"元"東京人の北海道「とかち」移住日記Vol.2.1 -2ページ目

【定例記録】2度目の移住から2025年6月20日で14年2ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2025年6月20日で14年2ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、ただ今心身不調6ヶ月目と突発事態により。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。最近あまり情報が出回ることも減り、心配はありますが。

情報も乏しくなり、風化していくとか、世の中の関心事でなくなることはとても由々しきことと思います。

日本に暮らしている以上はいつ被災者の立場になってもおかしくない。

それを甘くみてはいけないと感じます。

自分自身も2016年8月に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まったと思っていたら、あっという間に4月、季節も冬から春、そして初夏か?夏を感じさせるような季節に変わりつつあります。と書いてますが、心身の不調により、5月も今月もほぼ外に出られず、寝込む日々の中、通院すらままならず。

あっという間に半年をまもなく迎えようとしてます。

心身の不調から寝込む生活を6ヶ月以上していたら、良い兆しに向かうことなく、時だけが過ぎておりました。とうとう6ヶ月目後半に突入してしまいますね。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、6月20日で14年2ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので8年2ヶ月になりました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまった。仕方のないことですが、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

未だに心身ともに調子がよろしくなく。むしろ、精神状態は更に悪くなりつつなってきて。今回はかなりの療養への時間を要する覚悟は必要なようです。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?しかし、なかなか心身共に休まらなくてとても悩んでますね。

また、自分は小さな頃より「自律神経失調症」の傾向があるとの診断をされており、それとも症状が似ている為に、原因の特定がかなり主治医も悩んでおられるみたいです。

医師とも相談しつつも、原因の特定と対処方法も決め手に欠くので、今の様子を見つつ、進むしかないという心という見えないところのものでありますから、医療の力でもとても難しいところになりますね。

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難なことが多く、日常生活すらまともにできずに病床に伏す暮らし。

春から初夏、夏みたいな季節に移り変わりをしておりますが、心身がやはり季節の変わり目が弱い私。ついていくことができず、ほぼ寝たきりな日々で何もできませんでしたし、今も動くのもかなりツラくて、必要な用事すらきちんとこなせない、薬切れまでやってはいけないのに、してしまい、通院をキャンセル→再予約を何回も心身の不調で繰り返したら間に合わなくなり。しかも、これはマズい!と無理矢理通院しようとした日も予約時間には調子悪くて行けず、病院に連絡して夕方の診察時間外に主治医の空き時間に何とか診察してもらうような有り様であります。もはや、きちんと通院すら困難な状況にありますことが目下の悩みですね。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。

理解しながら工夫してはおりましたが、何分自分の精神障がいが「反復性」のものなので、どうにもならないところもあることも否めません。

人間、ことココロの病や障がいってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いたいですが、心身が先ずは一番なのでそこを改善させて行くことに注力しないといけません。なので、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

障がいの影響でフルタイムではバイトでもダメと主治医より言われているし、もちろんそれだけの耐性もないことは自分でも認識しておりますので。

障がい者雇用でさえ書類選考の段階で落とされるから、次を見つけるのもかなり困難なのだろうと覚悟をしつつ、体調を整えながら気が熟すのを慌てずに待ちたいと思います。

当面は上向く気配もないから、夢物語なのでしょうね。公共交通機関にすら、まともに乗れる状態ではないので。買い物も役場にも用事を済ませることすらまともにできないので。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように春から初夏や夏へと変化の兆しが日々進んでおりますが。

気が付けば暑さに襲われる日もとうとう出てきましたね。

 

ここからは毎度の内容を少し編集したものではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒も飲みたくなくなったそうで、今はお酒は飲みたいという気持ちがなくなったそうで、飲まない人になりましたし、タバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

父親は「自分からお酒とタバコは死ぬまで取るな!」が口癖の人でしたから。腰は少しずつ快方に向かっているみたいですけど。

母親もほぼ寝たきりな暮らしをしているらしいです。末期癌から奇跡の生還をしたひとなので、無理はもうできないですし、身体の調子も大きな病院で検査とかしたものなら、即日入院になるくらいな悪さで出てくる時には生きてはないのは、ほぼ見えてきていることがとても悲しくなります。でも、母親自身が余計な苦しむ治療はしたくない、最期は自然の成り行きで命尽きることを望んでいるので、それは家族としての立場ではどっちもツラいこと。でも、母親の気持ちを私の気持ちとしては尊重してあげたく思ってます。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、血縁の家族とは元々喧嘩の連続なので、関わりは持ちたくないし、それが精神的におかしくなる要因にもなるので、そう言う意味では孤独な人生しかないのかな?と思うし、こいつらとは上手くやれることはありえないな、とは昔から実感してます。

障がい者になる前はそれでも家族には迷惑かけた人生だ!と感じてたから懸命にできることはしたのに、自分を犠牲にしてまでしていたことも多々ありましたが、気にもかけてないのがおかしい家族。自分が潰れてまでも救いの手を差し伸べた家族にも裏切られ、もう関係は一生関わりたくないな、と。凄く傷付きましたし、精神的にもよろしくないので。

 

そして、このひと月で最悪な事態になりました。

東京にいる母が昨年秋から体調が更に悪くなり、寝たきりの暮らしで、特に母が40代の頃の大病した影響で心身がボロボロで30年を過ぎて頑張ったのは奇跡で、それでも腎臓がもはや最悪なステージまでなってしまい、耐え忍んでいましたが、とうとう6月初めに救急搬送されて、ICUに搬送されてしまい、1週間くらいで一般病棟に移れましたが、今は透析をしないと快方に向かう手はなくて、嫌だと言っていたが、努力してますね。

親兄弟に医師から言われている内容を問わないと状況はわからないから聞いたら、教えてもくれず、むしろ私が聞いたところで何もできないのだから、余計な首を突っ込むな、と突き放され。連絡も何もなし。とうとうほぼ絶縁状態になりましたね。

このまま、親族とは縁を切ることを真剣に考えて、そうしようかな?と悲しくも思っているところ。

 

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

 

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、今年の1月に次男が20歳になり、今長男は一つ上なので、就活中で、内定もいくつか幸い頂いているとのことを聞いてます。子供達の母親の元妻ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。そして、子供達の行く末を共に見守りながら彼女自身の歩みたい道を歩んで幸せに元気に暮らしてくれたらと願うばかりです。

しかし、最近メールをいただきましたが、彼女もどうも年齢的にも仕方ないとは思うも、身体的に問題も出てきたみたいで、身内の家族より心配です。

また、彼女の親御さんも入院したり、リハビリして何とか少しずつ生活しているみたいですが、無理なく日々を送ってもらいたいものですね。

色々と考えると、私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。今でも罹患されたりしている方もかなりいるかと思います、それを含めた感染症対策は一人一人でするしかありませんので、共に気をつけたいものですね。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

