4月19日金曜日、帰宅して郵便ポストを確認すると、

何かを収めた紙袋と、手紙が入っていました。

紙袋にはピンク色のおしゃれな缶に入った外国製のチョコーレートが、手紙には

封筒の表書きに○○(私の名前)様、裏に「○○(差出人の名前)」が書かれていました。

 

手紙をいただいた相手は、息子が幼稚園に通っていた時の友人で、

奇しくも、同じ時期に配偶者を亡くした方からでした。

彼女とは家族ぐるみの付き合いで、夫のPaul(ポール)は、シカゴ生まれのアメリカ人で、

よくアメリカ南部料理を作ってくれて、酒を飲み、私がギターを弾いて、サイモン&ガーファンクルの

歌を一緒に歌ったことを思いま出します。

 

彼女の了解を得たかったのですが、連絡のすべがないので、許してくれると考えて手紙を紹介します。

 

○○(私の名前)さん。

ご無沙汰しています。

お変わりないですか。

あれから、もう6年も経つのですね。

私達は7回忌の法要を先週末に行いました。

お墓に蛙が珍しくいて、小さな蛙で、ずっと私達のことを離れず見ていたので、

あれはきっと、ポールだったと思います。

 

○○(私の名前)さんの奥さんの笑顔はいつも私の心にいて

励ましていただいています。

とても優しくて前向きで、家族思いの奥さんでしたよね。

私も残された時間を奥さんを見習って前を向いて歩いていきたいと思います。

 

私はオーストラリアに住んでいます。

今夜戻りますので挨拶できませんでしたが、またいつか、

お目にかかれます日を楽しみにしています。

奥様のお母さまにもどうぞよろしくお伝えください。

○○君(私の息子のこと)にもどうぞよろしくお伝えください。

 

                   ○○(彼女の名前)

 

私の妻の告別式の日に、彼女の夫(ポール)が、

ラオスの空港で亡くなりました。

お互い、式には参列できず、その後、どうしたのか近況も

わからず、6年近くが経過しました。

 

懐かしさと悲しさがこみ上げてきます。

 

 

 

 

「これは、レモンのにおいですか。」
ほりばたで乗せたお客のしんしが、
話しかけました。
「いいえ、夏みかんですよ。」
信号が赤なので、ブレーキをかけて
から、運転手の松井さんは、にこに
こして答えました。
 今日は、六月のはじめ。
 夏がいきなり始まったような暑い日です。松井さんもお客も、
ワイシャツのそでを、うでまでたくし上げていました。
「ほう、夏みかんてのは、こんなににおうものですか。」
「もぎたてなのです。きのう、いなかのおふくろが、速達で送ってく
れました。においまでわたしにとどけたかったのでしょう。」
「ほう、ほう。」
「あまりうれしかったので、いちばん大きいのを、この車にのせてき
たのですよ。」
 信号が青にかわると、たくさんの車がいっせいに走りだしました。
その大通りを曲がって、細いうら通りに入った所でしんしはおりて
いきました。

 アクセルをふもうとしたとき、松井さんは、
はっとしました。「おや、車道のあんなすぐそばに、
小さなぼうしが落ちているぞ。風がもうひとふき
すれば、車がひいてしまうわい。」
 緑がゆれているやなぎの下に、かわいい白いぼ
うしが、ちょこんとおいてあります。松井さんは
車から出ました。
 そして、ぼうしをそっとつまみ上げたとたん、ふわっ
と何かが飛び出しました。
「あれっ。」
 もんしろちょうです。あわててぼうしをふり回
しました。そんな松井さんの目の前を、ちょうは
ひらひら高くまいあがると、なみ木の緑の向こうに見えなくなってし
まいました。
「ははあ、わざわざここにおいたんだな。」ぼうしのうらに、赤い
ししゅう糸で、小さくぬい取りがしてあります。
 「たけやまようちえん たけの たけお」
 小さなぼうしをつかんで、ため息をついている松井さんの横を、
太ったおまわりさんが、じろじろ見ながら通りすぎました。
 「せっかくのえものがいなくなっていたら、この子は、どんなにがっ
かりするだろう。」
 ちょっとの間、かたをすぼめてつっ立っていた松井さんは、何を思
いついたのか、急いで車にもどりました。
 運転席から取り出したのは、あの夏みかんです。まるで、あたたかい
日の光をそのままそめつけたような、見事
な色でした。すっぱい、いいにおいが、風で
あたりに広がりました。
 松井さんは、その夏みかんに白いぼうし
をかぶせると、飛ばないように、石でつば
をおさえました。

 車にもどると、おかっぱのかわいい女の子が、ちょこんと後ろの
シートにすわっています。
「道にまよったの。行っても行っても、四角い建物ばかりだもん。」
つかれたような声でした。
「ええと、どちらまで。」
「え。―― ええ、あの、あのね、菜の花横町ってあるか
しら。」
「菜の花橋のことですね。」
エンジンをかけたとき、遠くから、元気そうな男の子
の声が近づいてきました。
「あのぼうしの下さあ。お母ちゃん、本当だよ。本当の
ちょうちょが、いたんだもん。」
水色の新しい虫とりあみをかかえた男の子が、エプロ
ンを着けたままのお母さんの手を、ぐいぐい引っぱって
きます。
「ぼくが、あのぼうしを開けるよ。だから、お母ちゃんは、
このあみでおさえてね。あれ、石がのせてあらあ。」
客席の女の子が、後ろから乗り出して、せかせ
かと言いました。
「早く、おじちゃん。早く行ってちょうだい。」
松井さんは、あわててアクセルをふみました。
やなぎのなみ木が、みるみる後ろに流れていきます。

 「お母さんが、虫とりあみをかまえて、あの子
がぼうしをそうっと開けたとき ――。」と、ハンド
ルを回しながら、松井さんは思います。「あの子は、
どんなに目を丸くしただろう。」
 すると、ぽかっと口をO(オー)の字に開けている男の
子の顔が、見えてきます。「おどろいただろうな。
まほうのみかんと思うかな。なにしろ、ちょうが
化けたんだから ――。」
 「ふふふっ。」
ひとりでにわらいがこみ上げてきました。でも、
次に、
「おや。」
松井さんはあわてました。バックミラーには、だ
れもうつっていません。ふり返っても、だれもい
ません。
「おかしいな。」
松井さんは車を止めて、考え考え、まどの外を見
ました。