真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【初読】  真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』 徳間文庫

 

以前から気になってはいたのですが、未だ読んだことのなかった作品です。

最近になってようやく購入しました。

一人の少女が、伝説の殺人鬼フジコになるまでを描いたお話です。

それでは早速、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

この物語の主人公は伝説の殺人鬼フジコです。彼女の人生が、何者かの手によって小説の形で記録されたもの、それがこの作品です。そしてそれを読んでいる「私」、はしがきとあとがきを書いた人間こそが、真の主人公とも言うべき存在になります。小説を書いたのとは別人です。
その辺りの謎は最後に明かされるのでひとまず置いておくとして、まずは最重要人物であるフジコこと藤子について書いていきたいと思います。

藤子の幼少期はとにかく悲惨です。
両親は二人とも堕落しており、見栄っ張りで、外では派手に金を使いますが、藤子や妹には必要な分のお金すら出してはくれません。給食費も払ってくれず、衣服や食事もまともに用意されません。食器用洗剤で洗ったペラペラの体操着を妹と二人で使い回し、食事にしても、干からびたご飯を腐りかけの味噌汁で煮込んだものを食べるのが日常です。立派な虐待ですね。当然、手も上げられています。そして、両親の機嫌が良いときはお姫様のように飾り立てられたり、美味しいものを与えられたりもします。要は彼らの見栄や機嫌に振り回されているわけです。

更に、学校ではいじめを受けています。
物語開始時の藤子は小学五年生ですが、彼女が同い年や中学生の男の子たちの玩具にされている部分の描写は読んでいて気分が悪くなりそうでした。陰部が爛れ膿むほどの行いは、流石にいたずらで済ませて良いレベルではないでしょう。クラスの子たちの度を越したからかいも、それを笑って見ている担任も、ひたすら胸糞悪かったです。

しかし、いじめの主犯が事故死し、両親と妹が何者かに惨殺されたことで、藤子の生活も大きく変わっていきます。家族を失った藤子は母方の叔母夫婦に引き取られ、新しい人生を歩み始めることになります。
妹まで死んでしまったのは残念でした。苦しい日々の中でも「姉」として妹を優先してあげる藤子の優しさが好きだったので。もしも妹が生きていれば、藤子の未来は本編とは少し違ったものになっていたかもしれません。

その後の藤子は、転入先のクラスで女子同士の人間関係に苦しめられることになります。「仲良しグループ」とか「外される」とか、グループ内の力関係、顔色の読み合い、ボスのご機嫌取りなど、まあ女子たちの間でよくあるアレです。
醜くて欲しがりのクーコは印象的でしたね。似たようなタイプの子は私の身の回りにもいたので、懐かしい気持ちになりました。陰湿なだけのみさりんよりも、欲望に忠実で現金なクーコの方がまだ可愛げがあると思います。絶対に友達にはなりたくありませんが。

この時期に、藤子は初めて自らの手で人を殺します。
相手はクラスメイトのコサカさん。彼女を殺害するという選択が、藤子の人生での大きな分岐となったことは間違いありません。初めての殺しが意外と容易かったこと、そして誰にもバレなかったことで、殺人に対する彼女の感覚は麻痺してしまったようです。
藤子が、私はこの子に追い詰められたからこうするしかなかったんだ、仕方なかった、私は悪くない、悪くないんだと自分に言い聞かせていた姿が印象的でした。この自分勝手な責任転嫁は、これ以降、藤子の思考の基盤となっていきます。

