ここで言う「スピリチュアル」は、現在の人間の世界で成り立っているもの(世界)を表したものです。全ての人は、この「スピリチュアル」の世界を、共通認識しています。(※所属の有無は問いません。)
<スピリチュアル>の要点となる要素。
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1.「自分」を主体(自分本意)としている。
2.「見えない世界」を「特別視」している(依存の対象。)
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3.「依存」(破滅)へ向かう方向へ進む。
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→「見えない世界」へ偏った、自分の都合を叶えるための、「特別」な世界。
<人間の歩み>人間本来の在り方/生き方。
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1.「あいて」(自分以外の存在)を主体(貢献/奉仕)としている。
2.「見えない世界」を「基本」の「ひとつ」としている(正しく生きるための要素)
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3.「自立」(成長)へ向かう方向へ進む。
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→ 「名前のつけようがない、人間本来の在り方。(生き方)」
おおよそ、この違いが上げられます。
■【1】の説明/解説。
自分の欲を主体とするか、「あいて」を主体として「貢献」するかは、2つに1つとなります。「win-win」の状態は、あいてを主体(貢献を優位)とする事でのみ成立します。自分が甘い蜜を率先して吸って、「残りカス」をあいてに渡す様では「貢献」とは言いません。この逆でしたら「OK」です。なんなら、全部あげても良いのです。ここは、意識(心)で問われる問題ですので、そんな思いがある時点で、駄目なのです。
【貢献】の状態(あいて優位の状態)を割合で示した場合、最低でも「自分(4):他者(6)」以上が必要です。「自分(5):他者(5)」の状態は、法則上「自分優位」の状態と判断されます。最低6割(60%)を「他者」優位(優先)する事が必要になります。
※「59%」あいて優位では、「1%」不足しています。
「ケチケチ」することなく、思い切った心(純粋な心/決意)が必要です。なにせ、「貢献」なのですから。
また、自信がないからと言って、「見えない世界」の情報、「能力」等を自分の自信の穴埋めに使うことも「NG」禁止されています。自信は、必ず、「見える世界」で、自分自身の心(精神)、体(肉体)を用いて『獲得』しなければなりません。その様に定められています。「見えない世界」の要素を使って、自信の穴埋めは「禁止」されています。
「盲点」かもしれませんが、これを行った時点で、「60%」分が「自分優位」の状態となりますので、この状態を脱しない限り、正式な「貢献」をする事は出来ません。ちゃんと、「見える世界」の「趣味」や、打ち込める物で、「自信」を得ましょう。
「見えない世界」での代替は、本物の「ピース」ではないため、何かの拍子で「簡単」に崩れてしまいます。(非常に不安定な精神状態/意識状態です。)
■【2】の説明/解説。
「見えない世界」を特別視してしまうと、「見える世界」とのバランスが著しく崩れます。少なからず、【依存心】が生じはじめます。また、「特別視」した事によって、その反対のものが生まれます。「見えない世界」を知らない人を「普通の人」「一般人」とし、「見えない世界」に携わる人を「特別」な人と、無意識の内に心の中で差別が生じてしまいます。特に、人間関係のトラブルが起きたり、自分が精神的に追い込まれた状況になった場合、顕著に表れる場合があります。強固な「傲慢」の意識が芽生える、核の部分になります。(※要注意です。)
「見えない世界」は基本のひとつであり、人間にとって正しく在るために必要なものと、正しく「理解」(腑に落とす)する必要があります。いくら頭で考えても、思い込もうとしても出来ない仕組みになっています。これは、魂レベルの成長が必要になります。自分で決めた目的(目標)を達成し、自信になる努力をしなければ、いつまでたっても「真の理解」をするために必要な「器」は出来ません。
人間の意識を見ると、ここは今も昔も変わっていない部分ですが、「見えない世界」=「特別」な世界という誤ったものの認識は、現実の世界から、おおきく「逸脱」(現実離れ)してしまう「最大要因」となっています。ここの意識が強いほど、まともな思考、意識とはなりませんので、本当に注意が必要な部分です。(認識を正しいものへ変える必要があります。)
「特別」意識」が強ければつよいほど、「依存心」もまた強くなります。「見えない世界」に依存する程に、本人の意識は「現実」から離れる事になります。
現実離れしたままいると、「見える世界」の事に無頓着になったり、なんでも「見えない世界」の力で解決しようと思うようになったりします。怖い事を言うと、「死生観」が歪み、生きる事への「関心」を失ったりします。(死への恐怖が麻痺する方向へ向かう。※間違った情報の影響も含まれます。)
「危機感」が持てず、人生に対する「責任感」を失ったりもします。自分のことなのに、他人事の様に思えてしまう様になります。実際、肉体の感覚(反応)が「鈍化」します。
特別視しても、「弊害」ばかりあるだけで、いい事は何一つありません。特別視することと、「神聖」なものとして「敬意」を持つ事は違います。
基本は、「見える世界」にあります。「見えない世界」はその次の段階です。「現実」は「見える世界」「見えない世界」の「調和」(バランス)が取れている状態です。「見えない世界」にばかり意識が行ってしまうと、「現実」を生きていない事になります。「現実」を生きていない状態は、「現実」を変える力(現実に作用する力)をその分、失いますので、変わらない人生のままとなります。
本当の意味での「創造」は、出来なくなります。
■【3】の説明/解説。
人間は「自立」へ向かう様に「創造」(設計)されています。反対の、「依存」は、「破滅」を齎します。
方向を間違わない事です。
読みにくいかもしれませんが、「要点」を書いてみました。
正確には、「スピリチュアル」という用語は、「見えない世界」(側面)に特化(フォーカス)したという意味があります。これだけでは悪い意味にはなりませんが、人類の意識を通し見た場合、「欲望」の世界を映すことになります。
語源は「見えない世界の力を使った、人間界のビジネス商法」という意味になります。(※これはあくまでも、人間の世界における意味です。)
少なくとも、人間の世界において、この言葉は「マイナス」の要素(イメージ)が強く働いています。
◎「霊的商法」(金儲け)を現した言葉だからです。
※意識的に見た場合、ビジネスを直訳すると「金儲け」になります。