ホンジュラス・レパエラ生活【ym】

ホンジュラス・レパエラ生活【ym】

青年海外協力隊(2013年〜2015年)の記録
中米のホンジュラスへ村落開発普及員として赴任
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ブログ終了後は、読むのが専門です。

ブログの内容とはかけ離れますが、現在は社会保険労務士です。

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ただいま、日本!!

もうお会いした方もいますが、バタバタの中帰国しました。

2年間ご心配をおかけしました。


帰国前はかなり忙しく、荷物も片付けモードで全くUPできていませんでしたが、7/2帰国予定より丸1日遅れて、無事成田に到着しました。


この1日到着が遅れた理由は、ホンジュラスから経由地アメリカのヒューストンまで飛行機が飛ばなかったからです。このくだりは長くなるので、スルーして、無事につきました。


その後、東京での報告会や健康診断なども無事終え、晴れて三重の実家に戻ってきました。



今は、期限が切れそうになっている運転免許証やパスポート、いろんなものの更新。ホンジュラスでよく血便が出ていたので、原因究明のために病院。お土産を配り歩く、銀行や郵便局などでのお金の管理・・・ 

忙しい日々を送っています。


2年間のホンジュラスでの出来事をここに書き留めたので、このブログも終了することにします。


いつも暖かく見守ってくださり、ありがとうございました。

まだお目にかかっていない方がた、近々お目にかかりましょう!!

皆様、こんにちは。

日本は、そろそろ夏に向けて暖かくなってきたところでしょうか。

 

こちらホンジュラスでは、5月から雨季。

なのですが、今年の5月はほとんど雨が降らず6月に入ってようやく、夕方のスコールが始まったという感じです。

 

そんな状況だったので、5月の水不足は強烈でした。

いつも,7-9月が一番ひどい水の状態なので、今年はそれまでに帰国だから問題なし。と思っていたのですが、そんなこんなで再び水不足に苦しめられた1ヶ月でした。

 

 

 

今日は、思うがままに書きます。

 

さて、レパエラで過ごすのも泣いても笑ってもあと1週間となりました。

今日6月12日なのですが、学校関係を回りまくった啓発活動も今日で最後です。来週は、お世話になった人たちに別れを告げる一週間です。

 

先週、首都の事務所から担当者がレパエラに来て、配属されている事務所の所長、同僚を交えて最終の報告をしました。同僚といっても、ほとんど働いていないこの人たちはもちろん、そんな最終報告にもきません。所長と首都から来た事務所の担当者のたった2人に対して、報告を行いました。

 

ボランティアは、2年の任期中に定期的に5回報告書を出すことが義務付けられています。その最終の第5号報告書も提出し、あと残すところ、首都の事務所と外務省での報告を終えれば、晴れて任務完了ということになります。

 

報告書を出すと、首都の事務所担当の人が(ホンジュラスに来て、その当時担当だった最初の担当者とはコミュニケーションがうまく取れない日本人で困っていたけれど、今は至って普通で、というかすごくいい方です)、読んでコメントしてくれるのですが、今回最後の報告書のコメントに、泣きました。

 

コメント:

『配属先の支援が十分に得られない中、自ら足を動かして連携できる団体を見つけ出し、活動の形を作り、それを全うしたことに心から敬意を表します。活動のみならず、任地での生活も苦労の連続でしたが、音を上げず本当によく頑張ったと思います。(住居確認の際の「水」の状況については、ひとつの大きなポイントとして確認していきたいと思います。)この経験を「不足しているものなんて何一つない」日本でも生かして行って欲しいと願っています。本当にお疲れ様でした。』

 

途上国は、どこも大変だと思います。

そして人間は、自分は他の人より大変で苦労していると思いがちです、と私は思います。

実際私も、『周りと比べて、結構仕事も住居環境も悪い』と思っていた一人です。

 

