晴天で気持ちいい休日なのに

思うことはあまり明るくない

一年前の今頃に

父の状態を記録して妹と共有してた

それを見返してたの

明るいテーマではないけど

でも自分のブログだからいいよね

好き勝手に今朝の気持ちを記すよ



父が亡くなった時は

葬儀が終わるまで夢中だった

最期までゆっくり眠ることができなかった

そんな父をゆっくり落ちつかせたかった

白木の箱に父がおさまった時に

ようやく父を休ませることができた、

そんな気持ちだった

葬儀の間、供養というよりは

父を休ませたい、そんな気持ちだった


父を供養、そう思えるようになったのは

遺骨を自宅に連れ帰ってからのこと

それから約10ヶ月

今が本当に供養できてると感じられる


今、少しだけ思ってることが

遺骨が自宅になくても

きっと供養する気持ちに

変わりはないってこと

母の口から遺骨に関する話が

出ない限りは私から何か言うことは

決してない

遺骨が自宅にあることが意味をもつ

そんな感情もあるもんね


葬儀から自宅にある木の位牌

住職さんはお寺でおたきしてくれると

言ってたけどまだ自宅にある

母は自分が亡くなったら

父の位牌と共に逝くって話してた

先日機会があり母が納骨堂を見てきた

個々の納骨堂のほとんどに

木の位牌があったらしい

位牌は納骨堂、自宅には掛け軸

そんなやり方をして供養してる人も

いるんだね

供養の仕方は人それぞれ

母の考えや気持ちが変わっても

うちは母のやり方で供養していく


何か文字にしたらスッキリした✨