コメ問題にしても、年金問題にしても経済的に国民生活もまともに把握もできないような人達が選挙で選ばれて国民のことも見ずに国民の代弁者を語るのは怒りしかありません。

特に社会的弱者とそうでない方の差がますます開いておるのが今の世の中の状況ですから。

賃金格差や年金問題がそうですね。

また、障害年金の審査に関する問題も今年になり浮き彫りになり、確かに不支給判定が異常に増えてること、裏で操作していることがあることなど、不信感しかありません。

確かに申請が増えている中で、主治医の診断書の内容と日常生活のレベルからこれでは認定基準には該当しない、というケースもあるでしょうけど、明らかに該当でしょう、というケースが非該当になるのは、明らかにおかちい判定基準になりつつあることは明白ですね。きちんと公式サイトなどで、判定基準は公開されてますが、それでも?みたいなおかしさはあります。どこからか圧力はあるのでしょうけど、判定はそれに屈することなく基準に合わせて正しい判定をきちんとしてもらいたいものです。

物価上昇率より低いですので、実質的には生活は苦しくなるのは言うまでもありません。

自分にしても年金を障がい者なので頂いておりますが、6月からの改定でも物価上昇率に対しては低い改定率なので、生活をかなり抑制しないといけないですね。最低金額なので、より厳しさがあります。

 

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら春の到来を元気に笑顔でいられますようにお過ごしください。

季節の変わり目ですから、人のことは言えませんが体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

前回の内容をちょこっといじっただけの内容になってしまいましたが、今できる定例記録としては限界なことをご容赦くださいませ。

また、大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

春から初夏や夏に向かいつつ、少しでも良い方向に向かいますように。

 

2025.06.21

【定例記録】2度目の移住から2025年5月20日で14年1ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2025年5月20日で14年1ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、ただ今心身不調6ヶ月目になりました。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。最近あまり情報が出回ることも減り、心配はありますが。

情報も乏しくなり、風化していくとか、世の中の関心事でなくなることはとても由々しきことと思います。

日本に暮らしている以上はいつ被災者の立場になってもおかしくない。

それを甘くみてはいけないと感じます。

自分自身も2016年8月に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まったと思っていたら、あっという間に4月、季節も冬から少しずつ春へと変わりつつあります。と書いてますが、心身の不調により、5月もほぼ外に出られず、寝込む日々の中、通院すらままならず。

あっという間に半年をまもなく迎えようとしてます。

心身の不調から寝込む生活を5ヶ月以上していたら、良い兆しに向かうことなく、時だけが過ぎておりました。とうとう6ヶ月目に突入してしまいますね。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、5月20日で14年1ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので8年1ヶ月になりました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまった。仕方のないことですが、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

心身ともに調子がよろしくなく。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?

また、自分は小さな頃より「自律神経失調症」の傾向があるとの診断をされており、それとも症状が似ている為に、原因の特定がかなり主治医も悩んでおられるみたいです。

医師とも相談しつつも、原因の特定と対処方法も決め手に欠くので、今の様子を見つつ、進むしかないという心という見えないところのものでありますから、医療の力でもとても難しいところになりますね。

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難なことが多く、日常生活すらまともにできずに病床に伏す暮らし。

ようやく春になろうかと季節は移り変わりをしておりますが、心身がやはり季節の変わり目が弱い私。ついていくことができず、GWもほぼ寝たきりな日々で何もできませんでしたし、今も動くのもかなりツラくて、必要な用事すらきちんとこなせない、薬切れまでやってはいけないのに、してしまい、通院をキャンセル→再予約を何回も心身の不調で繰り返したら間に合わなくなり。しかも、これはマズい!と無理矢理通院しようとした日も予約時間には調子悪くて行けず、病院に連絡して夕方の診察時間外に主治医の空き時間に何とか診察してもらうような有り様であります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。

理解しながら工夫してはおりましたが、何分自分の精神障がいが「反復性」のものなので、どうにもならないところもあることも否めません。

人間、ことココロの病や障がいってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いたいですが、心身が先ずは一番なのでそこを改善させて行くことに注力しないといけません。なので、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

障がいの影響でフルタイムではバイトでもダメと主治医より言われているし、もちろんそれだけの耐性もないことは自分でも認識しておりますので。

障がい者雇用でさえ書類選考の段階で落とされるから、次を見つけるのもかなり困難なのだろうと覚悟をしつつ、体調を整えながら気が熟すのを慌てずに待ちたいと思います。

当面は上向く気配もないから、夢物語なのでしょうね。公共交通機関にすら、まともに乗れる状態ではないので。買い物も役場にも用事を済ませることすらまともにできないので。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように春から初夏や夏へと変化の兆しが日々進んでおりますが。

GWの間に例年恒例の積雪がありました。気温が高いおかげで除雪することなく溶けていきましたが。

気が付けば暑さに襲われる日もとうとう出てきましたね。

 

ここからは毎度の内容を少し編集したものではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒も飲みたくなくなったそうで、今はお酒は飲みたいという気持ちがなくなったそうで、飲まない人になりましたし、タバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

父親は「自分からお酒とタバコは死ぬまで取るな!」が口癖の人でしたから。腰は少しずつ快方に向かっているみたいですけど。

母親もほぼ寝たきりな暮らしをしているらしいです。末期癌から奇跡の生還をしたひとなので、無理はもうできないですし、身体の調子も大きな病院で検査とかしたものなら、即日入院になるくらいな悪さで出てくる時には生きてはないのは、ほぼ見えてきていることがとても悲しくなります。でも、母親自身が余計な苦しむ治療はしたくない、最期は自然の成り行きで命尽きることを望んでいるので、それは家族としての立場ではどっちもツラいこと。でも、母親の気持ちを私の気持ちとしては尊重してあげたく思ってます。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、血縁の家族とは元々喧嘩の連続なので、関わりは持ちたくないし、それが精神的におかしくなる要因にもなるので、そう言う意味では孤独な人生しかないのかな?と思うし、こいつらとは上手くやれることはありえないな、とは昔から実感してます。

障がい者になる前はそれでも家族には迷惑かけた人生だ!と感じてたから懸命にできることはしたのに、自分を犠牲にしてまでしていたことも多々ありましたが、気にもかけてないのがおかしい家族。自分が潰れてまでも救いの手を差し伸べた家族にも裏切られ、もう関係は一生関わりたくないな、と。凄く傷付きましたし、精神的にもよろしくないので。

 

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

 

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、今年の1月に次男が20歳になり、今長男は一つ上なので、就活中で、内定もいくつか幸い頂いているとのことを聞いてます。子供達の母親の元妻ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。そして、子供達の行く末を共に見守りながら彼女自身の歩みたい道を歩んで幸せに元気に暮らしてくれたらと願うばかりです。