事実、客観視しても、私の配属されていた職場や住居環境(水が3ヶ月も全くでないとか)は、ホンジュラス隊員の中では、かなり悪い環境だったと思います。でも、みんなそれぞれの場所で、いろんな悩みを持って生活しています。だから、あえて自分は大変とは言いたくありません。

 

いいところを見れば、レパエラ市自体は、他の隊員の任地に比べるとかなり栄えていると思います。生活に必要なものはすべて手に入ります。といっても、日本でいう『必要なもの』を想像したら、全く違いますが…

小さな食料雑貨店、携帯電話をチャージする店も、写真をプリントするところもあり、野菜も普通に買えます。

レストランやカフェのようなしゃれたものはありませんが、最低限外で食べられる食堂が2,3件はあります。

 

そんな活気にあふれるレパエラ市なのですが、自分が一番身近に身をおく家と仕事場の環境は本当に大変でした。何が大変だったかは、今のブログを見ていただくとわかると思いますが・・・ その環境からの~

 

体調不良!

 

もう、これは本当に大変でした。本当にすごく大変でした。

おかげで、一般的に女性は太るといわれているのに、私は全く太れずに、やつれました。今の体重、服を着たまま47キロです。特に家の環境がひどすぎて、水が全くこない、キッチンがほとんど使えないなどで、体調不良でもおなかに優しいものなど食べることもできず、それの連続。日本に帰ったらおいしいものを一杯食べて、せめて50キロには乗せたいところです。

 

こんな生活、プラス職場の劣悪な環境(これは、まぁおいておきます)で、私も例外なく大変だったのです。2年間頑張ってもどこからも評価されずに、単に自己満足でしかないボランティアという形(職種によっては、特に獣医師や看護師さんなどといった職業は、それだけで感謝されるのかもしれないが、私のように村落開発普及員という、底辺の底辺の底上げをするような職種は特に・・・)。

 

このコメントを読んだ時初めて、頑張ってきたことが報われました。

 

思わず涙、涙、涙。。。でした。

 

 

 

来週は、Gelyの家に行き別れを告げ、同僚にも別れを告げ、隣街のグラシアスの知り合いにも別れを告げ、私が持っているすべてのものを看護師ボランティア(ちょうど私と1年違いにレパエラに入った方、本当によくしてもらっています。モノがすべてなくなった最近は、ほとんど養ってもらってます。)に託し、いざ首都へ!

 

首都では、約10日間滞在予定です。

語学学校でお世話になった家族や先生にも会いに言って、Nadiaとも会って、といろんな友達に会う予定です。その後、外務省と事務所での最終報告をもって、日本へ帰ります!!

 

あと少しですが、体調不良になることなく、元気に全うしたいです。

もう少しです。皆様、もう少し待っていてください。

 

おいしいコーヒーを持ち帰ります。

ホンジュラスの匂いも一杯詰めて帰ります。

 

では、また近々。

 

※荷物をすべて首都に運んでもらったので、パソコンも小さいのしかありません。よって、写真がアップできないのです。御了承を。

こんにちは。

今日は、ホンジュラス時間で、5月29日です。

ちょうど1か月後の6月29日には、ホンジュラスを発つのです。


残りあと1か月。

その直前の6/25.26には、外務省訪問や事務所での最終報告、帰国オリエンテーションなどなどを控えています。


首都では語学学校時代にお世話になった先生やステイ先の家族、友達にも会いたいので、20日にはレパエラを去る予定でいます。


このレパエラでの水なし生活も、あと20日。

この2年間で一番苦労したことは何かと聞かれたら、間違いなく、この水の無い状況と即答するだろう。次いで、キッチンが使えなかった日常。


そんな生活せいで、慢性的な下痢、時に血便に苦しんだ2年間でした。


去る月曜日には、連合会に所属している全市長(7市)を招いて活動報告を行った。珍しく、全市長出席となんとも有難い話。詳細は、ひとつ前のブログで。


来る6/5は、在ホンジュラス事務所の担当者を交えて配属先の事務所にて

報告会。6/12に最後の仕事(講習会)が入っているので、それまで仕事。

その後は、身辺整理(スーツケースを詰めて)、友達に別れを告げ、20日にレパエラを去る予定です。


その日は、直接首都に行かずに、マルカラというコーヒーが有名な所により、お土産のコーヒーを買占め、そこで一泊。マルカラには村落の同期隊員もいるので安心。翌日首都に上がります。


