肩を竦める。


「…アイラ。あなたのことすごく心配しているわよ」


アベルは、ああ…と納得したように声を漏らした。


「今日も叱られましたよ、弱いから中央都市に行くなって」


アベルは苦笑いをこぼし、少し恥じらいがあったのだろう、頭をぽりぽりと掻いた。そんな呑気な彼を見ているとマリアンヌもつられて肩の息が抜けてしまった。ほろりと口元を緩めて、アベルの肩に手をやって諭すように語りかける。


「配給はとっても助かってるわ、ありがとうね。でもたった一人のお兄ちゃんなんだから、もう少し妹と一緒に過ごしなさいな」


そういってマリアンヌはいつものようにアベルを闇夜に見送った。街頭もなく暗い瓦礫の山の中へ、ランプが少しずつ小さくなっていく。まるで母親のような気持ちで、マリアンヌは毎日その灯が消えるまで見つめるのだ。


アベルの両親はノーマルであったが、リメイクに制圧されて無理矢理強化人間にされた。それ以来中央都市に囚われたまま、今は生きているのかもわからない。


(アイラはたぶんそれを引きずっている)


アベルは足元の瓦礫をかき分けながら家路についた。

 

中央都市から幾分と離れたスラム街。そこは水が枯渇し、空気はとても埃っぽい。半壊した家々が並び、煉瓦がむき出しになっていて雨を凌ぐのがやっとであろう。ガラスの抜けた窓からは乾燥した風が吹き入れ、過去に生活していたのであろう食卓や椅子が置いてあるものの、砂埃が被ったままである。そこは人が生活するには劣悪な環境であった。


そんな中、アベルはたった一人の家族と身寄りのない老人と暮らしていた。


2


「ありがとう、アイラ」


そういってアベルは頬に貼られたガーゼを一撫でした。眼前にいるのは12歳の実妹であるアイラである。長い銀髪を二つに結び、大きな丸い瞳はまだ幼さを残している。

アベルは寝たきりの老人、モルテンの傍に駆け寄り、声をかけた。


「爺さん、食べ物ここに置いとくな」


ああ…と絞り出すような掠れた声でモルテンは返事をした。

アイラは救急箱の蓋をわざと音を立てて閉めると、少し呆れたように言う。


「お兄ちゃん、あんまりメリスには行かない方がいいよ。お兄ちゃん弱いだからさ」

「…働きにでなきゃ。飯を食うためだよ」


妹の皮肉を気にすることもなく、アベルは真っ直ぐにそう言った。

そして間もなく、今日の売り上げで購入した食料を町のみんなに届けに出かけて行ってしまった。アイラは口を噤んで、その後ろ姿を見た。


「どうしてわかってくれないの?行かないでって言ってるんだよ…」


消え入るような声で呟いた言葉を、モルテンは黙って聞いた。

 

僕は君たちのように強くない。


でも君たちの知らない痛みを知っている。



メイカー



太陽暦390年。
人間は絶滅し、「リメイク」という新たな人種が繁栄していた。


中央都市メリスは市場が栄え、様々な種族が集まり、今日も朝から競が行われ沢山の人々の声がけたたましく響いていた。それを横目に、アベルは薄汚れたフードを深く被り、競売所を避けるように路地へと駆け込んだ。そのとき、どすんと鈍い音がして買い物袋を地面に落とした。


「おいテメェ、何しやがる!!」


アベルの目の前には大男が片手で肩を抑えて、わざと痛がってみせているようだった。男の額中央からは角が、口からは牙が飛び出し、体は筋肉質であった。アベルは事を荒げないように、そそくさと落とした荷物を拾いながら言った。


「すみません…」

「ん?おめぇ…、へっ!なぁんだノーマルじゃねーか!」


アベルの肩がビクリと反応した。その男の声に、周囲の人々が振り返る。アベルは俯いたまま落とした食材を袋に詰める。


「ノーマルって滅びたんじゃなかったのか?」

「いや、においが人間だぜ」


先ほどの男の声を聞きつけた一人がそういってアベルに近づくと、通行人が次々とアベルを取り囲んだ。


「………」


アベルは唇を噛み、さっと踵を返してその場から逃げ出そうとした。しかし腕を掴まれ、それを男に阻まれる。


「ノーマルが俺らの住処荒らしてんじゃねーよ!!」


そういって振り上げられた拳は、アベルの左頬を目掛けた。



「リメイク」…それは、改造されて能力が特化された強化人間のことである。

人間が強化され始めて、世界はあっという間に強化人間だらけになった。普通の人間じゃ成し得ないことができる特別な能力保持者のリメイクたち。それを持つものと持たないものでは、みるみる勢力の差が激しくなり、人間は端へ端へ追いやられたのち絶滅したとされた。



しかし


僕たち人間は少数ながらも生きている。