『マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった』(ジョン・ウッド著)を読みました。
 もちろん著者は立派な人物だと思いますが、それだけではなく、いろいろと面白いところもある本でした。
 著者は元マイクロソフトの大中華圏の事業開発担当重役。1990年にマイクロソフトを辞職し、NPO「ルーム・トゥー・リード」を設立し、ネパール・インド・スリランカ・カンボジア・ラオス・ベトナム等で識字率向上のために活動している。
 本書は、「天職・転職」をテーマにした本の中では一番読まれている本だと思う。確かに話のスケールが大きく、文章が面白く、興味深い本だ。
 転職・天職に関する部分以外にもためになること・興味深いことがいろいろと書いてあるが、転職・天職に関する部分では、主人公がマイクロソフトを辞める決断をするところが印象的である。

「仕事は?」と訊かれてどう答えるか。僕は心のなかで練習した。
「図書館をつくる小さなプロジェクトをしています」
 いまいちだな。
「ヤクの背中に本を積んで、ヒマラヤ山脈の村に届けています」
 だめだ。途上世界にかぶれたドレッドヘアの金持ちボンボンが、信託財産で暮らしながら慈善ごっこをしていると思われる。
「ネパールの貧しい地域に学校や図書館をつくっています」
 悪くない。いい感じだ。僕は浴室の鏡の前に行き、パーティーに出席している自分を想像しながら声を出して言ってみた。
「ネパールの貧しい地域に学校や図書館をつくる組織を立ち上げて、運営しています」
 僕の声はしっかりと響き、鏡のなかの僕はまっすぐ立っていた。自分に誇りを感じていた。だれかに厳しいことを言われても、無視すればいい。それは彼らの問題で、僕には関係ない。そもそもヒマラヤの奥地では、出世主義者に会うこともあまりないんだから。
(引用終わり)

 大企業を辞めて、NPOの世界に入ろうとしている人が「パーティーで職業を訊かれたらどう答えようか?」と思い悩んでいるところが面白い。最初からそんなことは気にしない人がNPOの世界に入る、というわけでもないようだ。
 本書には、「転職して天職を見つけた」ということ以外にも、営業の心得とか、マイクロソフトに就職したときの面接の様子とか、組織論など、いろいろと興味深い内容がでてくる。
 「ルーム・トゥ・リード」を立ち上げてすぐ、「1000万人の子供に生涯の教育機会を届けることが目標だ」と宣言した。と著者は書いている。
 そこで、マイクロソフトの社訓のような言葉が出てくる。
 「大きく行け、それができなければ家に帰れ」
 マイクロソフト文化でルーム・トゥー・リードに導入したいことを著者は4つ上げている。それは、「結果重視の姿勢」「誰でもCEOに異議を申し立てられる文化」「具体的な数字に基づくこと」「忠誠心」。忠誠心は、部下のボスに対する忠誠心だけでなく、ボスの部下に対する忠誠心も含んでいる。
 将来を約束されたマイクロソフトの仕事を捨て、彼と価値観が合わなくなった彼女とも別れ、当初は何の収入もないNPO活動に飛び込んだ決断力はすごい。そして、そういう立派な人物の書いた本に、自分がマイクロソフト時代にすごい人間だったという自慢話も出てくるのが面白いところである。アメリカ人らしいと言えるのだろうか。日本人の立派な人が書いたものとはかなり違う。
 もちろんそれが、著者のやったことやこの本の価値を下げるわけではない。それに、失敗談とかお金がなくて困ったという話なども正直に書いてある。いろいろなことが正直に書いてあるのが、この本のいいところなのだろう。著者の無邪気で子供っぽい単純な性格が読み取れる。アメリカ人らしさとはこういうことなのだろうか。