畠中恵『ぬしさまへ』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  畠中恵『ぬしさまへ』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

日本橋にある薬種問屋兼廻船問屋の大店「長崎屋」の跡取り・一太郎と彼を取り巻く妖たちの物語、第二弾です。今度は短編集。
兄やの仁吉と佐助を始め、前作からの登場人物が多数登場します。
それでは早速、感想の方を。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

『ぬしさまへ』
兄やの仁吉が事件に巻き込まれてしまうお話。
おくめという娘が、ある日、何者かによって殺されます。彼女は死ぬ前に仁吉宛の懸想文を書いており、そのせいで仁吉は、彼女の死に何か関係しているのでは、と岡っ引きたちから疑われてしまうことになりました。
兄やにかけられた容疑を晴らすため、真犯人を探し出す若だんな。最終的に、犯人である女中のおさきから自供を引き出し、見事に事件を解決してみせました。
おさきが主人であるおくめを衝動的に殺してしまった理由、これは女性の方が共感できるんじゃないでしょうか。何ともやるせない。
とはいえ、いくらおくめが嫌な女であっても、堀に突き落とすのは良くなかったと思います。溺れ死ぬのは相当に苦しかったはず。
おさきには自らの犯してしまった罪を、しっかりと噛み締めてもらいたいものです。


『栄吉の菓子』
栄吉の菓子を食べたご隠居が死んだ事件。
不味すぎて死んだのか?と仁吉に言われてしまうくらい、菓子作りが下手なことで知られている栄吉。可哀想です。冗談にしても酷い。流石にそこまで不味いわけではないはずです。
今度は幼馴染の冤罪を晴らすため、若だんなは死人の身辺調査に乗り出します。結果、彼の死は自殺であり、栄吉は関係ないことが判明しました。無事解決です。
ご隠居の自殺理由が切なかったです。
文句を言いながらも栄吉の不味い菓子を選んで買っていたご隠居と、彼の来店をいつも楽しみにしていた栄吉。真相が判明した後だと、二人の関係にはグッとくるものがありました。


『空のビードロ』
桶屋に奉公中の、若だんなの異母兄・松之助が主人公のお話。
彼の聡明で心優しいところは、さすがは若だんなの兄、といったところです。
他人の欲と悪意に振り回され続けて来た松之助が、奉公先で、とうとう我慢の限界に達して井戸に毒を入れようとする程までに追い詰められてしまった様子は、見ていて本当に辛かったです。未遂で終わって良かった。
ラストの兄弟の対面シーンは何度読んでも胸がじんとします。若だんなに「兄さん」と呼ばれ、自分を気にかけてくれる人がこの世にいたのか、と感動して泣いてしまう松之助。この反応一つ取っても、彼が今まで周囲からどんな扱いを受けていたのかが窺い知れるというものです。
八つの歳で奉公に出されてから、毎日毎日、飯も腹いっぱい食えず、主人一家にきつく当たられる辛い日々を送ってきた松之助。
彼の境遇も労働者としての暮らしぶりも、この時代ではむしろスタンダードな方だとは理解しているのですが、異母弟という衣食住に恵まれた比較対象がいるせいか、何だか不当に扱われているような気がしてしまいました。読みながら何度、「お腹いっぱい食べさせて、温かい布団で寝かせてあげたい」と思ったことか。
彼が井戸に毒を入れようとした時にはさすがにうわ、と思いましたが。


『四布の布団』
主人公は若だんなに戻ります。
新しく買った布団から聞こえるすすり泣き声の怪異。それを調べていくうちに、購入元である繰綿問屋で殺人事件に巻き込まれてしまうお話です。実際には事件というよりも事故でしたが。
珍しく妖たちが活躍します。
布団の泣き声の正体が、妖でも死霊でもない、生きた人間の霊だったというのは面白いポイントだと思いました。


『仁吉の思い人』
仁吉の昔の恋のお話です。
離れで寝込んでいる若だんなに、仁吉自身の口から思い出話という形で語られます。
千年前からずっと、吉野どの、後にお吉さんと名を変えた美しい女の妖を、一途に恋慕っていた仁吉。しかし彼女には人間の恋人がいました。人間の寿命は短いものの、その相手は、その後も前世の記憶を持ったまま生まれ変わり、何度も彼女の前に現れます。お吉さんにとってはまさに運命の恋人です。生まれ変わってもずっと彼女を愛し続ける男と、彼が死んだ後も、再び出会えることを信じて待ち続けるお吉さん。二人の間には仁吉の付け入る隙なんてこれっぽっちもありませんでした。
愛する人の転生を何百年もひたすら待ち続けるお吉さんと、そんな彼女を隣で見守り続ける仁吉。どちらも相当に辛い恋だと思います。お吉さんが呟いた「長いね、千年は」という言葉が重い。長い時を生きる妖たちであっても、ただ待つだけの千年はやはり長く、苦しいようです。
百年前にひと悶着あったものの、お吉さんはその後また男とめぐり逢い、結婚して娘までもうけ、幸せな暮らしを送ることができました。
ちなみに、このとき生まれた娘がおたえ、若だんなの母親です。つまりお吉さんというのは若だんなの祖母であり、彼女の運命の相手は若だんなの祖父のことでした、というオチ。仁吉は今、思い人の孫に仕えているわけですね。
いつもクールな仁吉の、一途で熱い側面を見ることのできる回です。


『虹を見し事』
ある日突然、若だんなの前から妖たちが姿を消してしまい、仁吉と佐助も、ただの人間のように振る舞い始めます。
どういうことかしら、と戸惑いつつも現状を把握しようと努める若だんな。僅かなヒントからすぐに仮説を立てて状況を整理する頭の良さはさすがです。妖たちが周りにいないのが寂しくてぶすくれる様子がかわいい。それから、異母兄の松之助が長崎屋の奉公人として再登場してくれたのも嬉しいです。
ラストで、実際にはただ姿を隠していただけで、妖たちは消えたわけではなかったことが判明します。仁吉と佐助の態度も演技でした。騙したの!?とぷんすか怒る若だんながやっぱりかわいい。兄や二人は結構演技派ですね。
女中のおまきのエピソードは何度読んでも切ない。


以上、全六編です。
どれも絶妙にテイストが違うので、読んでいて飽きません。短編集の醍醐味だと思います。
どのお話も好きですが、一番を選ぶとするなら『栄吉の菓子』です。栄吉が好きなのも理由の一つですが、終わり方がしんみりしているのが良い。一人で死んでいったご隠居の心を思うとやるせない気持ちになります。

本日も良い読書時間を過ごすことができました。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

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