しかし、最近メールをいただきましたが、彼女もどうも年齢的にも仕方ないとは思うも、身体的に問題も出てきたみたいで、身内の家族より心配です。

また、彼女の親御さんも入院したり、リハビリして何とか少しずつ生活しているみたいですが、無理なく日々を送ってもらいたいものですね。

色々と考えると、私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。今でも罹患されたりしている方もかなりいるかと思います、それを含めた感染症対策は一人一人でするしかありませんので、共に気をつけたいものですね。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

コメ問題にしても、年金問題にしても経済的に国民生活もまともに把握もできないような人達が選挙で選ばれて国民のことも見ずに国民の代弁者を語るのは怒りしかありません。

特に社会的弱者とそうでない方の差がますます開いておるのが今の世の中の状況ですから。

賃金格差や年金問題がそうですね。

また、障害年金の審査に関する問題も今年になり浮き彫りになり、確かに不支給判定が異常に増えてること、裏で操作していることがあることなど、不信感しかありません。

確かに申請が増えている中で、主治医の診断書の内容と日常生活のレベルからこれでは認定基準には該当しない、というケースもあるでしょうけど、明らかに該当でしょう、というケースが非該当になるのは、明らかにおかちい判定基準になりつつあることは明白ですね。きちんと公式サイトなどで、判定基準は公開されてますが、それでも?みたいなおかしさはあります。どこからか圧力はあるのでしょうけど、判定はそれに屈することなく基準に合わせて正しい判定をきちんとしてもらいたいものです。

物価上昇率より低いですので、実質的には生活は苦しくなるのは言うまでもありません。

自分にしても年金を障がい者なので頂いておりますが、6月からの改定でも物価上昇率に対しては低い改定率なので、生活をかなり抑制しないといけないですね。最低金額なので、より厳しさがあります。

 

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら春の到来を元気に笑顔でいられますようにお過ごしください。

季節の変わり目ですから、人のことは言えませんが体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

前回の内容をちょこっといじっただけの内容になってしまいましたが、今できる定例記録としては限界なことをご容赦くださいませ。

また、大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

春から初夏や夏に向かいつつ、少しでも良い方向に向かいますように。

 

2025.05.31

【定例記録】2度目の移住から2025年4月20日で14年を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2025年4月20日で14年を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、ただ今心身不調5ヶ月目につき、遅くなりました。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。最近あまり情報が出回ることも減り、心配はありますが。

情報も乏しくなり、風化していくとか、世の中の関心事でなくなることはとても由々しきことと思います。

日本に暮らしている以上はいつ被災者の立場になってもおかしくない。

それを甘くみてはいけないと感じます。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まったと思っていたら、あっという間に4月、季節も冬から少しずつ春へと変わりつつあります。と書いてますが、心身の不調により、5月のGW明けに書いてますが。

あっという間に半年になってしまうのでしょうね。

心身の不調から寝込む生活を4ヶ月以上していたら、良い兆しに向かうことなく、時だけが過ぎておりました。ただいま5ヶ月目に突入してしまってます。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、4月20日で14年を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので8年になりました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまった。仕方のないことですが、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

心身ともに調子がよろしくなく。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?

また、自分は小さな頃より「自律神経失調症」の傾向があるとの診断をされており、それとも症状が似ている為に、原因の特定がかなり主治医も悩んでおられるみたいです。

医師とも相談しつつも、原因の特定と対処方法も決め手に欠くので、今の様子を見つつ、進むしかないという心という見えないところのものでありますから、医療の力でもとても難しいところになりますね。

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難なことが多く、日常生活すらまともにできずに病床に伏す暮らし。

ようやく春になろうかと季節は移り変わりをしておりますが、心身がやはり季節の変わり目が弱い私。ついていくことができず、GWもほぼ寝たきりな日々で何もできませんでした。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。

理解しながら工夫してはおりましたが、何分自分の精神障がいが「反復性」のものなので、どうにもならないところもあることも否めません。

人間、ことココロの病や障がいってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いたいですが、心身が先ずは一番なのでそこを改善させて行くことに注力しないといけません。なので、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

障がいの影響でフルタイムではバイトでもダメと主治医より言われているし、もちろんそれだけの耐性もないことは自分でも認識しておりますので。

障がい者雇用でさえ書類選考の段階で落とされるから、次を見つけるのもかなり困難なのだろうと覚悟をしつつ、体調を整えながら気が熟すのを慌てずに待ちたいと思います。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように春へと変化の兆しが日々進んでおりますが。

GWの間に例年恒例の積雪がありました。気温が高いおかげで除雪することなく溶けていきましたが。

これから車のある方は冬タイヤから夏タイヤへの履き替えをする方が一番多い頃を迎えますね。

 

ここからは毎度の内容を少し編集したものではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒も飲みたくなくなったそうで、今はお酒は飲みたいという気持ちがなくなったそうで、飲まない人になりましたし、タバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

父親は「自分からお酒とタバコは死ぬまで取るな!」が口癖の人でしたから。腰は少しずつ快方に向かっているみたいですけど。

母親もほぼ寝たきりな暮らしをしているらしいです。末期癌から奇跡の生還をしたひとなので、無理はもうできないですし、身体の調子も大きな病院で検査とかしたものなら、即日入院になるくらいな悪さで出てくる時には生きてはないのは、ほぼ見えてきていることがとても悲しくなります。でも、母親自身が余計な苦しむ治療はしたくない、最期は自然の成り行きで命尽きることを望んでいるので、それは家族としての立場ではどっちもツラいこと。でも、母親の気持ちを私の気持ちとしては尊重してあげたく思ってます。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

 

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、今年の1月に次男が20歳になり、今長男は一つ上なので、就活中で、内定もいくつか幸い頂いているとのことを聞いてます。子供達の母親の元妻ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。そして、子供達の行く末を共に見守りながら彼女自身の歩みたい道を歩んで幸せに元気に暮らしてくれたらと願うばかりです。

私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。今でも罹患されたりしている方もかなりいるかと思います、それを含めた感染症対策は一人一人でするしかありませんので、共に気をつけたいものですね。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

特に社会的弱者とそうでない方の差がますます開いておるのが今の世の中の状況ですから。

賃金格差や年金問題がそうですね。

物価上昇率より低いですので、実質的には生活は苦しくなるのは言うまでもありません。

自分にしても年金を障がい者なので頂いておりますが、6月からの改定でも物価上昇率に対しては低い改定率なので、生活をかなり抑制しないといけないですね。最低金額なので、より厳しさがあります。

 

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら春の到来を元気に笑顔でいられますようにお過ごしください。

季節の変わり目ですから、人のことは言えませんが体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

前回の内容をちょこっといじっただけの内容になってしまいましたが、今できる定例記録としては限界なことをご容赦くださいませ。

また、大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

春に向かいつつ、少しでも良い方向に向かいますように。

 

2025.05.07

【定例記録】2度目の移住から2025年3月20日で13年11ヶ月を迎えました。遅くなりました!

