マルタン:二重合唱のためのミサ曲/コダーイ:ミサ・ブレヴィス/プーランク:黒い聖母像への連祷 .../マルタン

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 今日の一枚はピーターダイクストラ指揮、バイエルン放送合唱団演奏のCDだ。(ちなみにこのブログで管弦楽曲ばかり紹介しているけど、僕の専門はあくまで合唱です。)SACDゆえの情報量と残響が豊かな良い録音のCDだ。

 本CDはマルタンの二重合唱のためのミサ曲、コダーイのミサ・ブレヴィス、プーランクの黒い聖母像への連祷と、合唱団の実力を世に問うにふさわしい選曲となっている。合唱に興味のない人にはピンとこないかもしれないが、合唱人にとっては涎の出そうな珠玉の人気曲ばかりなのだ。

 ピーター・ダイクストラはオランダ室内合唱団、スウェーデン放送合唱団の主席客演指揮者、バイエルン放送合唱団の音楽監督を務めている。オーケストラで言うと、ベルリンフィル、ロンドン響、パリ管のトップを兼任していると言えばいいだろうか。20代でトップに上り詰めた、合唱界を引っ張る若手指揮者だ。

 バイエルン放送合唱団は、バイエルン放送響と組んで数々の名演を残してきた名門合唱団だ。僕が最も愛するジュリーニのミサ曲ロ短調やバーンスタインのモツレクも彼らによるもので、探して行けばあの名盤も彼らが歌っていたのか!と驚くかと思う。ベルリンフィルのような重厚でダイナミックなアンサンブルが持ち味で、重心の低い抜群の安定感を持つ。

 さて、このアルバムは期待のホープダイクストラが名門バイエルン放送合唱団を初めて振ったアルバムである。この時ダイクストラは若干25歳だ。

 ダイクストラの指揮はいつもどこか鬱蒼としている。あえぐように、ワンフレーズずつ息をつきながら、なんとか前に進んでいるかのようだ。暗闇の中を手探りで進みような重苦しさが全体に暗い影を落としている。バイエルン放送合唱団らしい重厚でダイナミックなマルタンを期待していた自分には肩すかしをうけた感がある。しかし、悪くない。テンポを情景に合わせて自在に操り、強弱にも気を配っているので、メリハリと迫力がある。特に弱音処理には目を見張るものがあるだろう。ピンと張りつめた緊張感があり、思わず聴いていて息を飲む。

 コダーイのミサブレヴィスも基本的な作りは同じだ。テンポは若干遅めであり、つぶやくような弱音と抑制された強音処理が見事だ。決して明るい曲ではないけれども、ダイクストラが振ると暗い曲に聴こえる。かすかな希望になんとか手を伸ばそうともだえる信仰者の音楽だ。
 
 ダイクストラの曲作りは弱音が基調になっているように思える。彼の弱音にはなんとも言えない迫力と説得力がある。誰かと黙って、真剣に顔を突き合わせるような気分だ。特にマルタンのような叙情性に富んだ曲に彼の特性はいかんなく発揮される。これがラターのような正のエネルギーに満ちあふれた曲ならば、空回りすることになるだろう。彼の最近の録音にプーランク、サンドストレムなどの暗い色調の曲が多い理由はここにあるのかもしれない。

 最初は勢いの欠けたつまらない演奏と思っていたが、繰り返し聞いているとその場に釘付けになるような、ゾッとするような雰囲気のある演奏のように思えてきた。僕が思っていたよりも、彼ってすごい指揮者なのかも・・・彼と真剣に向き合う必要があるかもしれない。