妄想blです。

お嫌いな方はスルーで。

頬を伝う、溢れた涙を差し出したおしぼりで拭いてあげた。

目の前で涙を流す松本さんに、胸が苦しくなる。

泣かないで･･･？

いや、ちょっと違う。

その涙を受け止められる事が、何だか嬉しい。

こんな気持ちは初めてで、どう言葉にすればいいかわからなかった。

ずずって鼻を啜った松本さんが、ちょっとだけ唇を引き締めて

真っ直ぐにオレを見ながら言った。

「二宮さん、今から俺が話す事はきっと信じてもらえないかもしれないけど。

それでも、俺にとっては事実だから。

どう受け止めるかは、二宮さんにお任せしますから、最後まで聞いてもらえませんか？」

真面目な顔でそう前置きされて、ゆっくりと松本さんが話してくれた事は

やっぱり信じ難いものだった。

「あの、『追憶』の写真の海で、俺は宝物を見つけました。とても大事な人、俺の宝物です。

その人と過ごした時間は、たったの10日間でした。

その人は、月の光を浴びながら

･･･俺の目の前で、消えました。」

「･･･は？え？」

「俺の宝物のその人は、自分のことをニノと名乗っていた。だから、ニノを探していて、あなたの事を知ったんです。」

「･･･オレも、ニノって呼ばれてます。」

「ふふ。ですよね。ニノを探していて、あなたを見つけて。海で事故に遭った事もそれで知りました。

そして、あの『追憶』の写真です。俺にとってもあの場所は、あそこから見えたあの大きな月は、『追憶』なんです。」

松本さんの言葉に、何も言えなくなる。

オレが感じたものと同じ思いを抱いて、あの写真を見てくれていた人がいた。

それは、偶然の一致なのか。

それとも、もっと何か意味があるのか。

「俺のニノはね、人魚だったんです。

あなたと同じ顔をした、人魚だったんです。」

そう言って柔らかく微笑む松本さんのその視線からは、とても暖かい愛情を感じた。

だけど、やっぱり松本さんの話はそう簡単に信じる事は出来なくて。

どんな顔をしたらいいのか、正直わからなかった。

それが伝わったんだろうか。

「無理に受け入れようとしなくていいんですよ。」

最初に言われた言葉を繰り返された。

「今日、ここに来るまでに何度も希望がこの手からすり抜けるのを味わいました。

だから、今、ほんのちょっとだけ、幸せなんです。

二宮さんが、ニノであってもなくても、出会えた事に意味はあると思うから。」

「･･･出会えた意味、ですか？」

「はい。この街で、自分と同じように独立して頑張っている人に出会えた。刺激にもなるし、ひょっとしたらこの先一緒に仕事が出来るかもしれない。

だから、ちゃんと意味はあるんです。」

前を向く。

先を、未来を見る。

その目に見えるのは、どんな世界なんだろうか。

この強い眼差しを、この瞬間を、撮りたいと思った。

激しく燃えるような情熱ではないけど、確かにそこにはちゃんと灯りが灯っていて。

その、小さく頼りなさげな灯で、だけどちゃんと自信も覗かせる松本さんのその目を、撮りたいと思った。

「･･･今度、モデルになってくれませんか？」

思わず口を突いたその言葉。

撮りたい、撮らせてほしい。

その思いを伝えるだけの言葉にしては、余りにも簡単すぎるセリフだけど。

それでも、一瞬だけ驚いた顔を見せた松本さんがその顔を輝かせて答えた。

「じゃあ、俺の知り合いの家に行きませんか？

そこにいるわんこがね、とっても可愛いんです。

広い庭もあるし、きっといい写真が撮れますよ！」

今すぐ行きましょう！！

そう言ってテーブルの上の伝票を手に立ち上がった松本さんは、そのままレジに向かう。

そして、余りの展開に付いていけず、まだ席に座ってるオレに大きく手招きした。

それは本当に小さな子供みたいで。

これからすごく楽しい場所に行く時の子供みたいにオレを呼ぶから。

何だか全部がまぁいいやって思えてきて

結局そのまま松本さんの後を追って店を出た。

宵待つはうたかたの中で。19