女性は出産後、母親という生き物になる。
それまで培ってきた人格すべてが塗り替えられ、その人そのものが母親という生き物に生まれ変わるのだ。
この世に新たな生命を生み出し、この上なく可愛い生き物との生活にすべてを捧げる。いや、捧げなければならない。
出産とは、”私”という人格を消し”母親”として生まれ変わる儀式だ。
母親.という生き物となった女はもうただの女や、会社員や、娘という存在には戻れないのだ。
常に子供を愛し、慈しみ育てる母親という生き物であることを求められる。
確かに母親とは尊い存在である。
だけど私は母親という生き物になりきれない。
30年かけて培ってきた、”私”という人格を捨てきれない。
もう誰も私を”母親”というフィルターなしでは見てくれない、その孤独感が私を締め付ける。
母親である前に私は私なのに。もう全ての人がそんなこと忘れたかのように接してくる。
父親は違う。たくさんある肩書きに父親が増えるだけ。
少し育児を手伝えば良い父親としてほめられる。
では母親は24時間、子供のことを考えている母親は?
子供が清潔な服を着て、健康でいられるために常に動いている母親は?
一体誰が褒めてくれるのだろう。