今日も、ご訪問いただき有難う御座います。

 

今日の天気;曇時々雨

最高気温;12℃、最低気温;3℃

日の出;06時13分、日没;17時36分

(weather newsより引用)

 

「体操と脳トレ教室」の会員の皆さんと私が住むこの地域の街は、

1966年(S41)に私鉄沿線が開業され、

翌年に周辺の開発がなされた歴史の浅い、横浜市の山手の街。

浜のド田舎とも言います。

 

バブル期に一気に人気の沿線となって関東では少しは有名になった沿線です。

荒れた野に作られた街なので、昔からの地元の方はホンのホンの僅か。

今の若い方々を除けば、

石を投げると必ずと言っていいほど故郷からの引っ越し組に当たりそう。

 

過日投稿の通り、「体操と脳トレ教室」で先日二回目の茶話会を開きました。

そこで、一番注目された新会員は、

コロナ禍になる寸前に、兵庫県から引っ越してこられた方。

息子さんファミリー(息子・嫁・当時2歳の女の子)に声を掛けられて、

悩んだ末に息子さん家族と同居するようになられた70代になったばかりの女性。

 

8畳の部屋に入る最低限の荷物のみでお引越し。

引っ越されて早々のコロナ禍で、自粛生活の始まりでした。

家族の食事を作るのが唯一のお仕事。

今年1月に入会するまでの期間、話す相手はほぼ同居の家族のみ。

ご近所さんとは挨拶程度、お友達もいなくて寂しい思いをされていたようです。

 

私が東京本社に転勤して半年後の1982年(S57年)に、

家族を呼び寄せたのは私が37歳の時。

長男が小学校1年を終え、次男はまだ3歳………の春。

同居していた母は、当初故郷に残ると言い張っていましたが、直前になって

一緒について行くと決心してくれました………母64歳の時。

 

引っ越し荷物と一緒に届いた、私の車の故郷ナンバーを見たご近所の女性が、

すぐさま飛んできました………何と同じ故郷の方で、母とほぼ同年配の方。

引っ越し早々に、母に友達が出来ました(笑)。

私も家内も安堵したものです。

 

しかし、その2年後(S59年)に、同じ沿線にある今のマンションに引っ越しすることに。

母、66歳のことで、またまた心配しましたが・・・・・、

自治会の敬老会から早速お誘いが !!

ここでも母にお友達が出来て、敬老会の旅行なども楽しんでいました。

70歳で市の敬老パスを受領してからは、お友達とよくお出掛けしていたもの。

髪も派手に染めて、田舎者からハイカラ婆さんに変身したものです(笑)。

家庭も落ち着き、家内も仕事について、夕食はほぼ母の範疇に。

 

「体操と脳トレ教室」の新会員さまの話を聞いていたら、

ふっと亡き母のことが思い出されました。

76歳で他界しましたが、いつの間にやら私もその母の歳を超えていました。

今なら、母はもう少し人生を楽しめたかも。

 

私の長男は地方公務員、我が家より徒歩10分のところに住んでいます。

転勤はあっても自宅から通勤できる範囲です(笑)。

 

先々は判りませんが、同居する気はありません。

忙しく毎日を過ごしている息子夫婦の生活リズムに、

スローライフの年寄りはついていけません。

 

最後までご精読頂き感謝です。