最後の原子力プラント設計者のつぶやき

最後の原子力プラント設計者のつぶやき

原子力発電所
(敦賀2号機、川内1号機、高浜3・4号機、大飯3・4号機、玄海4号機)の設計者の胸のうち

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なぜ原子力の仕事を選んだか。

それは、オイルショック直後の暗黒の時代を迎えていた日本を

守ろうという若い意志だ。


私は、東大の原子力工学科を目指して、東大に入学した。

東大は、大学1,2年の成績で自分の進む学科が決められる。

私の時代には私と志しを同じにする若者が多数で、

工学部で成績のトップクラスのものだけが原子力工学科に入った。

私は定員オーバーで入ることが出来なかった。

それでも日本のエネルギー事情を改善しようという志しは変わらず、

機械工学科に入って原子力産業への就職を目指した。


そして社会人となり、敦賀2号機の担当となった。


1978年、そのときから発電所サイト基礎の活断層の存在の議論があった。