橋下徹・大阪市長のライフワークである「大阪都構想」が紆余(うよ)曲折を経て、5月にも大阪市民に | 億の細道

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1億円をようやく突破してきました。


果報は寝て待てというけれども、どうですかね?

 橋下徹・大阪市長のライフワークである「大阪都構想」が紆余(うよ)曲折を経て、5月にも大阪市民による住民投票にかけられる。都構想反対!を叫ぶ声も大きく、大阪がまた騒がしくなってきた。今、何がどうなっているのか。住民投票の行方は?

 ◇「自らへの信任」で突破狙う? 反維新勢力、公明翻意で落胆

 橋下市長は最近、すこぶる機嫌がいいらしい。

 時間とともに、聴衆が増えてゆく。今月7日、堺市の泉北高速鉄道・深井駅前。老若男女300人超の熱視線の先は、橋下市長だ。毎週末に府内各地で行われている大阪維新の会主催のタウンミーティング。大阪都構想を説明する街頭演説である。街宣車の上の橋下市長は、特大パネルを背に片手にマイク、片手に指示棒で「だまされないでほしい。都構想では堺の地名は全部残るんです」「大阪市の住民サービスは一切下がりません」と熱っぽく説明する。時折冗談も忘れない。

 堺は橋下市長にとって苦い記憶の地だ。都構想は当初、堺など周辺市を含む再編だった。だが一昨年の堺市長選で反対派の竹山修身市長が再選、頓挫した。現在の都構想は大阪市を五つの特別区に分ける内容で堺は無関係にもかかわらず、この日はあえて堺入りし「堺と一緒になって経済成長したいんです」と自説を展開した。

 約50分間もの「演説」を終え、橋下市長はにこやかな表情で優しく語りかけた。「ごめんなさいね、長時間。立ちっぱなしで、足、しんどくないですか?」。寒空の下、高齢者を気遣う。そばにいた維新関係者が「橋下さんはバリバリやろ。復活やで」とつぶやいた。橋下市長の笑顔の理由は、何だろうか。

 この1、2年、橋下市長は苦難続きだった。2013年5月の従軍慰安婦発言で国内外から大きな批判を受けた。都構想は野党の反対で行き詰まり、昨年3月には自ら仕掛けた出直し市長選で当選したが、投票率は約24%と史上最低。橋下市長への支持率(大阪市内)も、毎日新聞などの世論調査で初めて50%を割り込んだ。ところが昨年末、都構想は大きく動き出した。

 「我々が葬り去ったものがよみがえった。ゾンビですよ」。自民党大阪市議団の柳本顕(あきら)幹事長は議員控室でそう語った。ゾンビとは何か。

 都構想実現には、府市両議会で“大阪都の設計図”である協定書議案を可決し、大阪市での住民投票で有効投票の過半数を獲得することが必要だ。昨年10月、協定書議案は府市両議会で自民、公明などの反対多数で否決され、廃案となった。

 だが年末に突然、公明党本部が大阪の公明に維新への協力を要請し、住民投票容認に転じた。橋下市長の「笑顔」の理由の一つはここにある。2月の両議会に議案を再提案し、公明の協力で可決、住民投票へ--という流れがほぼ固まった。議案が「ゾンビ」と呼ばれるわけだ。

 公明の「翻意」理由は昨年の衆院選で「維新の党」の大阪府内の比例獲得票数が1位だったことという。しかし衆院選直前には、橋下市長らが公明幹部のいる大阪の選挙区から立候補を示唆し、見送った経緯がある。このため「不出馬の見返りに公明が都構想に協力するのでは」という密約説がささやかれた。

 公明党市議団の明石直樹幹事長は「密約なんてありません。来るなら来い、と思ってましたから。ただ確かに党本部から方針転換の提案があり、住民投票を最終決定しました。今回の都構想案への反対は変わっていません」と語る。けれど大阪公明の支持母体、関西創価学会は自主投票を決め、組織あげての反対とは言えない。

 ある自民府議は「これまで一緒に戦ってきただけに、やる気をなくしている状態ですよ」と嘆く。

平松邦夫前大阪市長も参加して行われた、大阪都構想反対を訴えるビラ配り。受け取る人はそう多くない=大阪市東住吉区の商店街で7日
平松邦夫前大阪市長も参加して行われた、大阪都構想反対を訴えるビラ配り。受け取る人はそう多くない=大阪市東住吉区の商店街で7日

