▲太平洋戦争の初期、空の王者として各戦線に君臨した零戦二一型。しかし非力な発動機しか存在しない状況での未曾有の高性能を追求した開発の結果、軽量化を最優先するしか無く、それが主翼をはじめとする各部の強度不足を露呈させました。アクタン島で鹵獲されてしまった以降、零戦の魔力は丸裸にされ、連合軍は零戦との空戦に於ける戦技の研究を打ち出し、零戦の優位性は次第に失われて行きました。


零戦の欠点の一つとして、『高速度域になると、操縦桿が重くなる』…と言うのが有りますが、本記事では、その事に関して考えてみたいと思います。(≧∇≦)/


当初は、一回でまとめてしまおうか…と考えていたのですが、やたら長くなってしまいそうな予感が有りましたので、『補助翼編』と『昇降舵編』との二回に別けてお送りする事と致しました。

m(_ _)m


そんな訳で、一回目は…

『零戦の補助翼編』となります。

ヽ(=´▽`=)ノ



◆横転時の操縦桿の重さ◆

さて…度々記していますが、旋回性能が良いとされる零戦二一型の横転性能は決して良くはなく、寧ろ『悪い』部類に入りました。

因みに、同じ主翼長である二二型も基本的には同様です。


えぇ〜? ちょっと待ってくれよ! 零戦二一型は旋回性能が良いのだから、おかしいじゃんかっ!!

ヽ(`Д´)ノプンプン


そ…それはですね…(^_^;) 二一型の旋回性能が良いのは、飽く迄も旋回に入ってからの『旋回半径』の事で、その辺の話しではないんですね。

そんな事は知っとるわいっ!!…な場合は、すんません。m(_ _)m

まず、航空機が旋回する場合は機体を傾ける訳ですが、空戦の様な急旋回を行なう場合、更に操縦桿を引く操作が必要となります。

まぁ、取り敢えずそれは置いておいて…急旋回は、機体を傾ける角度…バンク角は急角度になる訳で、その急角度のバンクに至る迄の『動き(バンクスピード)、(横転性能)』が、二一型の場合は遅かったり良くなかったりするんですね。

で、まぁ零戦が得意とする速度域…と言うか、格闘戦をするに適した速度域の200ノット以下ならば、旋回半径の小ささでカバーする事も出来るのですが、これが200ノットを大きく超えると、そうは行きません。

200ノットを超えて旋回を行おうとすると、操縦桿が重くなって思う様にバンク…横転してくれなくなり、更に速度が高くなると、もはやユックリとしか横転してくれなくなります。

又、厄介な事に、搭乗員が意図した動きとは逆の動きをしてしまう事態も発生したりします。

これは、零戦を語る上で頻繁に指摘されている事ですね。

まぁ、その事に関しては大体は…

『零戦は、高速度域では、操縦桿が重くなる欠点を持っていた』…と、解説されて終わりで、要するに……


零戦はね、高速度になると、舵が重くなるんだよ!


ふ〜ん。そーなんだぁ〜( ゚д゚ )


…みたいな感じですね。(^_^;)

それはともかく、なぜそんな欠点が浮き彫りになったのか…について記してみましょう。



◆羽布張りが原因?◆

零戦各型の動翼は、総て羽布張りでした。


そもそも羽布張りって何だよっ⁉


羽布張り…羽布は『はふ』と読みますが、それは、骨組みはジェラルミン等の金属製なのですが、外被は布を張ったものです。

ここで良く勘違いされる事が 何だよダセェな。布張りかよっ! と言う所です。

違うのですよー、この時代の羽布張りは、前大戦時の様な単なる布張りではなく、動翼…例えば補助翼の金属製の骨組みに麻や綿をベースとした頑丈な布を張り、そこにドープと言う樹脂の一種を塗ってカチカチに乾燥させて滑らかに仕上げた物となります。

仕上がった感じはFRPっぽく、必要に応じて塗装を施します。

強度的にはかなりの剛性となりますが、さすがに金属製には及びません。

しかしながら、零戦として最優先するのは軽量であると言う事なので、羽布張りの動翼を採用する事に迷う余地はありませんでした。

ここで余談ですが、金属製外被の補助翼の場合、高速度域での効きは良くなりますが、低速度域では補助翼の重量が有る為に操舵力は重くなり、フィーリングは良くないそうです。

そりゃそうですね。重い物を動かす訳ですから。

金属製外被の補助翼は、高速度域向きな訳ですね。

よく零戦を金属製外被の補助翼とすれば総て解決で云々…との事も見掛けますが、零戦が高速度域で操縦桿が重くなってしまう解決策は、そんな単純なものではないんですね。

何よりも、零戦は高速戦闘を主眼にして開発された訳ではなく、飽く迄も抜群の格闘性能を以て敵を圧倒する事を主眼に置いていた事は、今更言う迄もありません。


さて…零戦が200ノットを優に超える高速度域でバンク…横転させようとすると、操縦桿が重くて大変な訳ですが、その原因を『羽布張りの補助翼が原因』と結論付けている記事を見掛けたりします。

