先日のナッキーの記事で、「大体のところは容認してしまっている。それほど重い障害ではないし」と書いてしまったが、ここ数日、悩みながらナッキーと戦っている(?)。戦いというのは、いままで私(たち)がサボってきてしまった普通の子育てについて。
たとえば、ナッキーは宿題(学校のも塾のも)をやることを、異様に嫌がる。取り組んでしまえば、ものの10分で終わることができるのに、だ。たいていは宿題をやろうと声掛けをすると、「今日は無理」「難しくてできない」と言い訳の言葉を何度となく繰り返し、だらだらとごねる。その拒絶の仕方が半端ない。一旦言ってしまってあとにひけなくなったとかではなく、とにかく面倒な様子で、一時間でも二時間でもずっと嫌だと言い続ける。(そのほうがよっぽど面倒だと思うのだが)なにかのアスペルガーについての本で「とにかく宿題を嫌がる」という事例を読んだことがあったので、障害のせいなのかとも考えあきらめそうなることも多々あるが、ここは負けずに根気強く、こちらも言い続けるようにする。結局はだいたいが「やればいいんだろ」と捨て台詞をはきながらも(時には泣きながら)課題に取り組む結果になる。まだなんとかやっていけている。それでもこのやり取りが毎日続くと、さすがに疲れて負けてしまいそうになる。(実際に負けてしまうことだってある。8勝2敗といったところか)でも。。ここで踏ん張らなければならないと、普通の親が言う以上に言わなくてはと思うのは理由があって、その他の日常の子育て、しつけに関しても最近は深く考え、厳しく言うようになった。
ナッキーは一年生で通級(週に一回、自閉症児のための訓練をしながら特別のクラスで過ごす)を利用しながら普通級でやっていた。そこの先生は厳しさ以外は持ち合わせていないとさえ思うほどだったし、その当時はなぜ、通級が憩というか自閉症児なりの葛藤やストレスを受け止める憩の場でないのかと疑問にばかり思っていたが、今考えればナッキーのようなタイプにはそうしないと普通級でやっていくための助けにならなかっただろうし、やっていけなかっただろうと思う。その教員とはトラブルになって通級をやめたのだが、(一年時の担任も連携してなんとかやっていてくれた)そこから、崩れだしたのは、今となっては確かだ。その時には私たちはナッキーの障害について、楽観視していたし、情報も集めたりもせず(特徴が顕著に表れてはいなかった、と思った)ただただ、そこの教員のある事柄への対応のひどさに、そこを辞めさせたのだったが、そういう子供たちばかり、ある意味で見続けている側(専門に訓練を受けた教師)としては、ここはこうしたほうがいいという事例をたくさん見て、正しい(正しかった)対応をしてきたのだろう。
二年生になって、担任が変わり新任の(に近い)若い女性の教員になり、4月早々廊下に立たされたり、残されて指導されたりしたナッキーは、担任もクラスも嫌になってしまった。ほぼ登校拒否に近くなった。(ここからは前に書いたので簡単に)空き教室で手の空いた教員と勉強しはじめたが、クラスのようにリアルタイムで二年生の課題に追いついていけなくなってきていた。ナッキーをはじめ、他の2名の、そこで過ごす子どもたちは誰もが、わがままを言い、席を立ち、時に暴れ、反抗し、そして教員のほうが負ける形になることが多くなり、更に子供たちは我を通し、ラクし始めた。ナッキーがわがままが通る相手かどうか試すことをよくするのも、ここが始まりだった。そして、算数も、国語も(特に漢字の書き取り)遅れ、他の教科に至ってはほとんどなされていなかった。
(いろいろこの間に事情が変わり、)前にもこれも書いたので省略するが、三年生では今の「固定の情緒学級」に通うために転校した。ここでも生徒は3人。教科としては算数と国語がメイン。ここでの、今の担任は専門に情緒障害児に対しての専門の教育を受けた先生。そこで今、問題もなんとかクリアしながら毎日過ごしているナッキーだが、私(たち)の認識が違っていた点として、やはりここは障害児のためのクラスなのだった。担任の対応には満足しつつも、全教科をやるというのは無理だし(ここも考えていなかった)、とにかく勉強に関しては遅れが続いているのだった。ここで今回のブログに書きたかったことにもどるのだが、この3年間、ナッキーの思惑通りというか(本人にとっては仕方ない)ラクなほうに流れる道を選んでしまった。今はここが悩みである。
そんなわけで、通常に追いついていない小学生の学習科目の内容に、なんとかこれ以上遅れを出さないよう、学校と塾の宿題は彼にとって必須なわけだ。が、前記の具合で、なかなか思うようにいかない。勉強面でここまで。それ以外でも、ナッキーは次の日の学校の支度を自分でやったことがほとんどない。やらせてこなかった。しかし、もう3年生なのだ。もう普通級に通う子たちがあたりまえにやっていること。ここで、私の認識の甘さ、障害を障害と受け入れるかばかり悩んでいて、実際にナッキーに、親としてしなければならないことをわたしも、サボってきたのだ。今になって心も痛い。
私事なんだが、最近うつの状態があまり良くなく、自分自身のこの先が不安になった。私がうつでもうつでなくてもなんだが、どう考えてもナッキーより私たちは先に逝くのだ。この子が将来、兄弟もいない状況で社会人としてやっていけるのだろうか、いや社会人にさえ今のままではなれないのではないか。ここでは勉強の遅れについてばかり書いてしまったが、それよりも大事なことさえできてもいない。自分のことを自分で。。という親が子供に、子育ての中で教えていかなければならないこと、それこそ大切なこと。ああ、なぜ今までそこに私は気づかなかったのだろう。。私自身が親に教わってこなかったから。私は健常者だったので、普通のことは普通に成長につれてできるようにはなってきた。けれども、学校では忘れ物ばかり、成績でこそたまたまよかったのだが、宿題も課題もやらないことも日常茶飯事だった。だから、今まで気が付かなかった。ナッキーには申し訳ない。これからは厳しくするようにする。普通にナッキーの歳でできることはできるよう、教えていくようにする。急に厳しくなってナッキーも可哀そうなところもあるが、将来、できないほうが可哀そうなのだから。
ちょっと長くなったので、ここまで前半として、また書くことにしようと思う。