ブログネタ:ケータイの待ち受け画面は何?
参加中弟の奥さんのお父さんが亡くなって、お葬式に出ました
最近のお葬式って、ほんとに昔とはちょっと違って
儀式というよりは、送り出す会って感じになってきていますね
私は、その方との面識がほとんど無くて
顔をあわせたことがあるのが二回ほどだけ
言葉も交わしたことがなかったんですが
お葬式という場に参列すると
不思議と・・厳粛な気持ちになります
そして、生きるということは何なのか?
死ぬということはどういうことなのか?ということを
あらためて考えさせられる事が増えました
昔、まだ若い頃
親を含めた年配の方たちに
「あんたたちはまだ若いから全く分からないかもしれないけれど
40も過ぎると、だんだん死ぬということを意識するものなんだよ」
と言われたことを
最近になってよく思い出します
私は生まれ変わることや
あの世というものを、小さいときから受け入れているというか
信じているものですから
死ぬということは、あの世に移動すること
新しい人生への旅立ち・・みたいな感覚があるのですが
でもやはり、別れは辛いものだし
出来ればずっと一緒にいたいと思うような人たちが
目の前からいなくなってしまうことは、とても寂しいことだと思います
奥様が、棺を閉めるときに
花を添えながら
「あなた、今までありがとう 私、幸せでしたよ」と
声をかけているのを見たとき
あぁ、私、こんな風に言えるだろうか?って
ほんとにすばらしいことだなぁ・・・って思いました
娘さんやお孫さんの弔辞
飲み仲間の友達の弔辞
涙を誘うもので、私はぼろぼろ泣きました
ほんとに、いい事ばっかりじゃなかっただろうけれど
大事なものを伝えて人生を終えられた方なんだろうな・・と感じました
そして、棺に納められた、ご本人の愛用しているもの・・ですが
私も母のときに、あれこれと考えたんですけれど
意外と・・浮かばないものなんですよ
このたびの方は、お酒を飲まれたり、タバコを吸われたりするのが常だったようで
それを一緒に入れたり
愛用品のめがねとか・・
まぁ、それはケースだけでしたけれど
そういうものを棺に入れる姿を見て
私は何を入れてほしいの望むのか?
家族はどのようなものを入れてほしいだろう?
そんなことを考えたときに
何気なく、当たり前に一緒に生活をしている家族のことを
もっともっと注意深く?気持ちを向けて見つめる必要があるのかな?と思いました
その方の愛した音楽をかけながら・・なんてことがたびたびありましたけれど
そういうものの一つ一つが、その方の人生なんだなぁ・・と
私の人生も
あなたの人生も
あとどれくらいあるのでしょうか?
それが分からないからこそ、人生は面白いのですが
残り少ないとしたら・・
私は何をどうしたいのかな?
どんな風に生きていきたいのだろう?
人生が終わったときに
完璧ではないけれど
心残りだってあるけれど
けれど、結構がんばった
結構楽しかった
いろいろあったけど、充実してたよ
そう言える人生になるために
今、私は何をしたいと思うのかな?
私は自分が楽しいと思うことを選択して生きていこうと思うのですが
一つの方向性を見つけその道を歩んでいるわけですから
一歩一歩が、大事な一歩であるように
そんな毎日を心がけたいものだな・・と思いました
そんな気持ちにさせるお葬式
これは、亡くなった人への「あなたは亡くなりましたよ」のお知らせと同時に
残された人々への、その後の人生への贈り物でもあると言われていますが
確かに・・・
言葉を交わした事もない私にまで
このような機会を与えていただいたことを
感謝したいなぁ・・と思う一日だったのです
さぁ・・
いきましょうか
ヨガっていうものをまだよく知らない私ですけれど
ヨガってすごいなぁ・・と思いました
最近いろいろあって、体から抜けきらないマイナスのエネルギーも吹っ飛んで
あたらしいエネルギーに満ち溢れた感じ・・というか
はじけるような強い生命エネルギーなのに
なんだかどっしりとしている感じというか
心の中に静寂がちゃんとある・・というか
この状態が「グラウンディングが出来ている」という状態なのですね
地に足がついている状態です
体を動かすと気持ちがいいです
それに、自分が思っていたほど体がきついことはやらなくて
(流派?にもよるんでしょうけれど)
程よく汗をかき、終わったときの心地よさ
たった一回で「もっとやりたい!!」と思いました
実は中学生の娘と一緒に行ったんですが
昨日、ヨガの無料体験レッスンに参加しました
初めてのヨガで、多少の不安もありましたよ
だって・・・
最近ぜんぜん体動かしてない人ですもの
そんな・・・うまくやるって言うレベルじゃなくても
ちゃんとついていけるのかどうか?
筋肉痛で動けなくなるんじゃないか?
それに・・・続けられそうかどうか?
でも、すごく良かったんですよっっ
彼女もそんな気持ちになったらしく
母と子で共通の話題も出来ました
私の行ったヨガスタジオでは
瞑想の時間・・・みたいなものや
マインドをポジティブに向けるための?宿題・・も出されていて
それがとても面白い
呼吸をコントロールする練習もあって
「呼吸はとても上手だった」とほめてもらって、喜んでしまいましたっっ
呼吸をコントロールできるとマインドもコントロールできるのだと先生がおっしゃってましたっ
「ママの格好はおばさんぽかった」と娘に言われるほど
まだまだポーズは上手には取れませんが
エネルギーを安定させるためにも、続けて通ってみたいなと思っています
しばらくヨガのお話が続くかもしれませんねっっ
( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ
体を動かすことは、地に足がついた状態、グラウンディングにつながります
それは、ネガティブな気持ちを解き放つことにも役立ちますよ
深い呼吸をすることで、新しいエネルギーを自分の中に取り入れることも出来て
ヨガって素敵っっっ
みなさんも一緒にいかがですか?
