忘れてたこと。

それは、

「褒められることは、嬉しい。」ということ。

 

完璧に忘れてましたね、こういうこと。

 

いくつになっても、そう、50代になっても、褒められると嬉しいものです。

 

先日、50何回目かの誕生日が来ました。プレゼントなんて誰もくれないし、よくてカード。

カードは家族が一生懸命書いてくれた感じだったので、嬉しかったです。

買ってきたケーキはその辺のベタベタのレモンケーキ。それもパウンドケーキ。私は好きじゃない。

食事は中華料理の持ち帰り。そんな誕生日。

 

まあ、私の誕生日を覚えていてくれてるだけでも感謝しないとね。

 

そんなこんなな中、大学で、上の子の友達(都会派のお金持ちな子)が「君のお母さんは美人だね」って言ってくれたそうな。

上の子も驚いたんでしょうね、わざわざ私に教えてくれましたよ。

 

「なんとまあ気配りのある、よく出来たお子さんだこと。。。。。」と、思いつつ、時間が経つとじわじわ嬉しかったですね。

 

そんなこと言われたの、この50数年の人生で何回あったかなあ????

「美人」という言葉とは縁のない人生をまっしぐらに送ってきたものでね。

言ってくれた子の人生に幸あれ!!おばさんは願ってますよ。情けは人のためならずなのです。

 

偶然なんだろうけど、思いがけない素晴らしいお誕生日プレゼントとなりました。そういうことにしておこう。サンキュー!

 

ー数年後、上記を読んだ私が誤解しないように書いておこうー(追記)

 

私の誕生日の2日前に私は歯の大きな治療をし、数日間は痛み止めを飲みながら、柔らかいものしか食べちゃダメという状況で、

誕生日の前日は、下の子はラテン語クラブのコンペがあり、お父さんはチームのメンバーを車で送迎し、数時間で負けて返ってくるはずが、決勝まで残っちゃったものだから、昼食抜きで現地で半日子供達の監督役となり、大変だったのよね。私は私で、上の子の録音に付き合い、送迎もし、結果として夜遅くに雨降り&濃霧の寂しい山道を2時間ほど一人で運転して帰ってくる羽目になり、それなりに疲れましたよ。で、誕生日当日は皆、のんびりダラダラ過ごし、それでも下の子はフットサルの試合が夕方あったので、お父さんが連れて行き、試合を観戦し、その帰りにちょっと遠いけど美味しい四川料理のレストランから持ち帰りをしてくれたというわけ。いやー、こう書いてみると、家族全員頑張ったねえ。うんうん。上の子の録音もハプニングが起こって大変だったけど、何とか集中力を持ち直して無事録音できて、偉かったよ。

「妖怪三国志」面白いです。よくこんなゲームを考えつくなあ、結構複雑だなあと目を三角にしてiPhoneに齧りついていたら、、、家族の中で唯一このゲームをやってない下の子が、私のモタモタしたやり方にイライラするのか、「かしてみなさい」。

チャカチャカとコインを稼いだり買い物をしたりで、あれよあれよと我が妖怪達を強くしてくれました。 えーーーっ、やってもないのになんでわかるの????そんな簡単に想像で手順を追っていけるなんて、信じられない。   と、素人は驚くわけです。

下の子曰く、こんな手順はだいたいどんなゲームでも似たり寄ったりだし、大雑把な筋がわかるから想像がつくのだそうな。

若者たちが、魔法のようにしゃしゃっと色々器用に扱えるのは慣れと勘が良いのと吸収力の高い柔軟さ(タオル?)、元気な好奇心などなど、つまりは「若さ」よねー(遠い目)

などと唸っておらず、「呉」の必勝のために頑張らねば。それにしても、さとりちゃんが可愛いなあ。

 

 

ドヴォルザークのチェロ協奏曲Bマイナー、ジャクリーヌ・デュ・プレの1968年の演奏ですが、アクシデント付きです。

 

ライブなのだからこういうこともあるのですなあ。(29分30秒位のところ。第三楽章が始まった直後です。)

 

ドヴォルザークはチェコの作曲家。

 

最後まで怖い顔をして演奏をしていたロンドン・シンフォニー・オーケストラの紳士達が、演奏後、ジャクリーンに花束を渡した、チェコの民族衣装を着た子供達を見て、とても優しい表情で喜んでいるのが印象的でした。

 

この動画をアップした方はこう書かれてます。

 

Cello Concerto in B minor, Op. 104, B. 191 by Antonín Dvořák 

 

A recently re-discovered recording of a concert held in tribute to the people of Czechoslovakia days after the Soviet Union invaded. Filmed live at the Royal Albert Hall in September 1968.

