今日は、トラウマが思い出された日だった。思い出したきっかけは、トラウマとは関係ない小さなことだ。
私の適応障害はトラウマを体で覚えてしまっていることに気づいた。
私が幼い頃、家で穏やかに過ごしていると、突然怒鳴り声が。祖父と母の喧嘩だ。それだけならいいのだが手が出る。昭和時代なら当たり前っていうかもしれないが、私にはそれだけで十分怖かった。たまに度が過ぎて一線を超えてたときもあった。父は夜勤で弟も怯えていた。そう私しか止める人がいない。今ここで私が止めなければ家族が離れ離れになる。そう思った。私は、本来臆病者で傷つきやすい性格だ。そんな私が、勇気を振り絞って祖父と母の間に入って泣きながら止めに行った。幸い私には一切手はださなかった。ただそれが非劇の始まりだった。
それからというものの、私が中学生か高校生になるぐらいまでほぼ毎日それが続いた。度が過ぎれば私が止めてくれる。そう思ったのだろう。あとから聞いた話だが、母が馬鹿にされていたからみんなに認めさせるために必死に祖父が指導してたみたいだが。母も私もそんなことは一ミリも分からずただただ怖かった記憶しかないのをとても良く覚えている。
最初は泣きながら止めていた私だが、母も泣いていて余裕がなかったので、なんで泣くのと言われてしまった。それからは、怒りに変わった。ただ傷つきやすかったので、喧嘩が収まったあとに静かに一人で泣いていた。
決まって父がいないときにそれは起こるので、父に相談しても事の重大さに気づいてくれなくて母に怒ることしかしてくれなかった。友達には言えない。いじめられたこともあるから、言ったらいじめられそうで言えなかった。でも先生なら助けてくれるかも、そう信じて相談してみた。母と祖父が喧嘩してますと。それ以上いったら家族が離れ離れになってしまうかもと思うとそれ以上は言えなかった。
今日は辛くなってしまったのでここまでにする。また話したくなったら同じことを書いてしまうかもしれないが書く。
そんなことを思いながら今日も生きている。