それは『当たらずとも遠からず』なのですが、羽布張りの補助翼その物だけが原因ではないんですね。(^_^;)

確かに羽布張りの補助翼は、高速度域で旋回する為に動かすともの凄い風圧を受け、さすがに変形します。

その場合、補助翼のヒンジ付近から中央に掛けて凹む様な変形となり、後端部分はフリーなので逆にせり上がる変形となります。

そうなりますと、例えば左旋回の場合、左翼の補助翼は上がり、右翼の補助翼は下がっており、上記の変形が起こった場合、少なからず本来とは逆の作用が掛かってしまう訳です。

つまり、上がった方の補助翼に、変形に依って下げようとする力が働き、逆側の補助翼は、下げたいのに上がろうとする力が掛かってしまうんですね。

結果、その逆側へ働く力で操縦桿が重くなってしまう訳ですが、これは何も零戦だけに限った話しではありませんので、つまり、それが『零戦は、高速度域では操縦桿が重くなる現象』の決定的な大きな原因と言う訳ではなかったんですね。(´;ω;`)ウッ…



▲零戦の高速化への改良型として生み出された零戦三二型。高速化を狙ってバッサリと角型に切り落とされた様な翼端形状が特徴。思いの外に最高速度が向上しなかったのは、三二型が採用した栄二一型発動機が登場したばかりで、まだ安定した性能を発揮出来なかった事と、整備員が栄二一型の整備をものにしていなかった為とも言われています。二一型で問題となっていた『逆操舵現象』は、翼端カットに依る補助翼短縮の副産物で多少なりとも改善されていました。惜しむらくは短命で有った事でしょうか。(ノД`)シクシク



◆致命的な欠点、逆操舵現象◆

高速度域での零戦…特に二一型は搭乗員の操作の意図に反した動きを起こしてしまう悪癖が有りました。

これは、『逆操舵現象』として知られています。

で…


零戦の操縦桿が高速度域で重くなる最も原因は、『逆操舵現象』が起きていたからなんだよ!


ふーん。そーなんだぁ〜( ゚д゚ )


…で済ませてしまいたい所ですが、ここまで来てそうは行きませんね。(^_^;)


で、その『逆操舵現象』の発生は、補助翼の剛性と、縦に短く横に長い形状だけが原因ではなく、最もな原因は主翼の剛性不足だったと言う所です。

つまり、旋回時に主翼の捻じれが発生してしまうんですね。

その結果、高速度域で補助翼が機体をバンクさせる力を発生させると、これが主翼を捻る力の方に大きく使われてしまい、捻じれた翼端は補助翼の働きと逆の力を発生させてしまいます。

場合に依っては、ジェット戦闘機のF-4ファントムⅡの悪癖と同様のアドバースド・ヨーを発生させたり、逆方向に横転しようとしたりします。

それが『逆操舵現象』であり、操縦桿を重くしてしまう最もな原因であるのですが、仮に怪力で操縦桿を動かして強引に横転させようとしても、却ってその大きなモーメントが機体を横転させるよりも更に主翼を捻って補助翼の働きを打ち消してしまう方に作用してしまい、結果的に『補助翼が効かない』=『操縦桿が重い』となってしまうんですね。



▲ガダルカナル島での航空戦に対応する為に、急遽開発された零戦二二型。『最もバランスが取れた零戦』と謎の高評価がされていますが、その『バランス』とは如何に? 『航続力と速度性能』のバランス? 『運動性能と航続力と速度性能』のバランス? 確かに三二型よりも航続力は有りますが、速度性能も特段良い訳でもなく、横転性能も悪く、急降下も弱い。外翼燃料タンクに燃料を入れると更に横転性能が悪化。既出記事でも記しましたが、前線の搭乗員の評価も芳しくありませんでした。『二一型と大して代わり映えしない』との前線での搭乗員の印象が、本機の奇譚の無い評価だと思う次第です。


さてさて…次型…翼端をバッサリと切って主翼長を11mに短縮した三二型では、補助翼の長さも短縮されているので、『逆操舵現象』はかなり改善されていましたが、その次の二二型では再び主翼が12mと二一型と同様になり、又、急増機故に主翼の設計は二一型を参考にしていたと言われていますので、当然、大して強度を上げられていない主翼では『逆操舵現象』が再び浮上する事になります。

