ラストを引用
どんなに理屈をつけようと、子どもたちの「無気力」の最初のタネは、家庭内での子育てのなかで蒔かれているのである。
(中略)
母親が子育てを引き受けなければ、誰が子育てを引き受けるの?という疑問がここで出てくるだろう。もちろんそれは社会である。母親は母乳が必要な七、八カ月まで子どもと一緒にいればよい。かつての日本にはちゃんと、社会が子育てを引き受けるしくみができていた。
産業構造の変化とともに、必然的に核家族化がすすんだいま、保育園がその役を引き受ければよいと思う。この国の保育園は、十分に優秀である。
母親は昔の母親のように、ただ子どもをかわいがる役を引き受ければよいのである。
母親の愛は盲目である。盲目の愛の持ち主である母親に、子どものしつけをし、社会人として訓練し、評価することを望むのは土台無理な注文なのだ。
愛する人に評価されるという構造は、子どもの自我を分裂させる。母親はただ、子どもを愛していればよい。ある時期には子どもから離れていることも必要だろう。その新しい構造のなかで、子どもは母の愛に温められ、自信を取り戻すだろう。
いま必要なのは、新しい構造と、新しい価値観に基づく、新しいシステムなのである。
母親に甘える子ども 子どもを私有物化する母親の問題を明記した、私にとってものすごく納得いく新しい視点の本でした。
育児に疲れている親子さんに是非お勧めしたい一冊です。
ちなみに、添い寝をやめるのも早いにこしたことはなく、七八ヵ月とのことでした。
是非
どんなに理屈をつけようと、子どもたちの「無気力」の最初のタネは、家庭内での子育てのなかで蒔かれているのである。
(中略)
母親が子育てを引き受けなければ、誰が子育てを引き受けるの?という疑問がここで出てくるだろう。もちろんそれは社会である。母親は母乳が必要な七、八カ月まで子どもと一緒にいればよい。かつての日本にはちゃんと、社会が子育てを引き受けるしくみができていた。
産業構造の変化とともに、必然的に核家族化がすすんだいま、保育園がその役を引き受ければよいと思う。この国の保育園は、十分に優秀である。
母親は昔の母親のように、ただ子どもをかわいがる役を引き受ければよいのである。
母親の愛は盲目である。盲目の愛の持ち主である母親に、子どものしつけをし、社会人として訓練し、評価することを望むのは土台無理な注文なのだ。
愛する人に評価されるという構造は、子どもの自我を分裂させる。母親はただ、子どもを愛していればよい。ある時期には子どもから離れていることも必要だろう。その新しい構造のなかで、子どもは母の愛に温められ、自信を取り戻すだろう。
いま必要なのは、新しい構造と、新しい価値観に基づく、新しいシステムなのである。
母親に甘える子ども 子どもを私有物化する母親の問題を明記した、私にとってものすごく納得いく新しい視点の本でした。
育児に疲れている親子さんに是非お勧めしたい一冊です。
ちなみに、添い寝をやめるのも早いにこしたことはなく、七八ヵ月とのことでした。
是非