【定例記録】2度目の移住から2025年3月20日で13年11ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、ただ今心身不調3ヶ月目につき、遅くなりました。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。最近あまり情報が出回ることも減り、心配はありますが。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まったと思っていたら、あっという間に4月、季節も冬から少しずつ春へと変わりつつあります。

心身の不調から寝込む生活を3ヶ月以上していたら、良い兆しに向かうことなく、時だけが過ぎておりました。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、3月20日で13年11ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年10ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

心身ともに調子がよろしくなく。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?

また、自分は小さな頃より「自律神経失調症」の傾向があるとの診断をされており、それとも症状が似ている為に、原因の特定がかなり主治医も悩んでおられるみたいです。

医師とも相談しつつも、原因の特定と対処方法も決め手に欠くので、今の様子を見つつ、進むしかないという心という見えないところのものでありますから、医療の力でもとても難しいところになりますね。

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難なことが多く、日常生活すらまともにできずに病床に伏す暮らし。

しかしながら、この土地ですから、雪の季節。降れば、当然除雪はしないと周りへ大変なご迷惑をおかけしますから、必死になっておこなってました。ようやくそれもほぼなくなる時期になり、少し安堵しつつ、症状の改善に力をいれなければ!という気持ちもしますね。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。

理解しながら工夫してはおりましたが、何分自分の精神障がいが「反復性」のものなので、どうにもならないところもあることも否めません。

人間、ことココロの病や障がいってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いたいですが、心身が先ずは一番なのでそこを改善させて行くことに注力しないといけません。なので、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように冬から春へと変化の兆しが日々進んでおりますが。

今年はドカ雪か?少しずつの降雪か?みたいな極端なシーズンのように感じますし、最低気温も例年よりは暖かく感じましたね。うちの周辺で今季はほとんどマイナス20℃以下の日ということもないように感じました。

 

ここからは毎度の内容を少し編集したものではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒も飲みたくなくなったそうで、今はお酒は飲まない人になりましたし、タバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

父親は「自分からお酒とタバコは死ぬまで取るな!」が口癖の人でしたから。腰は少しずつ快方に向かっているみたいですけど。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

 

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、1月に次男が20歳になり、今長男は一つ上なので、就活中で、内定もいくつか幸い頂いているとのことを聞いてます。子供達の母親の元妻ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。そして、子供達の行く末を共に見守りながら彼女自身の歩みたい道を歩んで幸せに元気に暮らしてくれたらと願うばかりです。

私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。今でも罹患されたりしている方もかなりいるかと思います、それを含めた感染症対策は一人一人でするしかありませんので、共に気をつけたいものですね。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

特に社会的弱者とそうでない方の差がますます開いておるのが今の世の中の状況ですから。

賃金格差や年金問題がそうですね。

物価上昇率より低いですので、実質的には生活は苦しくなるのは言うまでもありません。

自分にしても年金を障がい者なので頂いておりますが、6月からの改定でも物価上昇率に対しては低い改定率なので、生活をかなり抑制しないといけないですね。最低金額なので、より厳しさがあります。

 

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら春の到来を笑顔でいられますようにお過ごしください。

季節の変わり目ですから、人のことは言えませんが体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

前回の内容をちょこっといじっただけの内容になってしまいましたが、今できる定例記録としては限界なことをご容赦くださいませ。

また、大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

春に向かいつつ、少しでも良い方向に向かいますように。

 

2025.04.07

【定例記録】2度目の移住から2025年2月20日で13年10ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2025年2月20日で13年10ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、たた今心身不調につき静養中!につき、遅くなりました。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まったと思っていたら、あっという間に3月になっていました。

心身の不調から寝込む生活を2ヶ月以上していたら、良い兆しに向かうことなく、時だけが過ぎておりました。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、2月20日で13年10ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年10ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

心身ともに調子がよろしくなく。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?

医師とも相談しつつも、原因の特定が難しく、対処方法も決め手に欠くので、今の様子を見つつ、進むしかないという心という見えないところのものでありますから、医療の力でもとても難しいところになりますね。

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難なことが多く、日常生活すらまともにできずに病床に伏す暮らし。

しかしながら、この土地ですから、雪の季節。降れば、当然除雪はしないと周りへ大変なご迷惑をおかけしますから、必死になっておりますね。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いたいですが、心身が先ずは一番なのでそこを改善させて行くことに注力しないといけません。なので、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように冬も後半にはなってきた時期ですが。

今年は雪も寒さも今のところは例年ほどは厳しくなく、この先が本格的になりますが、こんな年は本番を迎える頃にはたくさんの積雪や厳しく冷え込むよなぁ、と思っていたら、案の定、2月の4日~5日にかけての大雪でエライ目に会いましたね。

うちの辺りは半日で85cm近く積もりました。

鉄道は4日間運休、バスはうちはあまり影響はありませんが、帯広市内では約1週間影響が出てました。そりゃね、帯広は半日で120cm以上という過去にない積雪でしたし、その後の除雪も予算切れにより遅れましたしね。ありえないような降り方でしたから、そこで、それまでの少ないなぁ、雪が今季はというのが帳尻合わせされてしまいましたね。

そして、季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

長い冬は闘いの日々になります。寒さと雪とのね。

自分ももっと強くならねば、という気持ちもあります。

諦めはしないです。あと、決めつけもしないです。きっとこうだから自分には無理と固定観念のようになれば、当然できる可能性のあることも挑戦もしないで、逃げるのと同じですから。

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒もタバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、1月に次男が20歳になり、子供達の巣立ちの日も段々と近くなりつつあるな、と感じはじめてきましたね。子供達の母親ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら厳しい冬の中でも笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、感染症の流行の季節を迎えましたね。対策は予防措置はしっかりと行いましょう。

冬の様々な意味での安全確保や体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

前回の内容をちょこっといじっただけの内容になってしまいましたが、今できる定例記録としては限界なことをご容赦くださいませ。

また、大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

春に向かいつつ、少しでも良い方向に向かいますように。

 

2025.03.08

【定例記録】2度目の移住から2025年1月20日で13年9ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2025年1月20日で13年9ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、たた今心身不調につき静養中!