 

 

 

ご存じの方も多いでしょうが、1968年はチェコ・スロバキアにとって、「プラハの春」そして8月20日に「ソ連によるチェコ侵攻」と激動の年でした。その1968年の9月、ソ連によるチェコ侵攻(ワルシャワ条約機構による5カ国軍15万による軍事侵攻)の直後にこの演奏会がロンドンの the Royal Albert Hall で開かれたということらしいです。初めてこの動画を見たとき、そんなこと何も知らない私にはインテンスで若々しく瑞々しいエネルギッシュな演奏だと思えたのですが、もっと何か別の深い思いが込められた演奏だったのでしょうね。だから、オーケストラの紳士方が最後まで怖いくらい真剣な表情を崩さなかったのでしょうかね。

最後に登場したチェコの民族衣装を着た子供達の愛らしさ無垢な純真さがステージと会場に笑みをもたらしたのも感慨深いものがあります。子供達は「希望」ですね。大切にしないとね。

 

1968年のチェコ事件に関してはこちらを参照。

http://www.y-history.net/appendix/wh1604-024.html

 

 

 

 

1月も末。新年となり、そして同じように時間は淡々と過ぎていきますなあ。

 

で、最近上の子に強引に薦められ同盟軍にも参加させられた「妖怪三国志」とか、今までやってきた「パズドラ」とか、そんなこんなであたふたしていたもので、「数独」から離れてました。久々に手に取ったら(解いた日付を問題ごとに記入しているのですが)、なんと12月27日以降全然やってなかった。1ヶ月ぶりの数独でした。楽しかった!数独、和むし楽しいし、私にあってるみたい。

 

私は今まで一切所謂「ゲーム」をしたことがなかったので、まず「パズドラ」で四苦八苦。目の下に隈ができましたよ。そして、「妖怪三国志」まで加わり、下の子がアシストしてくれつつヨロヨロと頑張ってきたわけです。そうすると、結構時間が取られますよ。なんといってもこれら「ゲーム」はよく出来ていて、達成感とか向上心とかクジ引き的楽しみを刺激されつつ、「手持ち無沙汰の時間」をついつい回してしまう魅力がありますよね。勿論無課金ユーザーです。

 

現在iPhone6SEを使っていて、というのも小さいのが魅力でそれにしたので、そうなると画面が小さくて「パズドラ」が全然出来なくて、でもまあ、毎日やってたら、上手くなってきて、、、、、「そっかー、毎日続ければ絶望的に下手だったパズドラもこんなに上達できるんだ!」と、50を過ぎてそんなことにいちいち感動するのでした。おそーい!今までどうやって生きてきたんだろうか?逆に不安になる。

 

で、ということは?絶望的な英語も毎日やればパズドラ程度には上達するんじゃないかと、希望が湧き、毎日いろいろ楽しい英語を読んでる今日このごろ。図書館に行けばまさしくうなるほど英語の本があるので、面白そうなのをピックして返却日を何度もリニューしつつ読んでます。「The Great Gatsby」も結局は本で読んだほうが読みやすいので借りてきました。でも時間がかかる。この作品の繊細で微妙なニュアンス、直接的でなく説明的でなく、選ばれた言葉や言い回しで浮かび上がってくる情景等が素晴らしいと思うので、単語力のない私が細かく読んでいくとなかなか進みません。ま、いっか。楽しいから。

 

そんな感じの日常。

上の子のピアノは、モーツァルトで頑張ってるらしい。ドン・ジョバンニを聴いて、シンフォニーを聴いて、モーツァルトを学んでるそうです。

下の子はまんべんなく頑張ってる感じ。サッカーも続けていて、「体力無さ過ぎ」と、縄跳びを始めましたがどうなることやら。ピアノは  Lyapunov - Transcendental Etude op. 11 no. 2 "Ronde des fantômes" の暗譜がしっかりしてきたみたいです。この曲、弾けるだけで凄い感じだけど、音楽的じゃないと嫌ですね。Charles Richard-Hamelin氏(前回のショパコンで2位だった方で上の子の先生のお友達でもあります)の演奏が音楽的でつくづく素晴らしいと思いました。技術が安定し弾き方が良いからこんなことが出来るのかなとも思いました。ピアニストって凄いですね。