 「反都構想」勢力の動きはどうか。

 橋下市長のタウンミーティング前夜。大阪市内にある大会議場に「反都構想」「反維新」の面々が続々と集結していた。政治団体「府民のちから2015」の政治資金パーティーだ。自民、民主、共産の国会議員らが仲良く並んで登壇。「東京のマネで大阪はようなれへん」などと訴えた。参加者は約500人で会場は満杯だ。

 前大阪市長の平松邦夫氏も反対運動を展開する。7日午後、大阪市東住吉区の商店街で買い物客らに「大阪市をおもちゃにさせへん」と書かれたチラシを手渡した。平松氏は「反対の言論人、市民が一緒になった大きなうねりをつくりたい」と決意を語る。

 だがチラシを受け取る人は見たところ4、5人に1人ぐらいか。「反対運動はまだ大規模とはいえません」と橋下市長を府知事当選時から取材してきた在阪ジャーナリストの吉富有治(ゆうじ)さんはいう。

 一時は橋下氏の手腕を評価した吉富さんだが「当初の都構想と今回の案には、大きなギャップがある。とても納得できる内容ではない」と語る。「都構想の肝は(1)経済成長戦略(2)二重行政の解消(3)住民に優しい基礎自治体の構築、でした。しかし案は市を五つの特別区に分け、名称や財政調整について書かれているだけ。肝の部分がほとんどない。特別区の新庁舎などに600億円以上も費やし、コストパフォーマンスの悪い都市設計と言わざるをえない」と指摘する。

 自民府議団の花谷充愉(はなやみつよし)幹事長も「府市再編の効果額は実は毎年1億円ほどしかない。法律上『大阪都』は生まれず、名称は『府』のまま。しかし『二重行政がたくさんあって、都構想でないと解決できない』という誤解がまん延し、有権者は耳を傾けてくれない」と肩を落とした。

 大阪維新の会府議団の青野剛暁(よしあき)代表は都構想について「大阪が世界から注目される経済都市として発展するには、府・市の二重行政の解消が絶対に必要です。今回の住民投票は、明治維新以降続く中央集権体制に対して、新たな地方分権の形を住民が選択するという歴史的な意義のある出来事です」と強調する。

 ◇「新たな混乱の始まり」懸念

 肝心の住民投票の情勢はどうなのか。

 自民市議団の柳本幹事長は「行政の制度論という難しいテーマであるため橋下市長への信任投票になりつつあり、危機感を持っています」と警戒する。

 吉富さんも「橋下さんは都構想の中身を問うよりむしろ、自身の信任投票に持ち込みたいフシがあります。『住民投票で負けたら政界引退』という趣旨の発言をしたように、後がない、必死だという姿勢をみせ、『橋下さんをやめさせてはいけない』という有権者の危機意識をあおっている。一方で大規模なタウンミーティングを何度も開くことで『きちんと説明しています』という姿勢も見せている。今は橋下市長が反対派より何十歩も先に進んでいます」とみる。なるほど、「人柄」が重視される信任投票ならば、笑顔は欠かせない要素となる。

 この住民投票では、投票率がどんなに低くても、賛成が多ければ都構想決定となる。わざわざ反対の1票のために投票所に行く気にはなれないのが有権者心理だろう。どうやら橋下市長に有利な状況のようだ。

 維新が関連した選挙での有権者の投票行動を分析してきた坂本治也・関西大准教授(現代政治)はこう指摘する。「自民党支持者にも、保守という点で維新に大きな違和感がなく、都構想賛成に回る人が出てくるでしょう。反対派が勝つには、堺市長選の時の『堺はひとつ』のように、わかりやすいスローガンを掲げてそれを浸透させないと難しい」

 そのうえで「橋下市長、維新への支持はそれなりに根付いてはいますが、熱烈な支持者よりも弱い支持者が多い。だから慰安婦発言のような一件があると、大幅に支持率が下がる。信任投票の様相が強まっている以上、橋下市長に何か問題が発生すれば、支持を失う可能性はあります」。

 4月には大阪府議選、市議選があり、住民投票で「都構想にゴー」となれば、17年4月に移行というシナリオだ。

 吉富さんは「住民投票後は都構想関連の条例案や議会承認案件などが出され、議会がまた荒れる可能性がある。住民投票が新たな混乱の始まりにならなければいいのですが」と懸念する。

 大阪市の有権者は約215万人。史上最大の住民投票に市民はどんな判断を下すのか。【江畑佳明】