実は明日、名刺交換会というイベントに参加します
ということで
今まで使っていた、自作の名刺をやめて
専属デザイナー?('-'*)作成の名刺で参加することを勧められ
急な話でしたけれど、名刺をデザインしてもらいました
真横でデザインが作られていくのを見ていたのですが
すごいですねっっ
私の作業としては
まずロゴの作成に必要な、お店の名前のフォントを何種類かの中から選んだのですが
その作業だけでも、えらく悩んでしまって時間がかかりました
お店のイメージは、自分たちで作っていくのだなぁ・・と
あらためて考える必要にせまられて
(*ノωノ) イヤン
お客様から見たイメージ・・・というか、求められるものと
自分の中のイメージというか、提供したいものの
かなりの差が有る感じがして
そこをどう近付けていくのか・・・が、コミュニケーションなのかな・・
ごめんなさい
具体的な話ではなくて・・・
非常に分かりにくいですよね(・_・;
さて、そして
目の前で作られていくデザインは
ほんとに、細かく細かく変えられて
見た目のデザイン性
安定性
そういうことも緻密に考えられて作られていくのだなぁ・・と
初めて知りましたっっ
適当に作っていた私の名刺とは
全く違うものになるのは当たり前だわ・・・・
名刺のデザインて、結構難しい分野になるらしいです
まぁ、あの小さいサイズに
シンプルに、でも印象的に、自分自身をアピールするアイテムですから
確かにそういうものなのかもしれません
作ったのはデザイナーさんですが
横で見ていた私も、一緒に生み出した気分
もぉ、親ばかな親のように
かわいくてかわいくて仕方ありません
みんなに見せびらかしたい気分っっ
ここでお見せできないのは残念ですが・・・
いつかお会いできることがありましたら
ぜひ私の名刺、もらってくださいね~
しかし・・
いい仕事してたデザイナーさん
すばらしいわっっ
明日出来上がってくる名刺を手にするのが楽しみですっっ(*^-^)ニコ
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ブログネタ:友達になりたい動物は?
参加中お料理するの、好きですか?
私は食べるのは好きなんですけれど、どうも自信がありません
だからかなぁ・・
お料理することに、余計に注目してしまうんです
そして、やたら力が入ってる
入りすぎて、たいしたものが出来ない
そんなパターンですかねぇ・・・
お料理の本を読むのは好きです
お料理を紹介する雑誌なんかよりも、ちょっと違う視点でお料理を捉えるような
そんな話の本が好き
この前「心を癒す食べもの ヒーリング・フード」 須永晃子著 を読みました
この方の文章に
「食事は心と体を癒す作用があるから、食事の時間はヒーリングの時間と同じ」というような言葉があったんですよ
あぁぁ・・・確かにぃ~
一日に三回もヒーリングの時間があるなんてすごいでしょう?って
食事の時間がヒーリングの時間だ・・と思えば
もっと食事の時間を大切に考えられるかもしれないなぁ・・と思えました
そしてもう一つ
「食事は、人と人とをつなぐ つながりを感じる時間なんだ」というもの
誰かが作ってくれている素材
誰かが作って食卓に出してくれる
こんなことが感謝につながるわけですが
そんなこと、頭では知っていても、ホントの意味で理解している人、どのくらいいるでしょう?
感謝が出来ている人ってどのくらいいるでしょう?
最近、二番目の娘が、よく食事を作ってくれます
なかなかうちの子はセンスがいいんですが(o^-^o) ウフッ
娘が作ってくれると、「ありがたいな、うれしいな」という気持ちと「成長したなぁ」という気持ちと
いろいろな意味で、ポジティブで明るい、幸せな気持ちになれるんですね
もちろん娘も嬉しそうですが
こんなとき、みんな張り切って「いただきます」と言って、食事が始まります
この言葉、感謝の気持ちの言葉ですものね
私が食事を作るときはこうはいきませんっっ
ヾ(_ _。)ハンセイ…
何が違うんでしょう?
ふと・・・
私の中の食事の位置が「とりあえずおなかを満たし、満足させるものであればいい」だった・・と
思い知らされるわけです
もともと、私、食事に執着が無いんですね
何でもいいし、こだわりも特別無いし
食べないなら食べないで・・・生きていけるのかもしれません
それでいいのか?という突っ込みは置いといてっ
( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ
みんなに喜んでもらいたいって思いながら作っているのは確かなのですが
みんなの心に届くほどのエネルギーが込められた食事になっていなかったのかもしれません
いやぁ・・、料理って奥が深いですね
私は独立してからの方が、料理を作る時間を大事にするようになりました
料理の時間は、瞑想にも似ていて
料理することに集中し、いくつもの作業を頭の中で組み立て
それが形になるまでの時間
余計なものを介入させない、しかも波動の高い瞑想の時間・・・と感覚が似ていると感じます
そんな理屈を抜きに
料理に集中する時間が心地よくて・・、あぁ、この時間を楽しみたい・・となってきたのですがっっ
そんなことを、理屈の部分で文章にしながら?
今日はどんなものを作ろうかしら?なんて
今日は少し寒いから
なんだかスープな気分だなぁ・・・
あなたのお夕飯はなんですか?
あ、ペンデュラムに聞いてみようかな?
そのうち、今日のお夕飯に何を作ったか・・なんてブログを書いているかもしれませんっっ



