『海を飛ぶ夢』(スペイン、フランス、イタリア、2004年) Mar adentro, The Sea Inside

 

を観た。

25歳の時に事故で身体不随になり、30年を過ごすラモン。

自己の死の選択をできないラモンは「尊厳死」を求めるのだが・・・。

実在の人物を描いた伝記映画。

 

この作品のことは、

宮地尚子さんのエッセイ『傷を愛せるか』のある章で言及されていて、知った。

 

 

このエッセイは珠玉で、

わたしの人生のなかでも最も大切な作品のひとつになった。

 

どこがどのように魅力的かということを明確に語ることは難しいけれど、

生活や人生の中で目撃する、他者の痛みを抱える瞬間や傷跡に目をそらさず立ち会い続けていくという覚悟、

他者に対する慈愛のまなざし、宮地さんの人生観がじんわり沁みて

読んでいると体のこわばりがほぐれてくる。

 

上述の一冊で、『海を飛ぶ夢』の内容や最終的な物語の行方は知ったうえで、

鑑賞した。

 

尊厳死をテーマにした作品。

 

主人公ラモンを演じるハビエル・バルデムは、

実年齢よりもずっと年上の貫禄ある姿でベッドに横たわっていても

圧倒的にセクシーで魅了されてしまう。

 

誰かの助けがないと生きてゆけない。

生きることがすなわち、プライバシーを棄損され続けていくことと同等であるという

ラモンの境遇の苦しみと、

どんな状況にあっても彼自身の魅力で女性たちと良い仲になっていく描写も良い。

 

どこまでが脚色かは分からないけれど、

ラモンの尊厳死を食い止めようとする弁護士・フリヤのその後、

フリヤの物語上の役割の変化が、この作品の肝になっている。

 

ラモンと出会い、彼の魅力に気付いて関係が近づく魅力的な既婚の女性弁護士が

特別な人が望む尊厳死に悩む、という単純なストーリーではないのが

この作品のポイントだよね。

 

この作品は絶対に、ネタバレやストーリーラインを予習することなく、

観るのが良い。

 

ラモンが全身不随になったことによって

人生が一変したのは、ラモン自身だけではない。

ラモンはプライバシーがない、という。

でも彼を後見する家族は、彼のケアを中心に人生を設計して暮らしてきている。

自分たちのほうが彼の奴隷なんだ、と叫びながら、

死出の旅に向かうラモンの見送りで「死んだらもう会えないんだぞ」と精神的に未熟なふるまいをする甥を諫める

父と兄の姿が印象に残る。

ラモンを憎みつつも決定的に愛している。

 

物語の大枠の素晴らしさとは違うところでは、

ラモンの「尊厳死」上告に対して抗議する牧師に対してラモンが言い放つ、

「あなたの、わたしの行動に対する熱心さには関心するよ」という

洒脱で呆れたような言い方が良い。

全然関係のない存在の自分に対して熱をもって赤の他人が限られた人生の時間を使っているなんて、

という皮肉が、ヨーロピアンの感覚なのか、知らない。

でも、わたしには新鮮だった。

 

 

 

 

人生というのはいつ誰がどうなるかは分からない。

それでも、再会の場所があるという約束の空想があれば、大丈夫になれる。