帰国ちょうど一か月前ということ書きました。

では、また近々。


こんにちは。

いかがお過ごしですか?

ここホンジュラスは、去年の5月に比べてかなり雨が少なく、暑い日々がまだ続いています。

 

先週の火曜から昨日まで、約一週間レパエラに家に帰らず、超忙しい毎日を過ごしていました。

 

 

【5/19-21 ラウニオン講習会】

 

19日の火曜日に家を出発して、隣のラウニオンという市へ講習会をしに行きました。バスが一日往復しかないので、そのバスに乗って、ひとまず移動。

 

その日は、特に何もせず、翌日朝8時から、講習会実施。

ラウニオンには、看護師の同期がいるので、その同期とコラボで環境教育と救急法について実施しました。



 


 

人口呼吸の練習

 

 

翌日21日(木)は、朝早く、別の出張が入っており、5時のバスに乗って、グラシアスへ向かいます。所要時間3時間。

 

 

【グラシアスの健康フェリア】

 

22日は、今年は協力隊事業の節目の年ということで、大々的にレンピラ県の県都グラシアス市で、健康フェリアが開催されました。

 

なぜ、健康フェリアかと言うと、ホンジュラスの協力隊は、ほとんど教師か医療関係(看護師、助産師、保健師、感染症予防)の隊員だからです。その職種をとってしまうと、私達のような村落、その他マイナーな職種の人が数えるくらいいるだけです。

 

ということで、私達25年度1次隊は、もう帰国を直前に控えているので、私たちが中心ではなく、1年後にきた26年度1次隊(全員医療系隊員)が主になって行われました。

 

そんな中、健康関連のブースでは面白くないからということで、日本文化紹介を兼ねるということで、そこはもってこいの村落隊員2名(私とその同期)が招かれました。

 

21日は、移動してその後、色々と個人的な用事をし、昼からは22日に向けた準備が、夜遅くまで行われました。

 

そして、当日!

大盛況に終わりました。文化紹介も大盛況でした。

村落隊員がいつも少ないので(常時ホンジュラス全体で、2-3人ほど)、何人かで集まって、一緒に何かするということがなかなか難しく、たいてい個人単位で色々していました。

 

が、やはり大勢が集まって、大々的にやるのは、すごく準備にも時間がかかったりするけれど、注目を集めるいい機会になったと思います。

 


私達の日本文化紹介のブース

 

 


 

 

Somos Leraerence!!(私達レパエラ人です!)

浴衣の試着体験などもあり、そのモデル(どんなモノかわかるように)?に浴衣を着ています。

左から、私、レパエラの保健所長のイタロ、メリッサ(研修医で同じ家に住んでいる)、純子さん(ボランティア26-1看護師)、右2人は存じあげません…

 

その日は、朝早くからテントを立て、準備をして、9時開始。ラジオ体操をやったり、血圧やいろんな測定をしたり・・・ 12時に終了。

 

 

それでも、片付けがあります。

 

みんなで方付けをして、13時半ごろに終了。

15時からは、反省会?振り返りがあり、17時半に終了。

その後は、打ち上げということで、18時から全員で夕食へ。

色々喋ったりして、結局眠りについたのは、日が変わってからでした。

でも、久しぶりに同期にもあったり、フェリアの感想を言い合ったり、久しぶりに大勢でわいわいとしました。

 

そして、翌日はようやく帰宅?できるかと思えば・・・

 