当然ですが、高速度域での横転操作時、操縦桿は重い訳です。

その対策として、廃止された補助翼バランスタブが二二型では復活しました。

二一型の空中分解事故…所謂『下川事件』では、このバランスタブが原因と言われ、二一型では廃止の方向となりましたが、後に空中分解の原因はバランスタブではなく、主翼の強度不足と補助翼の複合フラッターが原因と判明した事で、主翼長が12mに戻った二二型では復活となった背景が有ります。

因みに『バランスタブ』とは、動翼の後端に取り付けられた小さな動翼で、例えば補助翼のバランスタブの場合は、補助翼の動きとは逆に動き、動翼を押し上げたり押し下げたりして動翼の操作力を軽減する働きをするものです。

このバランスタブは、二二型で復活はしましたが、その場凌ぎの対策に過ぎず『逆操舵現象』の有効な対策とはなっていませんでした。

何故だっ⁉

剛性の足らない主翼の補助翼のバランスタブは、高速度域になると悪さをします。

本来は操作力を軽減する為のモノであり、その助けで高速度域の補助翼の操作力は軽減されると思えますが、高速度域では、このバランスタブが効き過ぎてしまい、効果を主張し過ぎてバランスタブのヒンジ方向へ対しての回転モーメントを発生させてしまいます。

そうなると、上がっている補助翼は押し下げようと、下がっている補助翼を押し上げようとしてしまうのです。

つまり、操縦桿が重くなっちまうんですね。

又、そのバランスタブが備わっている補助翼は、強度が足らない主翼にヒンジを介して取り付けられていますから、高速度域での補助翼には、もはやまともな機能は期待出来ない訳です。

余計に駄目じゃないかっ!!

零戦のバランスタブは、作動の自由度が限られた二段階の可動式だったのも原因で、高速度域では効き過ぎてしまうのです。

これがスプリングタブであったならば、また違った結果になったであろうと思われます。


付け加えておきますが、補助翼の作動には、零戦で採用されていた『剛性低下索』は使われていません。

『剛性低下索』は、昇降舵のみの採用となっていたので、高速度域での横転時に操縦桿が重くなる現象には、何ら関係が無いんですね。

その辺りの勘違いの検証も目立ちますので、注意が必要な所です。

因みに『剛性低下索』は、三菱としては零戦が初の採用ではなく、近年になって九六式艦上戦闘機から採用されていた事が判明しています。


又、『フラッター』とは、ザックリと言いますと、風になびく旗と同様です。

風が強いと旗は激しくバタバタとなりますね。

あれが空戦分解を引き起こすフラッターな訳です。

特に補助翼に発生するフラッターは危険で、それを抑制する為に、補助翼にオモリを付けたりして対策します。

これが『マスバランス』で、まぁ、オートバイのハンドルのグリップエンドに有る、転倒時のスライダーを兼ねた、ハンドルへ伝わる振動を消すオモリと同様の狙いです。

『タブ』の仲間には、上記のマスバランスやバランスタブ(タブバランス)や、トリムタブ等…種類が有りますので、ちょっと面倒な所です。

なので、たまに『零戦三二型には、バランスタブが付いているっ!!』と豪語している人もいますが、あれはマスバランスってヤツですよ、アニキ。

( ゚д゚ )白目



この辺りに関しては、次回の『昇降舵編』にて復習となる部分となりますが、念の為にお送りしようかと思います。m(_ _)m


そんな訳で、次回の『昇降舵編』へと続きます。

(^^)/~~~



▲零戦の後期型の代表である五二型。三二型と同様に主翼を片側50cmずつ短縮し、11mの主翼長としています。三二型と異なるのは、翼端が円弧形に成形されている事です。三二型では、フラップと補助翼の間に固定部分が有りましたが、五二型ではその固定部分は無く、フラップと補助翼が隙間無く並んでいる配置となっており、その補助翼も翼端近くまで延長されています。五二型は、『甲』となって主翼の外板が0.3mm厚くされていますが、これは 20粍機銃の給弾方式がドラム式弾倉からベルト式給弾へ変更された為に、主翼上面に給弾用の大きなアクセスパネルを設けた故に主翼の剛性低下が懸念され、その対策として主翼外板が厚くされた事が主目的でもありました。その効果も有って、急降下制限速度が740km/hまで向上しました。
主翼剛性が向上した事と主翼長が11mと短縮された事で、『逆操舵現象』は更に改善され、横転の応答性も向上しましたが、やはり、抜本的な解決とはなっていませんでした。
又、ベルト式給弾は、それ迄のドラム式弾倉と異なって大きなアクセスパネルを外したり、給弾不良にならない様に給弾ベルトを丁寧に収める必要が有るなど給弾に手間と時間が掛かり、整備員からはめんどくせぇーと不評でした。
ドラム式弾倉の場合は、装填済のドラム式弾倉を空の弾倉と丸ごと交換すれば済むからです。