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

2025年が始まり、はや一月になろうとしてます。

今年はどんな一年になるのか?不安もあり、希望も持ちたいし、と複雑な気持ちですね。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、1月20日で13年9ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年9ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

年始よりここまでほぼ寝たきりに近い日々を過ごすという最悪な年のスタートとなってしまいました。

心身ともに調子がよろしくなく。

また、原因の特定はできてはいませんが、可能性として、年末の通院にて、薬が1つ後発薬に変更になり、それを飲み始めてから1週間弱で体調に異変を感じるようになりました。

だるさ、部分的な異常な発汗、ほてり、動悸、めまいと頭痛などなど、多数の不定愁訴な症状に襲われておりました。

薬の情報をネットで調べたら、副作用にかなり当てはまるものがあり、そのせいかな?とも思えるし、12月から心身の不調もあるので、断定はかなり難しいところです。

今は、薬を飲みながら、心身の様子を見て、できることを無理せずにする、しっかりと休養もして気力と体力をあげていくしかないかな?

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難な状況でしたが、少しずつ改善してきたかな?と思えます。まだ悔しいですが、完璧ではないですので、耐え忍びながら一歩一歩心身の健康の改善に努めること、新たなバイトを見つけて、その仕事と生活のバランスの両立と体調管理をしっかりすることが大切なことであります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いますが、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりましたが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように冬の中です。

今年は雪も寒さも今のところは例年ほどは厳しくなく、この先が本格的になりますが、こんな年は本番を迎える頃にはたくさんの積雪や厳しく冷え込むよなぁ、と思いつつ、体力作りに除雪だな、と思うようにして過ごすようにしたいと思っております。

そして、季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

長い冬は闘いの日々になります。寒さと雪とのね。

自分ももっと強くならねば、という気持ちもあります。

諦めはしないです。あと、決めつけもしないです。きっとこうだから自分には無理と固定観念のようになれば、当然できる可能性のあることも挑戦もしないで、逃げるのと同じですから。

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒もタバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらしているのが、最近の私の目指す方向でありますね。

その中で励みになるのは、不幸にも別れてしまった家族。みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。

そして、1月に次男が20歳になり、子供達の巣立ちの日も段々と近くなりつつあるな、と感じはじめてきましたね。子供達の母親ももうすぐ子育てから卒業を迎えます、彼女にはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。私は今まで何してきたんだろ?と罪深くしか感じません。

母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

この国の国民生活に政治に対しては期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら厳しい冬の中でも笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、感染症の流行の季節を迎えましたね。対策は予防措置はしっかりと行いましょう。

冬の様々な意味での安全確保や体調管理など健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

2025年が皆さまにとりまして、幸多き年となりますことを心よりお祈り申し上げます。

 

2025.01.31

【定例記録】2度目の移住から2024年12月20日で13年8ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2024年12月20日で13年8ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら生きる苦しみ、運から見放された年でした。ま、そういう運命かな?

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、12月20日で13年8ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年8ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつも、また元の通りに戻ってしまいました。悲しいことではありますが、これが現実なのでしょうね。

 

最近は少し気力的にも全体的にも少しずつバイトを探して、無理なく働けるようになりたい!という思いが強くなって、本気で探して、運良く帯広までの通勤はありますが、バイトを6月初旬よりまた始めました。

主治医からも無理しない程度でバイトしてみたら?というお言葉と私の気持ちが一致したし、働き始めた職場にも面接の時にきちんと事情もご説明した上で、採用してもらえたので、無理せずに公的な支援からも8月15日付けにて廃止になり、自立への階段をまた昇り始めました。

果たして、きちんと自立して暮らしながら生きていけるのか?という不安とそうならなきゃ!という希望というか願いを胸に持ちながらの日々もバイトを始め、上手くいかないことが多々あったりしましたが、少しずつ仕事も覚えていきましたが。

それでも超えられない壁は感じながらでありました。

時に自分の限界を超えてしまい、頭が真っ白になり、動けなくなったりしてしまい、このままで良いのか?と深く考えるようになりました。

自分より職場や同僚、お客様へのご迷惑を冷静に考えた時にとても悔しくて仕方ありませんでしたが、忙しい職場でもありましたから、体調を崩してもっと迷惑をかける前に自らの進退にケジメをつけて、自分の身の丈のバイトをしなければと感じまして。

上の方とも話し合い、11月3日勤務を最後にバイトを退職いたしました。

 

それから、直ぐに何かできるものはないかと毎日求人サイトでバイト探しの日々。

ただ、障がいによる労働の週あたりの日数や一日あたりの時間は、確かにネックになっていると思いますし、またこの土地は基本的には車社会なので、これ良いかな?と思っても、公共交通機関での通勤はかなり困難で仕事のスケジュールにも大きく影響してしまうものも多く。本日現在諸条件をクリアしてかつ、障がいのことへのご理解もいただける新たな職場には巡り会えてませんと言うのが現実。

もちろん、障がい者雇用の案件にも応募しましたが、ご縁がなかったみたいです。

暮らしていくためにはどこかで、方向性の決断をしないといけませんので、求人の内容を見つつ、今年は条件に見合うものは見つからないな、と判断をしました。

案の定、その後もウォッチしてましたが、やはり条件というか自分にできる、通える案件はありませんでしたね。

 

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いますが、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も準備を進めたのは正解でした。

年内に何とかまた元の鞘にはなりますが、心身の調子とバイトとの巡り合わせまでは泣く泣く最低限の生活を保障する福祉のお世話になるしか道がありませんので、その道を手続きをして何とか年の瀬を迎えました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

バイト探しもしているうちに気持ちも段々と落ち込み、身体的にもキツくなり、寝込む日が増えてしまい、「こんなはずではないのに!」という悔しさの中。

でも希望を捨てずに明るい光を探したいな、とは感じて過ごしております。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように冬になりました。

今朝は積雪しており、除雪の日。大晦日にも関わらずね。

大した積雪ではありませんでしたが。

今年は積雪が今のところ少ないですが、ここから本番を迎えますので、こんな年は本番を迎える頃にはたくさんの積雪になることが多かったなぁ、と思いつつ、体力作りに除雪だな、と思うようにして過ごすようにしたいと思っております。

そして、季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

ここは長い冬にとうとうなり、闘いの日々になります。寒さと雪とのね。

自分ももっと強くならねば、という気持ちもあります。

諦めはしないです。あと、決めつけもしないです。きっとこうだから自分には無理と固定観念のようになれば、当然できる可能性のあることも挑戦もしないで、逃げるのと同じですから。

 

心身の状態のその後のことをまず。

朝苦手なのに、朝、起きれる日が増えてきました。夜寝る時間は変わらないのにね。

起きている時間も家事をしたり、片付けをしたり、動いたり、時に休憩を挟みながら無理せずに。

久しぶりにパン焼きやお菓子作りをしたりも頻度は少なくなりましたがしてましたが、最近はその余裕もすっかり影を潜めております。とても悲しいことです。

好きなことをするのは楽しくですね、気分も楽しくなります。

 

