前回のブログで、「成長するためには自分を越える必要がある」

という内容を書いたが、その続きで気づいたことがあったので書きたいと思う。


これも、仕事の現場で学生さんを見ていて思ったのだが、

「ある程度ちからがつくまでは、自分を越えるための環境が必要」

だということ。


というのは、「自分を越える」というのは自分の限界を超えることであって、

自分の想像できる範囲外の部分である。

だから、経験値があっても難しいが、そうでないうちは特に、

自分の創造できない部分に向かっていくのは難しく、

「今頑張っている状況」に満足してしまうことが多いと思う。


しかし、「今頑張っている」と感じる範囲を超えなければいけない。


そのためには、「それはできない!」と感じる仕事や課題を上司や先輩などに

無理矢理やらされる必要がある。


そうして、逃げられない状況に追い込まれて、プレッシャーとどうしてよいかわからない混乱状況のなかで、

なんとかゴールまでたどり着く経験を重ねる中で、成長することができる。


当たり前だけれど本当にそうだと実感した。


だから、本人が頑張ることや課題に向かうマインドを持つことも重要だが、

導く上司や指導者も重要だ。

上司や指導者自身が自分の出来る範囲のことしかやってこない場合は、

適切な課題を与えることができない。


それに、上司自身が成長に向かっていないのに、部下にだけ成長を求めるようでは、

部下がついてこない。(私は絶対ついていかない)


昨今リーダー育成が必要だと言われるが、

まずはリーダー自身が成長に向かって課題に挑戦し、悩み苦しみ、なんとかゴールにたどり着く

経験をすること。

そして、そこで得た充実感や成長した経験を下に伝えていくこと、成長できる環境作りをすること、

それが必要だと思う。


そのためには、やはり「体験」以外にないと思う。

どんなに理論を学んで頭で理解していても、人は経験していないこと、実感していないものを

カタチにすることはできないと思う。


私は、幸い自分に難題を課してくれた(課してくれる)先輩がいる。

そして、それを乗り越える経験をすることができたしこれからも壁にぶつかっていきたい。

そうした経験や気づいたことを活かしながら仕事で合う方々とこれからも成長していきたいと思う。




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9月から大学の授業でビジネス体験プログラムのお手伝いをさせていただいています。


そこで気づいたこと。


人は自分を越えないと成長しない、ということ。


どうしても、周りや過去の状況など自分が「今わかる」範囲でをゴールにしてしまう。

例えば「去年こうだったから今年も同じでよい」など。

もちろん、契約上の「業務」は同じかもしれない。

でも、細かい部分で去年や過去を越えないと、満足や感動は生まれない。


もちろん時と場合にもよりますが。


私も、できないことをやることには不安もあって、上司(今のボスです…)により高いことを求められて、「どうしてそこまでやらないといけないのか??」と思ったときもあった。


でも、今思えば、それでも無理矢理でもやってきてよかった。ということ。


筋トレもそうかもしれないが、できないことをやっていかないと、それ以上成長しない。


そして、やっているときは、苦しい、とても苦しい。「これが成長につながるから…」

などときれいごとは言っていられない。


でも、その仕事が終わったとき、できないことが出来たとき、気づくことがあったとき、とても感動するし、自信につながる。

「本当に頑張って良かった」

と心から思える。そして、次につながる。


私も、彼らにそういうことを伝えたいし、自分自身も限界を決めないメンバーとこれからも面白いことにチャレンジしていきたいと思う。


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前回、読売オンラインの記事で、収入と幸せ感の相関関係についての調査結果が掲載されていて、どうもしっくりこない、ということを書きました。


その後、もう一度考えてみたら、何が一番しっくり来ないのかわかりました。


それは、「感情的幸福」の項目の例として「昨日笑ったか」が挙げられていたこと。


他の項目がわからないのだが、本質的な幸福ではなくて、表面的な幸福を指しているのではないか、と感じた。

「つらい」とか「大変な状況」であることとイコール「幸福でない」とはならない。

むしろ、「大変な状況」だからこそ、成長できたり、気づくことがあり、その過程を得て人としての成長があり、後から考えて、あのとき頑張ったことがよかった、と思う。

「大変な状況」とは幸せにつながる道であることも多いし、そういう道を歩いていることが幸福ともいえるのではないか?


遊びの「楽しい」と苦しいけれども充実した「楽しい」が違うように、「幸福」も一過性の「幸福感」とより本質的な「幸福な生き方」には違いがあるように思う。


この記事からはどうも表面的な状況を指しているように感じてしまう。


これからは、こういうことの軸を一人一人が自分の中に持つことがより大切になってくると思う。

表面的な情報やメディアに踊らされることなく、自分の軸をしっかり確認して、地に足をつけて、頑張っていこうと思う。



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