【2023年 京大の古文(理系)】大問3の現代語訳
天下が泰平になって二百年を超えたので、文武の道がともに盛んになり、賢明な名君がきっとたくさんいらっしゃるでしょう。その中に、このごろ世間の人が、やかましいほど賞賛し、評判になっている君がいらっしゃいます。その君のご様子を聞くに、まことに、高いご身分にありながら、おごり高ぶりなさらず、下の者に対して慈悲深く、民を大切になさるお心構え、少しも昔の名君にも恥じなさらないであろうお心ばえです。しかし、今風に物事を行いなさるのが、残念な気持ちがします。
その今風というのは、ゆったりとした心をお持ちではなく、性急であるところが、感心できないのです。
それは、先代君主の喪に、一年も服さず、五十日の服喪が終わるのを待って、先代の治世の決まりを改め、その時代に並ぶものなく栄えた者が、無用な人のようになり、また、谷に埋もれていた木のように日の目を見なかった者が、それとは対照的に栄えることもあります。
総じて、先代の名残を無理やりに無くして、自分の才知のすぐれていることを、しきりに見せるので、分別のない者が、新しい主君をおほめ申し上げるままに、先代の君主が謝っていたと世間でうわさされる有様である。そのようであるから、自分の時代になるようなことを、待ち遠しいと思っていたのだろうかと、自然と推測されるのも、実際はそうではないだろうけれども、罪深い様子である。
さて、この賢明な新しい主君たちも、長く在位すれば、だんだん安易な方向に流れて、風流や妖艶もにくみなさらず、美酒や佳肴もまた良しとしなさるので、ついには、先代の主君と異なるところが少なく、世間並みになって行きなさるのが、残念である。
今、たいそう賞賛し申し上げる君主は、そのような言ってもどうしようもないようなことは、ないだろうけれど、まず一年は喪服に身をやつしなさって、自然に年月を経た後で、新しいおふれを下しなさるようなことも、また、もっともなことだと私は思うのである。
※をさまる(治まる)…戦乱の時代が終わって、江戸時代になったことを指す。
※とせ(歳)
※あまりぬれば(余る+完了「ぬ」已然形+ば)…越えたので。
※ならびにひらけて…両者が並行して、広まっていく。「啓蒙」の「啓」も「ひらく」と読む。
※あまたおはすべし…「あまた」は「たくさん」。「べし」は、推量(~だろう)。
※かしかましくほめののしる…「かしかまし(やかましい)」「ののしる(さわがしく言う・評判になる)」
※げに…「なるほど、まことに」という感動の意味合い。
※さらに…少しも~ない。
※ものす…さまざまな動詞の代わりに用いる。
※あかぬ(飽かぬ)…物足りない。
※のどけき心…のどかな心。ゆったりとしいる。
※おはしまさで…「で」は打消し。
※急なり…せっかちである。
※そは…それは。
※をはる…終わる。
※その世…先考の世。先代君主のご治世。
※またなく…またとない。このうえない。
※時めく…寵愛を受ける。時流に乗って栄える。
※いたづら人…「いたづらなり(無用である)+人」。無用な人。
※谷の埋もれ木…「谷」は「山」の反対。山は「高き」場所なので、「谷」は低い身分であること。世に埋もれた人材。閑職にあった家臣が、新君主に取り立てられて、重要なポストにつくこと。
※花やぐ…「時めく」と同じ意味合い
※引きかえて…いたづら人になった人と引き替えに(対照的に)。
※すべて…総じて。何事においても。
※古き名残…古い時代の名残。先代の治世の影響。
※あながちに(強に)…強引に。
※かしこげさ…いかにも賢明である(すぐれている)様子。
※心なき人…ここでは「分別のない人」「物の道理がわからない人」のことで、世間の人々を指している。「心無い」には、他にも「風流を解さない」などの意味がある。
※聞こえ奉る…「聞こえ」「奉る」は、いずれも「~し申し上げる」という意味の謙譲語。
※世に流るる…世間に流布すること。
※されば…そのようであるので。
※我が世にならんこと…(先代の存命中からすでに、)自分の「世(=治世)」になるようなことを。
※推しはからるる…「るる(助動詞「る」:自発・連体形)」
※さはあるまじけれど…「さ(そのようなこと)」・「まじ(打消し推量)」
※在りふれば(在り古れば)…その地位にある状態が長く続けば。
※やうやく…「=やうやう(だんだん)」
※先君にたがふ(=違う)所すくなく…喪が明けるのを今や遅しと、勢い込んで改革を始めたものの、結局、時が経てば初心が忘れられ、先君と似たり寄ったりの状態になる。
※世の常…若き賢良の君だった者たちが、年を重ねて、世間並みのどこにでもいる人物になること。
※口惜し…残念だ。
※世にほめ奉る君…喪に服す期間が短い、例の「この頃かしかましくほめののしる君」のこと。
※言ひがひなき(言い甲斐なき)事…「言う甲斐なし(=言っても無駄である・どうしようもない)」ようなこと、つまり、安きに流れて凡庸な者に成り下がること。
※やつれ…身をやつす(目立たぬ服を着る・出家する)。ここでは喪服を着ること。
※新令を下し給はんも…「先考の世のおきてを改め」と同意。
※むべなり…なるほどと思う。じゅうぶんな期間、喪に服してから、旧弊を改めるべく新令を発するなら納得できるが、新君が気負って性急に改革を行ったのは、君主としての器の小ささや心の浅さを露呈するようで、とても容認できることではないと批判している。