 

 

この方のこの曲の捉え方が好きですね。大きいです。流れが大きく、そこにいくつものボイスが聴こえてくる。とても素敵。

あくまでもこれはファントムの音楽なので、その辺を表現しようと思ったら、かつ、エチュードだし、技術的なこともしっかりしようと思ったら、かなり大変なんでしょうね。しっかり弾こうとしたら真面目で勤勉で働き者の職人の曲になっちゃいそう。でも、ファントムなんだよね。イメージ的にはディズニーランドのホーンテッドマンションのパーティーみたいな感じかなあ。重力とかマテリアルとかそういうのから開放されてる世界。音楽的には、捉え方が大きくて結構適当な感覚の自由度があったほうが雰囲気が出たりしてとも思うけど、まあ、私は素人ですので口は挟まないようにしないとね。フレーズを長く取る、音楽を大きく捉えるというのは、言うのは簡単だけど、現実化しようとすると、地道な基本練習を積み重ねるステップが欠かせないようです。

 

 

私はチェロではジャクリーヌ・デュ・プレの演奏が大好きで、大きな流れで音楽を捉えかつフロウし生命力を感ずるとなんとも言えず感動します。ああ、そうだ、この演奏も貼っとこう。大好きなので。若き日のバレンボイム、ロンドン・シンフォニー・オーケストラ、若々しく瑞々しい演奏が大好きです。ジャクリーヌ・デュ・プレのフレーズのとり方の長いこと。聴き手を掴んで離さないのです。

 

 

 

対照的といっては何ですが、巨匠の演奏も下に貼ります。格調高く、そして、ロンドン・フィルハーモニーの水際立った演奏。遠くから幻のようにかつ瑞々しく響いてくる美しいオーケストラ。圧倒的存在感のチェロ。ダイナミックレンジがとてつもなく大きいのです。そして、この重厚感のある美しいオーケストラの演奏はロストロポーヴィチに完全にカスタマイズした演奏なんだろうなと思いました。

そういう意味では、上記のロンドン・シンフォニー・オーケストラの若々しく瑞々しく眩しいような演奏もジャクリーヌ・デュ・プレの個性を活かした演奏なんでしょうね。指揮者バレンボイムはジャクリーヌ・デュ・プレの夫ですしね。

コンチェルトって素晴らしいですね。よくわからないながらもいろいろ考え想像しつつ楽しんでます。

 

 

最後に、上の子が先生と、「音楽を大きく捉える」とか、「フレーズを長く取るためには」とか、そういうことを話したとき、

まずはリズムをきちんと取ること、その感覚(体感として持つこと)が大切で、最初は16分音符とかで取っていたリズムを次はクオーターで取るとか、更に次はもっと長い感覚で取るとか、逆にエイスでとっていたのを32分音符で捉えるとか、具体的に基本的な練習方法を教えてくれたそうです。上の子、リズムがダメなんだって。

そっか、そういう地道で基本的なことがとても大切で、それにともなって指を暴れさせない弾き方とか、タッチとかの練習、結局はどういう音をどういう音楽を目指しているのか、、、、そういうことを一歩一歩地道にやっていくのが大切なんでしょうね。

 

いろいろ毎日あります。

 

日本の友達といろんなことを話す機会があって、「頑張ってるんだなあ」って、友達から元気をもらいました。

 

子供達からも元気をもらってます。上の子の独特の個性は私をなごませてくれますし反省させてくれます。別に責められてるわけでもないし、いつも笑わせてもらっているのに、そうなんです。下の子は忍耐強い子で、私のような我儘なおばんはつくづく学ばせてもらってます。ダンナはいつもどおり。その平常心と尽きることのない向上心が素晴らしいです。

 

というわけで、「The Great Gatsby」を60ページまで読み進めました。

 

上の子曰く、

 

「お母さん、英語が出来るようになりたいんだったら、かっこいい英語を沢山読むことだよ。『The Great Gatsby』だよ。」

 

と薦められましたもので。しかし、ちょっとばかしあらすじを検索してしまったのですが、なんと悲しい物語なのでしょう。

悲しすぎます。でも、頑張って読みます。つくづくかっこいい英語です。語り過ぎないところが私は好きです。