「波打ち際の蛍」 島本理生
- 波打ち際の蛍 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)
- ¥500
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気付くとずっと息をすることなんか忘れていたかのように物語の中にどっぷりとつかりこんでいる自分がいた。
主人公を縛りつけている苦しみがこちらにまで手を伸ばし,のど元をつかまれているかのようだった。
そしてたぶんその手こそが主人公を苦しめている自分自身の手なのだと思う。
島本さんの描く女性はどうしてこんなにも苦しいのだろう。
読んでいる間こちらにまで迫りこんで本を読んでいる間も読んだ後も苦しみややりきれない切なさで胸を締め付けられる。まるで自分がその主人公になってひとつの恋を体験し,そして失ったような,そんな気持ちにさせてくれる作者はなかなかいない。
過去の恋愛や家族とのトラウマから心に闇を抱え,それでもその苦しみをけして他者や外に向かって吐き出すこともできず,必死で自分の内側だけで解決しようとする。賢く真面目で繊細な感情を持っているがゆえに自分自身の汚い部分弱い部分を許せず,どんなに近くに好きな人がいても拒絶してしまう―,島本さんの物語に出てくる女性はほとんどそんなものをはらんでいる。
「波打ち際の蛍」は,過去の恋人にDVをうけたことでやはり心身に傷を負った女性,麻由だ。ある日通っているカウンセリングの相談室で本が好きな年上の男性,蛍と出会う。彼の優しさや好意にしだいにひかれていくのにその気持ちと裏腹に体が強く拒否してしまう。蛍はそんな彼女を包み込もうとするのだが。。。
前半の2人のデートでのやり取りや恋の始まりのときめく感じに読んでいてキュンとさせられる,だけどやはりそんな所にも過去のトラウマや彼女自身の不安定な心情をはらんでいるようで,ある種の緊張感を持ちながらずっと読み進めた。
最終的には麻由も蛍も納得した道に進んでいくのだが,もっと他に道はなかったのだろうかと思う。でも,これが今の2人にとっては一番良いのかもしれない,お互いに誠実であったからこそこのけっかなのだ,恋愛ってこういうものなのかもしれない,
まさに読んだ自分自身がひとつの恋を体験したような,そんな気持ちにさせてくれる作品だと思う。
<抜粋>
信じられないんです。私は首を振った。
「道ばたでいきなり殴られたり刺されたりしないことを,知らない人が意味もなく私を蔑んだりうとんだりしないことを,キスやセックスが私を殺さないことを。」