気付いたら前回の更新から、
1ヵ月以上経過してました
3月も終わりだなんて驚愕
みなさんはどんな年度末をお過ごしでしょうか。
私の職場の1つは人の出入りが激しく
退職する人、休職する人、入社する人がごっちゃまぜになり、想定外に多忙な月となりました。
忙しいは忙しい日々なんですが、
最近何気なく考えしまうことがあります。
それはすばり『愛』
きっかけは、映画カラオケ行こ!を通して
製作陣や役者さんの在り方をみて、
映画ファンとしての応援の仕方や作品愛の表現方法を考えたりしたことだったんですがそこから派生してずっと愛について考えています。
この愛という言葉には
自分への愛
友人関係の愛
恋愛的な愛
家族関係の愛
作品への愛
仕事への愛
などなどたくさーんの種類の愛があります
映画カラオケ行こ!にて
主人公の聡実くんと友人の栗山くんの愛について考えるシーンがあるのですが「愛とは与えるもの」らしいと話す2人。与えるってなんだろう。
この対話から愛とは何か、分かりかけていくくだりがまたあたたかくもクスりと笑えて
何とも良いシーンだったりするのですが、この問いは私にも突き刺さりました
劇中でも流れる心の瞳
私の人生の中では、未だに恋愛はなく
家族、友人、仕事はありますが
もっとも情熱を注いできたものは、
おそらく作品への愛でした
漫画、ゲーム、小説、映画…
最近は映画ファンの側面が強いけど
どの媒体でもめちゃくちゃ夢中になって何度も繰り返し読んだり、観たりして。時にはファンアートを描いたり。
でも基本はファンとして受け取るばかりだったなぁと振り返ります。
昔はSNSもなかったし、作品に対しての
感謝や愛は内に秘めていることが殆どでした。
逆に、私が愛を与える側になるとしたら
何が与えられるだろう。たくさんの素晴らしい物語・作品に何が返せるだろうかと問う
もしかしたら、愛を伝える、表現する
それ自体が与えることにもなるかもしれない
だとしたら、
作品を生み出してくれた製作側にとって嬉しい形で愛を伝えられたら素敵だなと思ったりしました
最近浴びた映画の印象深い台詞が思い出されます。
「You're never really done for, as long as you've got a good story and someone to tell it to 」
いい物語があって、それを語る相手がいれば、
人生は捨てたもんじゃない 海の上のピアニストより
生まれた物語には語り手と聴き手が必ず必要で、
どんな素晴らしい物語でも聴き手がいなければ輝けないんですよね。
だったら私はまず良い聴き手でありたいなと思います。そして願わくば語り手てしての自分にもなりたいなぁ、などと憧れに思いを馳せます。
そしてこれはきっと人間も同じで
誰かがいるからこそ自分が輝ける
そう考えると
自分が自分であろうとすることも
愛と呼べるのでは?
誰かになろうとするんじゃなくて
自分自身であること
自分自身であるからこその違いがうまれて
違うからこそ助け合えるし、尊敬し合える
自分自身を表現すること自体も愛のくくりにはいるのかもしれませんね。
話が飛躍して参りましたが、
引き続き興味深いテーマなので、まだしばらく愛について考えていきたいと思います
本日はそんなまとまりのないことをつらつらと綴りましたが、久々のアウトプットでうまくまとまらない!だが、それもまた良しとします