 

 

【アルバさん家でランチ会】

 

 

 

アルバさんというのは、現職の同期が住んでいたグラシアスの家の大家さんです。現職の同期が3月に帰国してから、ずっと寂しい思いをしているらしく、泊まりにきなさい、といつも言ってくれます。

 

時々私もグラシアスに行くたびに挨拶しにいくのです。

 

今回は、私たち25-1次隊が帰国するので、そのお別れ会?みたいな感じで、みんなでご飯を作って食べようということになりました。

 

レンピラ隊員でカレーとサラダを作ってみんなで食べました。

 

準備、片付け、、、としていると、15時のレパエラ行きの最終バスに間に合いそうになかったので、そのままアルバさん宅で、一泊し、昨日の日曜日、約1週間ぶりに帰宅したのでした。

 

そして、今日月曜日。

 

 

 

【配属先の連合会にて最終報告会】

 

 

 

今日は、配属先の連合会にお願いして、連合会会議を開いてもらいました。

というのも、この連合会というのは、7つの市役所が所属しているのです。

従って、私の活動範囲も、7市全域にわたっているのですが、事務所のいろんな安全対策の関係上、行ける市は限られていました。

 

ですが、この連合会に所属していた以上、全市町に向けて、私が2年間何をしてきたか報告したかったのです。

 

 

そして、朝10時開始。

 

いつも、会議と言っても7市全部の市長が集まることはめったにありません。

所属している7市のうち5市ほどは、車で1時間半~2時間かかる場所なのです。にも拘わらず、今日は全市長出席!!

感動。。。

 



7市の市長と連合会の所長

 

 


 

 


 

レパエラでお世話になった人の写真とメッセージを市長に託す。

こうしてお世話になった方々を写真にしてみると、市長(真ん中下)や頻繁にお世話になったドクター(右下)、薬局店の店主でもあり友達のドゥニア(左上)、街唯一フルーツを車で売っている車フルーツ店の店主(左下)、仕事をよく一緒にしたPROMUSANのメンバー(→真ん中)、私が良く利用していたバスのコブラドール(賃金を回収するお兄さん右上)、公私にわたり本当によくしてくれた方(左真ん中)には、大変お世話になりました(真ん中上は私)。アジア人なんていない町で、初めは奇怪な目で見られましたが、こーんなに沢山の方が、見知らぬアジア人に対してよくしてくれました。ここでも信頼できる人たちに恵まれました。お礼を言っても言い切れない。Muchisima Graccias!!

 

 

ちょっと長くなってきたので、今日はこの辺にしておきます。

 

 

こんにちは。

日本は初夏の陽気でしょうか。

 

こちらレパエラの我が家は、先日の水の非常事態から脱出しました!

どうやって脱出できたかと言うと、、、 家の家主夫婦が揃って市長の家に出向いて、水をこのエリアまで届くように出してくれ!と懇願に行ったようでした。

 

その日の夜中、水が出ました。って、懇願したのは絶対に関係ありません。そんな駆け引きで水が出たりでなかったりするような気の利いた街ではないからです。偶然出たのでしょう…

その後、もちろん毎日断水していますが、2.3日に一度夜中に水が出るので、なんとか生活できています。

 

 

さて、この週末は、久しぶりにGelyのお宅に行ってきました。

レパエラより山の中なので、標高も高く、冬はレパエラよりもうんと寒いので、2月まではレパエラにこもりっぱなしでした。

 

4月の聖週間に行こうと思ったのですが、11時に出発のラピディート(小型の乗合バス)が、思いがけず10時に満席になっており、行けなかったのです。その後、何度か行こうとしたときには、トイレの壁を塗り立てで使えないから別の日が良いよ、とか、親戚の不幸と重なり、長らく行けていませんでした。

 

 

