人は「信じたいもの」しか信じない。


例えば、ある食品について。
医師や専門家が「科学的に問題はない」と説明している。データもある。研究もある。
でも、それよりも――
経歴のよく分からないインフルエンサーが
「それは体に悪い」「危険だ」と言った言葉のほうが拡散され、信じられていく。

情報は“事実”より“感情”で選ばれる
人は理屈で動いているようで、実は感情で動いている。
・不安をあおる言葉
・怒りを刺激する言葉
・「あなたは騙されている」と訴える言葉
こういうものは強い。
「安全です」という説明よりも
「危険かもしれない」のほうが、心に引っかかる。
人間は本能的に“危険”に敏感だからだ。

「正しい」より「心地いい」


もう一つある。
それは、自分の考えと一致する情報は気持ちいい、ということ。
もともと
「添加物ってなんとなく怖いよね」と思っている人にとっては、
「やっぱり危険なんだ!」という情報はスッと入る。
逆に、
「科学的には問題ないですよ」と言われると、
なぜかモヤっとする。
それは、自分の中のストーリーと合わないから。
人は“事実”よりも“自分の物語”を守る。
じゃあ、どうすればいいのか
大事なのは、「自分もそうかもしれない」と思うことだと思う。
他人を責める前に、
・自分はどんな情報を気持ちよく感じるのか
・どんな言葉にイラっとするのか
・なぜそれを信じたいのか
少し立ち止まって考えてみる。
そうすると、世界の見え方が少し変わる。
信じたいものを信じるのは悪いこと?
実は、それ自体は悪いことじゃない。
人は不安な生き物だ。
だから安心したい。
だから自分が納得できる物語を選ぶ。
ただ、それが誰かを攻撃する方向に向かったとき、少し危うくなる。
「自分は絶対に正しい」と思った瞬間、対話は終わる。
でも、
「自分も偏っているかもしれない」