えっちゃんの避難小屋 -76ページ目

村山古道 後編

 村山古道 前編より



 信じられない思いの中、覚悟を決め、身がまえたまま音の方向に目をやると



 間違いなく 大きく動く影が… 熊か…



 とっさに出た言葉は 「どうも…」

 言葉の通じる相手か確かめようと必死だった…








 静寂の中、ハッキリ聞こえた



  「こんばんは、」の声



 なべちゃんの緊張が解けたのは、言うまでもないが

 蓋のようなものが開いた中から人らしき影が浮かぶ

 すぐに疑問が湧いてきた、なんでこんな場所に…


 
  「暗くなったのでここで夜を明かそうと思い」

 

 若そうな男性の声だが すぐに遭難者だと判断出来た



  「こっちに来て一緒にテントに入りなさい」



 すると



  「えっ、いいんですか?」



 この時点で、山の知識が無い一般人だと判断できた



 どう考えても氷点下になる富士登山道

 今年も多くの方が遭難し亡くなる事故が相次いだ

 しっかりとした装備をしなくては、夏でも大事に至る山だ

 

 「山頂を目指し登ったが予想以上に体力が無かった」とのこと



 信じがたいことだが

 聞くと7合目まで CT80分 の道を 300分 かかった計算になる

 確認だが、山頂に登頂しておらず 5合目から 7合目の所要時間だ 



 もっと驚いたのは、男性の服装だった

 スエットとダウンのジャンパーだ

 足元は、なんと クロックスのサンダルだ

 完全に山をナメてる、と言いたいが 山を知らないと言うほかない



 翌朝に撮影したが人が1人入るのが精一杯の貯水タンク

 なべちゃんの避難小屋-012

 この中で一夜を過ごそうとしていたのだ…

 もし、この中で過ごしていたなら…



 2012年 夏 山開きの準備に訪れた山小屋の従業員によって発見される

 このステンレスの貯水槽が棺桶代わりに… これは、冗談にならない



  「寒かったけど眠れそうでした」 と



 風邪気味だと思い込み低体温症に片足を突っ込んでいる遭難者

 雨具だけでも持っていれば低体温症を防げる可能性があるのに

 雨具、ライト、手袋、帽子、何ひとつ登山らしい物は ない

 京都府は、舞鶴市から1人で来ていた 25歳の 進藤君


 非常用の温かいカイロと豚汁を与え

 テント内をバーナーで暖めて食料も水も持たない彼に

 温かい食事を食べさせ出来る限りの暖をとらせた
 
 なべちゃんの避難小屋-024
 
 さすがに、ひとつしかない寝袋を与えることは出来ないが

 寒いと思い たまたま持参していた2枚のダウン

 1枚を渡し、2時間に1度、クリアボトルに沸かしたお湯を持たせ

 その都度、残った熱いお湯を飲ませ陽が昇るのを待った





 2011.10.28

 深夜0時頃か彼が起きて言った

 

 「気持ち悪いので外で吐いて来て良いですか?」



 ダメと言う人はいないと思うが

 次の瞬間、真っ暗のテントの中に木霊する



  「ぅぉげえぇぇぇえ ぼとぼとぼとぼと…」



 なべちゃん的に笑うしかないが、完全に高山病になっている彼

 デビューして間も無いザック等が犠牲に…

 うがいして来るようにと外に出しテント内の掃除… 外の気温は -4℃ -1℃



 朝には、放射冷却でもっと気温が下がるだろう

 なべちゃんに会わなければどうなっていたのか

 

 明日、単独なら行けると確信しているなべちゃんだが

 天候が良いからと言って遭難者を置いて山頂を目指す訳には、いかない

 明日の山頂は、断念しなくてはならないと、この時思った



 多すぎた水を捨てることなく担ぎ上げたこと

 アルファー米を全て持ってきていたこと

 なにより、予定を繰り上げて新7合目まで登ったこと

 全てが吉と出た



 地平線が明るくなってきた 時刻は5時過ぎだ

 なべちゃんの避難小屋-010

 テントを出て新7合目からのご来光

 本来ならば山頂付近で見る予定だったが

 それでも命の尊さを感じさせる綺麗な御来光だ

 $なべちゃんの避難小屋-026



  「装備を整え、勉強したうえで 来年、改めて富士登山に挑戦したい」 と



 彼がご来光を見て 言ってみせた 


 複雑な思いだがシーズン中に来るようにしか言えなかった


 暖かくなる7時以降に下山することを決め

 のんびり日向ぼっこするなべちゃん

 陽が昇りだすと登山者の姿が下の方から 一人、二人、と


 昨日、村山古道で出会って、岩石みたいな熊の糞あったの解ったか?

 と笑顔で話してくれた 地元藤枝市の 遠藤さんだ

 村山古道から富士山頂に40回以上登っているベテランだ

 なべちゃんの避難小屋-013

 外秩父七峰縦走のためトレーニングをしているとのこと

 この日もガシガシと登ってくる姿が年齢を感じさせないほどたくましい
 
 登頂の断念を伝えると帰りに送ってやるから下で待ってなと車を教えてくれた



 つづいて登って来たのは、富士登山ではベテランの實川(じつかわ)さんだ

 当然、遭難した彼を厳しく叱ってくれたのは、言うまでもない


 
 そして、こちらの方

 この日が70歳の誕生日の柳澤さん
   
 なべちゃんの避難小屋-014

 晴天のバースデー富士登山 山頂に無事着いたでしょうか?
 
 最高の日、最高の天気でしたね

 古希を迎えた富士登山 おめでとうございます




 続いて 雲海荘の渡辺さん、佐々木さん、都倉さんと

 続々とベテラン勢が登って来た




 驚いたことに、昨日 下山中の佐々木さんが



  「危ないからやめた方が良い」 と彼に注意していたのだ



 これを聞いた時は、怒りが込み上げてきて

 豆腐の角に頭をぶつけて欲しいと思った


 登山者の声に聞く耳を持っていなかった彼が

 遭難したのは、当然のことと納得ができる



 ストックと手袋を持たせ下山開始

 無事下山し、気をつけて帰るように伝え別れた

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 すみませんでした、ありがとうございました、と幾度と彼から聞いたが

 悪びれた様子もなく元気よく登山者に「気を付けて」と…

 飄々(ひょうひょう)とした感じが最近の子と言う印象を強く与えた



 彼の言っているように

 装備と基礎体力を整えシーズンに大切な人と富士登山に来たなら

 なべちゃんの思いを理解して戴けたと思うことにしようかな…

 


 何より、ひとつの命が助かったこと




 本当に良かった