大人になるとなのか
「これは相手に話しても理解してもらえない」
と思ったら、何も言わずどこかに行ってしまう人がいる。
(経験では男性に多い気がする)
きちんと理解してもらおうと思っているのだけれど、相手が傷つくことを言う人もいる。
自分の要求を通すために、話している途中で構造が崩壊してしまう人もいる。
(これ、私。今年はこれをなんとかしたいなぁ)
根本の考え方が違ったら、なかなか相手に自分の考えをきちんと伝えることはむずかしい。
相手を責めるとか、間違っているとかでなく、こういう考え方もあって、
理解して欲しいと思って言っていても、
相手が「自分の考え方じゃないのは認められない」というのなら、
どちらが正しいとか間違っているとかじゃなくて、平行線になってしまう。
それなら、話しても雰囲気が悪くなるだけだから、
その場から逃げ出す人がいるのも仕方ないだろう。
でも、理解してもらおうと、理解しようと話をしている時に、
自分の思いだから、こう思って行動しているから理解してほしいと話していても、
その中に相手を傷つける言葉が含まれているときが多々ある。
それでも理解したいと思うから、だまって聞きはするけれど、
(そこで「そこは傷つく」というべきと言う人もいるけれど、それを「そこ」だけでなくて「自分全部を否定された」と受け止めがちな人だと言えないし)
相当、傷ついたりする。
じゃあ、自分も言いたいことをと思えればいいけれど、
相手が受け止められない(「そこ」でなく「全部」と受け止めがち)と思うと、
どこまでどういう風にいうか、私は相当迷う。
その場でいうべきとわかっていても、適当なのがみつからなくて、
言えないままに終わってしまう。
それをどう消化するか、話し合えるようにもっていくか。
話の構造が崩壊しちゃうのは、そこまで話す人がちゃんと考えられていないか、
その話とは関係のない、過去の出来事とかが根底にあって、
その話をしたいとの思いがあるから、その話と関係のない話を持ち出すことになっちゃって、
崩壊しちゃうのだなぁ(反省)。
佐藤悦子氏のブログ2008年5月26日「大切な時間」 佐藤悦子氏のブログ2008年5月26日「大切な時間」 を読んでいて、ふとそんなことを思った。
なんか悲しいかもしれないけれど、男と女も、家族も、ビジネスのようにある程度距離がある方が、いいような気がする。
イメージ、ヨーロッパの個人主義かな(ちと、違うか)。