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難な状況でしたが、少しずつ改善してきたかな?と思えます。まだ悔しいですが、完璧ではないですので、耐え忍びながら一歩一歩心身の健康の改善に努めること、新たなバイトを見つけて、その仕事と生活のバランスの両立と体調管理をしっかりすることが大切なことであります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

健康が取り柄でした父親も腰を悪くしてしまい、思うように動けずになり、これから先が心配なところ。好きなお酒もタバコも半減したらしいですし、そんなこと今までどんなことがあってもありませんでしたので、これは普通なことではないな、と危機感を募らせてます、私は。

うちの家族はこれで壊滅的な被害になりましたね。

まともに動ける家族が誰もいなくなりました。先ずは父親が元気になって腰を痛める前みたいな状態に戻ればと願っております。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらちているのが、最近の私かもしれません。

不幸にも別れてしまった家族も、みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

今、政局がどう変わるか?の大切な時期ではありますが、期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら厳しい冬の中でも笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、感染症の流行の季節を迎えましたね。対策は予防措置はしっかりと行いましょう。

冬の様々な意味での安全確保や体調管理など年の瀬を健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

そして、今日で2024年が終わります。

明日からの2025年が皆さまにとりまして、幸多き年となりますことを心よりお祈り申し上げます。

本年もありがとうございました。

 

2024.12.31

【定例記録】2度目の移住から2024年11月20日で13年7ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2024年11月20日で13年7ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら健常者と同じに働くことの困難さを思い知らされる。人生の分岐点なのかもね。

 

まず、様々な土地で災害に被災された、被災されているすべての皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

復興が進んでいるところもあれば、なかなか思うように進まない土地もあることと思います。

自分自身も過去に台風災害で被災した経験がありますから、住む土地の復興と自身の暮らしの復興はまったく別物であることは経験して、身をもって理解しましたし、とても道のりは大変かと思います。

心身の傷は癒える日はないと思います。未だに自分も雨足の音が強いと当時のことがフラッシュバックして恐怖心が蘇り、安堵できる状態ではありません。

でも、一歩ずつ前に進まなければならないことも現実ですね。

希望を捨てず、元には戻れなくても、少しでも安心できる日が訪れますように。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、11月20日で13年7ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年7ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつ、ようやく少しずつね。

 

最近は少し気力的にも全体的にも少しずつバイトを探して、無理なく働けるようになりたい!という思いが強くなって、本気で探して、運良く帯広までの通勤はありますが、バイトを6月初旬よりまた始めました。

主治医からも無理しない程度でバイトしてみたら?というお言葉と私の気持ちが一致したし、働き始めた職場にも面接の時にきちんと事情もご説明した上で、採用してもらえたので、無理せずに公的な支援からも8月15日付けにて廃止になり、自立への階段をまた昇り始めております。

果たして、きちんと自立して暮らしながら生きていけるのか?という不安とそうならなきゃ!という希望というか願いを胸に持ちながらの日々もバイトを始め、上手くいかないことが多々あったりしましたが、少しずつ仕事も覚えていきましたが。

それでも超えられない壁は感じながらでありました。

時に自分の限界を超えてしまい、頭が真っ白になり、動けなくなったりしてしまい、このままで良いのか?と深く考えるようになりました。

自分より職場や同僚、お客様へのご迷惑を冷静に考えた時にとても悔しくて仕方ありませんでしたが、忙しい職場でもありましたから、体調を崩してもっと迷惑をかける前に自らの進退にケジメをつけて、自分の身の丈のバイトをしなければと感じまして。

上の方とも話し合い、11月3日勤務を最後にバイトを退職いたしました。

それから、直ぐに何かできるものはないかと毎日求人サイトでバイト探しの日々。

ただ、障がいによる労働の週あたりの日数や一日あたりの時間は、確かにネックになっていると思いますし、またこの土地は基本的には車社会なので、これ良いかな?と思っても、公共交通機関での通勤はかなり困難で仕事のスケジュールにも大きく影響してしまうものも多く。本日現在諸条件をクリアしてかつ、障がいのことへのご理解もいただける新たな職場には巡り会えてませんと言うのが現実。

もちろん、障がい者雇用の案件にも応募しましたが、ご縁がなかったみたいです。

暮らしていく為にはもちろんバイト探しはこれからも継続して行いますが、経済的に追い詰められて来ましたから、公的な福祉の支援も同時に決まらない時のために進める決断もしまして、町の担当にはお伝えしました。

希望を捨てずに、とリスク回避の両方の選択肢の中で動くしか今はありませんから。

何とか何かご縁があれば理想ですが、世の中そんなに甘い世界ではないことももちろん、理解しておりますので。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように冬を感じる季節の変わり目になりました。

今朝は積雪しており、今季初の除雪もしました。大した積雪ではありませんでしたが。

季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

ここは長い冬にとうとうなりました。

それとの闘いももちろんあります。

自分ももっと強くならねば、という気持ちもあります。

諦めはしないです。あと、決めつけもしないです。きっとこうだから自分には無理と固定観念のようになれば、当然できる可能性のあることも挑戦もしないで、逃げるのと同じですから。

 

心身の状態のその後のことをまず。

朝苦手なのに、朝、起きれる日が増えてきました。夜寝る時間は変わらないのにね。

起きている時間も家事をしたり、片付けをしたり、動いたり、時に休憩を挟みながら無理せずに。

久しぶりにパン焼きやお菓子作りをしたりも頻度は少なくなりましたがしてましたが、最近はその余裕もすっかり影を潜めております。とても悲しいことです。

好きなことをするのは楽しくですね、気分も楽しくなります。

 

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難な状況でしたが、少しずつ改善してきたかな?と思えます。まだ悔しいですが、完璧ではないですので、耐え忍びながら一歩一歩心身の健康の改善に努めること、新たなバイトを見つけて、その仕事と生活のバランスの両立と体調管理をしっかりすることが大切なことであります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらちているのが、最近の私かもしれません。

不幸にも別れてしまった家族も、みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

今、政局がどう変わるか?の大切な時期ではありますが、期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら厳しい冬の中でも笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、感染症の流行の季節を迎えます。対策は予防措置はしっかりと行いましょう。

冬の様々な意味での安全確保や体調管理など年の瀬を健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

 

2024.11.29

【定例記録】2度目の移住から2024年10月20日で13年6ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2024年10月20日で13年6ヶ月を迎えました。

~障害を抱えながら健常者の方と同じ仕事をすることでの様々なことの苦労は絶えず、限界を感じる今日この頃です。

 

まず、能登半島地震で被災された皆さま、残念ながら犠牲になられました皆さまへ心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。