先週の金曜日午後出発して、今日の朝(月曜日の朝)帰ってきました。

週末、な~んにもせずに、ただひたすら家族と喋って、ぼーっとして、家が営んでいるプルぺリア(食料雑貨店)で、売り子をしていました。

 

小さい街ですが、日本と違い大量の子供がいるホンジュラスでは、毎日大量の子供たちが、おつかいに来たり、おやつを買いに来たりします。裁縫道具やちょっとした文房具、靴、食料品、衛生用品、よく使う日用品なども置いています。

ですが、そこでずーっと店番をしていると、良く売れる商品とかが分かります。

 

日本みたいに、笑顔で、とか、お客さんが来たらすぐに駆け寄る、とか、相手が欲するものが無ければ代替の物を案内する、とか普通にサービス業に携わっていれば身に着くようなこともこっちでは、お構いなし。

 

お客さんが窓口に来ても、おしゃべりしているし、おつりや商品を投げるし、落ちた商品もお構いなく渡すし、さすがホンジュラス!

売る側が、売ってやってる、という意識がどこも強い国です。

 

そんな状態だから、ただ売ればいいだけなのです。

それでも、自然と、相手が必要とするものが無い時、これはあるけどね、って出ますよね、日本人なら。それで、結構いろいろなものを売りさばきました。

 

相手が欲しいものと金額さえわかれば私でもできます。

日本に比べて義務教育の勉強時間が圧倒的に少ないホンジュラス人に比べたら、おつりの計算なんてこっちはお手の物。言語の壁だけで、計算はどーってことない。そろばんをやっていたおかげで(習わせてくれた両親に感謝)、ちょっとした足し算やおつりの計算なんて、ちゃちゃっとできます。

 

レパエラに居たら、必要な買い物行くか、家の人と話すくらいであまり誰かと話す機会はないですが、この友達の家に行くと、大家族だし、どこかにいれば、誰かが相手にしてくれたり、店番をしていたら、近所の子供たちが買い物にやってきて相手したり、と。いつも誰かと関わりがあり、それでもって同じ日は二度とないのです。

 

日本での接客業は、サービスの質が高すぎて、客の目が肥えすぎています。企業がお客様様と扱うから、客のほうも、『客で来てやっているのに。』という意識でいます。

 

ホンジュラスは、全く正反対。

アメリカの、殿様商売形式が似ています。なので、働くほうはとってもラクなのです。

客として色んなサービスを利用するときは、本当にゾンザイな扱いですね。。

 

特に、このように、家族が営んでいるようなプルぺリア(食料雑貨店)は、売り上げが悪くても、別に誰かに迷惑をかけるわけでもないし、好きなようにやればいいだけ。そんなこんなで、週末楽しく過ごしました。

 

そして、Gelyの家族は、いつも 『La esperamos(あなたのことを待っています).』『La queremos.(私たちはあなたのことが大好きです)』 って言ってくれます。『いつでも、待ってるからね。』『ここはあなたの家だからね。』と。本当に温かい家族です。

ここにまた一つ、帰る家ができました。帰国しても、必ずいつか又来ます。

 

そして、こっちの人たちは、恋人や親や兄弟、友達、仲の良い人や好きな人には、誰にでも 『Te quiero(大好きです)』って簡単に言います。日本じゃ絶対にありえないけど、そうやって、Gelyの家族も、私に言ってくれます。

 

そうやって言ってくれる素敵な友達がホンジュラスでもたくさんできました。

本当に私生活や仕事の面で、苦労は絶えない生活だったけれど、たくさんの素敵な人に出会えました。貴重な財産になりました。

 

今週は、明日(火)から2泊で隣の市に出張、その後は、家に戻らずに、県都のグラシアスに直行して、私達ボランティア主催のお祭りがあります。というのも、青年海外協力隊をホンジュラスに派遣し始めて、50年経つという節目らしいです。

 

今週はちょっと忙しくなりそうです。

残り約1か月。充実させて、元気に帰りたいと思います。

では、また近々。