昭和46年、大学を卒業する間際に「経済研究所に東芝のトスバックがはいったそうな」という話を聞いた。
同じ年の昭和46年4月、日本住宅公団に就職した。
新入社員研修で、導入されたばかりの日立の汎用コンピュータ(右の写真参照 HITAC8700 日立提供)に出会った。
まだ、コンピュータはIBMに対抗できる国産コンピュータ育成期で、住宅公団や国鉄は、日立のコンピュータ事業を支える企業群であった。当然、東芝、三菱、富士通、NECなども開発と運用を担当する企業群があったと思う。
さて、この日立の汎用コンピュータに対しては、それまで、家賃計算や家賃収納のデータ処理のために、紙テープや(光学文字読取機を通す)カードが採用されていて、これにはキーパンチャーが携わっていた。
鍋蓋のような回転磁気ディスクや磁気テープに代わり始めたのがこの頃だったと思う。
では、私たちの職場にはどのようにしてコンピュータが導入されてきたのか?
これを今、振り返る。
だって、当時は、タイピストが正社員であったし、机上には、手動のタイガー計算機や計算尺が並び、なにより、経理課予算係には算盤しかなかった。
コピー機は、原稿を重ねて焼くリコーの「湿式」。
決算書は、濾紙に鉄筆で文字を彫り込み、ガリ版印刷。
【次回に続く】