日時は経過してきましたが、地域の復興への道筋は厳しさがあるかな?とも感じております。未だ避難所におられる方、仮設住宅はどうはっているか?などのことも気になりますが。生活の再建も大変かと存じます。

最近は情報も少なくなりつつあり、風化させるには早すぎる!と心配でなりません。

未だ苦しんでいる被災者の皆さまもたくさんいるかと思いますし、生活も不安定な状況のなかでされている方も多いかと思います。

北陸地方は中学生の時の修学旅行で訪問した土地で、素晴らしい土地でありますし、風光明媚で海の幸にも恵まれた土地でもあります。

影響を受けた地域も広く、かつ能登半島は半島ですので、救助活動や支援、復興には苦労する地理的な場所でもあると思います。

また、他の地域でも天災による被害に遭われた皆さまに対しても同じく心よりお見舞い申し上げます。一日も早く日常生活が戻ることを心よりお祈り申し上げます。

少しでも安全、安心して復興への希望が持てる日が来ますことを心よりお祈り申し上げます。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、10月20日で13年6ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年6ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつ、ようやく少しずつね。

 

最近は少し気力的にも全体的にも少しずつバイトを探して、無理なく働けるようになりたい!という思いが強くなって、本気で探して、運良く帯広までの通勤はありますが、バイトを6月初旬よりまた始めました。

主治医からも無理しない程度でバイトしてみたら?というお言葉と私の気持ちが一致したし、働き始めた職場にも面接の時にきちんと事情もご説明した上で、採用してもらえたので、無理せずに公的な支援からも8月15日付けにて廃止になり、自立への階段をまた昇り始めております。

果たして、きちんと自立して暮らしながら生きていけるのか?という不安とそうならなきゃ!という希望というか願いを胸に持ちながらの日々もバイトを始めてからもうすぐ5ヶ月になろうとしているところであります。

日々なかなか身につかない仕事と記憶能力がうつ病に起因する障がいは基本脳の障がいなので、健常者が当たり前にできることも苦戦するんだなぁ、と悔しい思いをしながらも努力し、奮闘する日々を送ってます。

しかしながら、それはとても厳しい道のりであることも改めて感じているし、自分にやれること、できることの限界と健常者の皆さんと同じレベルには到底できないことも強く感じております。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように秋から冬への移り変わりを感じる季節の変わり目になりました。

季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

気をつけながらやっと手にしたものをきちんと自分の役割として果たさないとね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

朝苦手なのに、朝、起きれる日が増えてきました。夜寝る時間は変わらないのにね。

起きている時間も家事をしたり、片付けをしたり、動いたり、時に休憩を挟みながら無理せずに。

久しぶりにパン焼きやお菓子作りをしたりも頻度は少なくなりましたがしてましたが、最近はその余裕もすっかり影を潜めております。とても悲しいことです。

好きなことをするのは楽しくですね、気分も楽しくなります。

最近は、お休みの日に少しずつではありますが、散らかっていた家の中を整理し、片付けたりして。少しはマシになったかな??

そして、バイトも始めたことで、シフト制なので勤務は多少のバラツキはありますが、新たな生活リズムを作りつつ、今はできることを精一杯しておりますね。

仕事も人と比較すれば障がいを抱えている分の、もちろんそのせいにしてはならないのではありますが、同じところでジタバタしつつ、少しずつできることの幅を広げていきながらという感じでしょうか。どこまでできるのか?にも疑問を持ってますし、冷静に見てできてない自分にも絶望しつつ、というのが素直な気持ちかもしれません。

 

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難な状況でしたが、少しずつ改善してきたかな?と思えます。まだ悔しいですが、完璧ではないですので、耐え忍びながら一歩一歩心身の健康の改善に努めること、バイトと生活のバランスの両立と体調管理をしっかりすることが大切なことであります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらちているのが、最近の私かもしれません。

不幸にも別れてしまった家族も、みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

今、政局がどう変わるか?の大切な時期ではありますが、期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら今の季節のお天気の良い日の陽気のように笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、冬に備えての準備や体調管理など年の瀬を健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

 

2024.10.31

【定例記録】2度目の移住から2024年9月20日で13年5ヶ月を迎えました。

【定例記録】2度目の移住から2024年9月20日で13年5ヶ月を迎えました。

~皆様にはご心配をおかけしましたが、6月よりバイトを再び始めました!しかし、障害を抱えながら健常者の方と同じ仕事をすることでの様々なことの苦労は絶えず?

 

まず、能登半島地震で被災された皆さま、残念ながら犠牲になられました皆さまへ心よりお見舞いとお悔やみを申し上げます。

日時は経過してきましたが、地域の復興への道筋は厳しさがあるかな?とも感じております。未だ避難所におられる方、仮設住宅はどうはっているか?などのことも気になりますが。生活の再建も大変かと存じます。

最近は情報も少なくなりつつあり、風化させるには早すぎる!と心配でなりません。

未だ苦しんでいる被災者の皆さまもたくさんいるかと思いますし、生活も不安定な状況のなかでされている方も多いかと思います。

北陸地方は中学生の時の修学旅行で訪問した土地で、素晴らしい土地でありますし、風光明媚で海の幸にも恵まれた土地でもあります。

影響を受けた地域も広く、かつ能登半島は半島ですので、救助活動や支援、復興には苦労する地理的な場所でもあると思います。

また、他の地域でも天災による被害に遭われた皆さまに対しても同じく心よりお見舞い申し上げます。一日も早く日常生活が戻ることを心よりお祈り申し上げます。

少しでも安全、安心して復興への希望が持てる日が来ますことを心よりお祈り申し上げます。

 

さて、早いもので、ほぼ月次のこのBlogのタイトルにここ十勝に出戻りしてからの月日を記載してますが、2011年4月20日からなので、9月20日で13年5ヶ月を迎えました。

そして、2017年8月31日の台風災害で被災し、今の家に住み始めてからも2017年4月(住民票の異動は4月17日)ですので7年5ヶ月経過しました。

思えば様々なことがありました。喜怒哀楽や暮らしがジェットコースターのように変化したり、精神障がいとの戦いも一進一退の攻防の中に今もありますが。

負けたくない、障がいは治らないものですので、その中で自分がこの社会の為にできることをしてきたのに、元の鞘に収まってしまって1年、悔し涙を流しながら、前に進まなきゃ、と努力しつつ、ようやく少しずつね。

 

最近は少し気力的にも全体的にも少しずつバイトを探して、無理なく働けるようになりたい!という思いが強くなって、本気で探して、運良く帯広までの通勤はありますが、バイトを6月初旬よりまた始めました。