その後、中学生になった彼女は、要領が良く、大人を内心で小馬鹿にするちょっと嫌な奴になっています。そして六歳年上で大学生の彼氏持ち。この辺りから、自身の外見へのコンプレックスの描写が目立ち始めます。
彼氏の裕也との関係にのめり込みつつも、バイトをしてみたり、美人で器用な同い年の女の子・杏奈と親しくなったりと、それなりに普通の生活を送っていた藤子ですが、裕也との恋愛関係が拗れたことで豹変します。
まあこの件に関しては、裕也と杏奈に非があるでしょう。彼氏が自分の親友と浮気していたら誰だってショックを受けます。特に裕也がひどい。藤子が粘着的で「面倒臭い女」なのは確かですが、言い換えれば「一途」なわけで、そんな彼女をぞんざいに扱った挙げ句裏切るのは流石に人としてどうかと思います。
藤子も杏奈も見る目が無い。この男はただセーラー服を着た女の子とセックスしたいだけのろくでなしです。杏奈のことは本気だったようですが、それにしてもろくな男ではありません。

流れ的に嫉妬に狂った藤子が杏奈を殺すのかと思いきや、先に裕也が杏奈を殺したのには驚きました。別れ話を切り出されて逆上したそうです。
パニックになる裕也と一緒に死体を始末し、共犯者となることで精神的に彼を支配した藤子。妊娠していたこともあり、そのまま強引に裕也と結婚してしまいました。十六歳、高校は中退です。
さらっと書かれていましたが、杏奈の死体を「処分」するくだりの描写は凄まじかったです。皮を剥いで骨を砕いて切り刻んでミキサーにかけて、怖じ気づく裕也を横目に、一人で黙々と彼女の身体を解体していきます。
仮にも親友だったわけですが、藤子からは感傷のようなものは欠片も感じられず、むしろ美しかった杏奈をグチャグチャにすることを愉しんでいる様子すらありました。
同性で、自分より美しく優れていて、恋敵で、元親友だった杏奈。そんな彼女に対して藤子が密かに抱いていたであろうドス黒い負の感情は、私が同じ女だからこそ、容易に理解できる気がします。それはきっと、嫉妬という言葉で纏めてしまうにはあまりにも複雑な感情です。

さて、結婚後の藤子ですが、狭い団地で義両親と夫と娘との窮屈な五人暮らし。意地の悪い義父、息子を溺愛する義母、夫は働かずにパチンコ通いという読んでいるだけで辛くなるような環境です。その後夫と娘と共に義実家を出ますが、杏奈を殺したショックで腑抜けになった裕也は夫としての自覚も父親としての自覚もなく、働こうとしません。仕方なく藤子が、怪し気な保険のセールスと売春まがいのスナックでのバイトで家計を支えることになります。
苦しい生活と肉体の疲労、精神的ストレスの中で、徐々に思考力を失い、憔悴していく藤子。八つ当たりのように、娘の美波への態度も少しずつ乱暴になっていきます。
殴ったり、泣き声がうるさいからとガムテープで口を塞いだり、押し入れに閉じ込めたり。その後で我に返って過剰に優しく接する辺り、情緒不安定な毒親の典型に見えます。

そんな生活を続けるうちに、彼女にもついに限界が訪れてしまいます。精神の限界です。
最終的に藤子は裕也を切り刻んで捨て、押入れの中で腐敗していた美波をゴミ袋に入れて、荷物を纏めて一人でアパートを出て行きました。

彼女が押し入れを開ける前の、会話文だけの場面には圧倒されました。過去と現在、記憶の中の言葉と幻聴とが入り乱れて藤子の脳内を掻き回していく様はどこか芸術的ですらあり、読んでいるこちらの頭の中にまで、彼ら彼女らの声が木霊して聞こえてくるようでした。

