女性は出産後、母親という生き物になる。

それまで培ってきた人格すべてが塗り替えられ、その人そのものが母親という生き物に生まれ変わるのだ。

この世に新たな生命を生み出し、この上なく可愛い生き物との生活にすべてを捧げる。いや、捧げなければならない。

出産とは、”私”という人格を消し”母親”として生まれ変わる儀式だ。

母親.という生き物となった女はもうただの女や、会社員や、娘という存在には戻れないのだ。

常に子供を愛し、慈しみ育てる母親という生き物であることを求められる。

確かに母親とは尊い存在である。

だけど私は母親という生き物になりきれない。

30年かけて培ってきた、”私”という人格を捨てきれない。

もう誰も私を”母親”というフィルターなしでは見てくれない、その孤独感が私を締め付ける。

母親である前に私は私なのに。もう全ての人がそんなこと忘れたかのように接してくる。

父親は違う。たくさんある肩書きに父親が増えるだけ。

少し育児を手伝えば良い父親としてほめられる。

では母親は24時間、子供のことを考えている母親は?

子供が清潔な服を着て、健康でいられるために常に動いている母親は?

一体誰が褒めてくれるのだろう。

 

 

辛い、辛い、辛い。
こんなにも辛いなんて思ってもみなかった。
誰かといても、一人でいてもいつも泣きそう。
何が?と聞かれても自分でも分からない。
ただこの孤独感、閉塞感、やるせなさ、永遠に感じる毎日から解放されたい。
結局人なんて解り合えないのだ。
この人となら!といつも期待して失望する。
なのに期待することを止められない。
どんなに言葉をつくしても、どんなに気持ちを込めても、相手には半分も届かない。
虚しくなっていつしか伝える事をやめてしまう。
相手は急に何も伝えてこなくなった私を不審がる。
だけど、もう私は何故そうなったかを伝える気力を持たない。
だからいつまでも伝わらないまま、推測と誤解だけが広がっていく。
疲れるけど、また1から伝える努力をしなきゃいけないんだろうな。