主治医からも無理しない程度でバイトしてみたら?というお言葉と私の気持ちが一致したし、働き始めた職場にも面接の時にきちんと事情もご説明した上で、採用してもらえたので、無理せずに公的な支援からも8月15日付けにて廃止になり、自立への階段をまた昇り始めております。

果たして、きちんと自立して暮らしながら生きていけるのか?という不安とそうならなきゃ!という希望というか願いを胸に持ちながらの日々もバイトを始めてからもうすぐ4ヶ月になろうとしているところであります。

日々なかなか身につかない仕事と記憶能力がうつ病に起因する障がいは基本脳の障がいなので、健常者が当たり前にできることも苦戦するんだなぁ、と悔しい思いをしながらも努力し、奮闘する日々を送ってます。

 

いつもありがとうございます。

十勝も気が付けば、例年のように秋を感じる季節の変わり目になりました。

季節の変わり目や不安定の時は心身が不調になる危険性がありますから、要注意ですね。

気をつけながらやっと手にしたものをきちんと自分の役割として果たさないとね。

 

心身の状態のその後のことをまず。

朝苦手なのに、朝、起きれる日が増えてきました。夜寝る時間は変わらないのにね。

起きている時間も家事をしたり、片付けをしたり、動いたり、時に休憩を挟みながら無理せずに。

久しぶりにパン焼きやお菓子作りをしたりも頻度は少なくなりましたが、たまにしております。

やはり、好きなことをするのは楽しくですね、気分も楽しくなります。

最近は、お休みの日に少しずつではありますが、散らかっていた家の中を整理し、片付けたりして。少しはマシになったかな??

そして、バイトも始めたことで、シフト制なので勤務は多少のバラツキはありますが、新たな生活リズムを作りつつ、今はできることを精一杯しておりますね。

仕事も人と比較すれば障がいを抱えている分の、もちろんそのせいにしてはならないのではありますが、同じところでジタバタしつつ、少しずつできることの幅を広げていきながらという感じでしょうか。

 

この療養のきっかけは突然でしたが、冬には少しでも働ける心身に改善させたいと思いながらの日々でありましたが、願いは叶わず、今も心身の体調の波が結構大きくて、とても困難な状況でしたが、少しずつ改善してきたかな?と思えます。まだ悔しいですが、完璧ではないですので、耐え忍びながら一歩一歩心身の健康の改善に努めること、バイトと生活のバランスの両立と体調管理をしっかりすることが大切なことであります。

 

自分の為に、と言うよりも自分を気遣ってくださる皆さまの為に。無理をしたら繰り返す。もちろん、2023年5月のこうなったのは無理をしたから、ということではないのですが、運悪く突然襲われたものでしたから。

日々生活と働く為の状態の為に努力は必死にしておりました。

しかし、精神障がいを抱えた私にはコントロールを必死にしてもその通りに心身が付いてこない局面が幾多もあったことも事実であります。

そのトドメと言わんがばかりに2023年5月の精神科の通院翌日に突然歯車は狂うというより、崩壊してしまいました。前日まで何の兆候もなく、翌日に備えてきちんと対応もしてたのにね。

人間ってホントわからんものです。

それを引きずっていたらいつまでも前には進めません。こんな私を気持ちで支えてくれるたくさんの方がおります。気にかけてくれる方もたくさんおります。

プレッシャーにせずに、チカラに変えていかねばなりません。それが今の私の責務。

負ける訳にはいかない闘い。

新たな挑戦と希望を持って生きていくこと、自分を大切にしながら世の中に寄与するように努力すること、今歩んでいる私の目標かな?

 

ここからは毎度の内容ではありますが。

うちは複雑な家庭環境にあります。一般的な家庭、家族関係とは幼い頃よりかなり異なる中で生きてきました。身体障害者の家族、大病を患い死の淵を体験した家族がおり、それでも日々必死に生きて努力している尊敬すべき家族です。

でも、それがこの結果ではありません。己に全ての責任があるのです。

親兄弟、別れた家族みんな誰も悪くはありません。一人一人日々を懸命に助け合いながら生きてます。その姿を目で見ている訳ではありませんが、必死に生きて暮らしていることがその証ですよね。

私にも努力を積み上げればできるはず。障害を負う前はそうやって生きてきてましたしね。

ただ違うのは、反復性うつ病性障害という精神障がいと向き合いながらバランスを上手く取れるように生きなければならないということだけ。

改めて、自分と向き合い、障がいとも向き合いながら、日々模索して、考えて行動する。どうしたら良い方向に線路を敷くことができるかをね。引き続き挑戦をひたすらちているのが、最近の私かもしれません。

不幸にも別れてしまった家族も、みな努力家で子供達は大学生として、学業やバイトに励んでます。母親や祖父母の背中を見て頑張っているんだと思いますね。遠くから応援をいつもしてます。

長くなりましたね。

 

コロナも5類移行により、あたかも闇に葬られた形ですし、感染者の公表の仕方も変わり、それにより世の中の状況が有耶無耶なのも事実です。

確かに私達の暮らしにプラスなこととマイナスなことの両方をこの国は強いていることもこれまた事実。世界の流れに合わせてるとはいえね。

まだ、安心、安全な世の中には戻れてないし、更に生活を次々と圧迫する経済状況。裕福な方以外はすべての国民が今の暮らしが苦しくなっていくのみ。

国のやることすら信用できないし、現実も理解してない。特に物価に関してはコロナ前のレベルに戻さないと暮らせなくなる、商売をされている方も成り立たなくなる、そんな社会に間違いなく進みます。政治の決定者達はお金に困らない層だから、我々末端の国民の暮らしの現実見えてないですよね?

政治の世界の世間離れした暗黙のルールや国民生活の現実の把握がきちんとできていないなど、政治不信に繋がる最大の要因で、このようなことが起きない金をかけない政治システムへの転換をすることを国民は望んでます!そこをしっかりと理解して変革してほしいと願いますが、過去の歴史を見ても上辺の変革で抜け道やバックドアのあるものでは困りますね。政治家の驕りなんだと思います。

秋に政局が変わろうとしておりますが、期待より不安しかありませんが。

そして、国民の暮らしをしっかりと数字では見えない現実を目で見て、私たちが政治を信用して安心して暮らせる国にしないといけないとは思いますがね。

気付いても変える気も無いように見えてしまいますが、危機的状況と認識してもらいたいものです。

末恐ろしい世の中になること、どうかそれだけは回避されてほしいと切に願っております。

世の中が穏やかに、一人一人が笑顔で生きていける世の中になりますように。

 

お身体に気をつけながら今の季節のお天気の良い日の陽気のように笑顔でいられますようにお過ごしください。

また、冬に向かっていきますので、備えや体調管理など年の瀬を健康に過ごせますようにご自愛くださいませ。

 

2024.09.28