夫も娘もいなくなり、ホステスとして一人で生活を始めた彼女ですが、キレると衝動的に人を殺してしまったりと、もう殺人に対する抵抗感は全く無い様子。立派な殺人鬼です。
そして七年後、整形で美貌を手に入れた藤子は銀座の夜の蝶として一躍有名な存在になりました。住まいも赤坂の高級マンションです。
その後青年実業家と結婚し、娘の早季子と共に順風満帆な生活を送り始めますが、不運なことにすぐに夫の会社が倒産し、あっという間に落ちぶれてしまいました。
が、それでも、苦しい生活の中でも見栄とプライドだけは捨てられず、金欲しさに強盗殺人を繰り返しては、それを気前良く他人にばら撒く、という行為を繰り返します。この辺りからもう完全に正気を失っています。
娘の給食費も払えないくせに外では派手に振る舞い、日々の苛立ちを娘にぶつけ、自分の美容に異様なまでに固執するその姿は、憎んでいた過去の母親そっくり。アロエを潰して飲むところまで同じです。
情緒不安定になった藤子は最終的に、夫を殺して娘を切りつけた後で捕まりました。その後、今までの犯行も白状し、裁判にかけられた結果は当然のことながら有罪。というか、これだけ殺しておいてむしろよく今までバレなかったものです。
そして藤子は、恐ろしい殺人鬼フジコとして死刑になり、死にました。
これが伝説の殺人鬼フジコの一生です。

ここまでが「蝋人形、おがくず人形」というタイトルがつけられた一本の小説となっています。
作者は藤子の娘・早季子。彼女が母について調べ、書き上げたのがこの作品で、それを読んだ上であとがきを書き足している「私」は彼女の妹・美也子、つまり藤子のもう一人の娘です。

あとがきで語られる、彼女ら姉妹のその後の人生。そして二人が辿り着いてしまった「真実」。
あとがき後のラスト一ページを目にしたときは戦慄しました。ある意味、この作品はあとがきが本編で、それ以前の部分は全てプロローグだったわけです。いやあ凄い。
コサカ母娘はともかく、叔母さんはちょっと怖すぎます。説教臭くて鬱陶しいけれど善人であり、それまで藤子の良心や罪悪感を刺激し続けていた彼女が、まさか藤子以上に倫理観の欠如した怪物であったとは夢にも思いませんでした。一体どの面下げて姉の悪口を言っていたのか。
真実を知ると、より藤子が哀れに思えてきます。
そしてそれ以上に娘二人、特に美也子の方が本当に可哀想でした。何も悪いことしてないのに。この一族は何かに呪われているんじゃないでしょうか。

叔母さんやコサカ母には報いがあって然るべきだとは思いますが、そうならない方が藤子の道化っぷりや惨めさが際立つので、物語的には、このまま二人には穏やかで満ち足りた日常を送り続けて欲しい、という気もしています。

主人公である藤子の行動、殺人行為を認めるわけではありませんが、彼女の心理にはそれなりに共感することができました。
コンプレックスにまみれ、激情家で、人より多少は頭が回るけれど、絶望的に生きていくのが下手な藤子。ここまで極端ではないものの、私自身、彼女の性格と重なる点はいくつかあります。
藤子の生き方は決して美しいとは言えませんが、彼女自体は不思議と魅力的に感じます。確かに、藤子はどん底を這いずり回りながら自分で自分の首を絞め続けているような、救いようのない女でした。けれど読み終わっても、意外なことに彼女への嫌悪感はほとんど湧いて来ませんでした。
それはおそらく彼女が、生きよう、幸せになろうと一生懸命に努力していたのが分かったからだと思います。他人の命を奪うやり方は間違っていますが、それでも、悲惨な環境で育った彼女が、彼女なりに精一杯生きた結果がこれなわけです。
彼女の人生や心情がここまで丁寧に描かれているのを読んでしまった以上、もう、藤子をただの極悪非道な殺人鬼として見ることはできません。業の深い、哀れな女性です。
殺人鬼の回想録としては完璧な出来ですね。

以上がこの作品の感想になります。
無駄な文章が無く、内容が濃い割に読みやすいのが特徴でした。一気読みするのがオススメです。
朝から最高の読書時間を過ごすことができました。続編の『インタビュー・イン・セル』の方もそのうち読みたいと思います。
それでは今日はこの辺で。