今日のテーマはこちら!
「不和と軋轢、許さなかった僕の例え!」
まずは…
✨「誰が一番偉いんスか?」問題
さかのぼるは、新約聖書のマタイによる福音書・第18章。
イエスに弟子たちが聞くんですよ!
「先生、結局、神の国では誰が一番偉いんスか!?」
・・・おいおい、イエスの前でそれ聞いちゃう!?って話なんですが、
これ、完全に“出世欲”とか“マウント合戦”なんですよ。
でも、ここでイエスがやったことが衝撃。
なんと!
👶「子ども」を連れてきて、こう言うんです。
👶『この子のようにならなければ、神の国には入れない』
・・・どゆこと!?
弟子たちはもう「偉くなりたい」「上に立ちたい」って血気盛ん。
でもイエスが求めたのはその逆!
「地位」「支配」「名誉」じゃなくて、
“謙遜” “無欲” “信頼”の子どもマインド!
もうね、完全に価値観の大逆転!

🐍サタンが元凶!?
で、この偉くなりたい欲望の源、どこから来たのか?
答えは、ズバリ――
サタンです。
え!?サタン!?
そう、この野望の発端は、サタンが“神の位”を狙ったって話。
人間の中にある「他人より上に立ちたい」という性質、
それ、神から来たんじゃなくて、悪魔から来たんです。
つまり――
「偉くなりたい」は、神の王国の精神とは真逆!
💣“つまずかせる者”は沈めよ!?
さらに衝撃的なのがこのセリフ。
『小さな者をつまずかせる者は、
臼石を首にかけて、海に沈められた方がマシ』
重い!!!めっちゃ重い!!!💥
ここでイエスが言ってるのは、
“仲間に害を与えること”の重大さ。
つまり、権威欲にまみれて弱い人を踏みつけるような奴は沈め!!
・・・って、めちゃくちゃ強い表現で叱責してくるわけです。

💔衝突はサタンのワナ?
イエスの弟子同士で起きる衝突や軋轢。
これって単なる人間関係の問題じゃないんです。
サタンが使う武器!
聖徒を一人でも堕とせば、王国を妨げられる。
だから、不和や嫉妬、争いは王国破壊のトリガーなんですね。
弟子たちに求められたのは、
『身を転じて、子どもに戻れ』
つまり――
価値観の“方向転換”!
🐑「迷える一匹の羊」のリアル
一匹の迷子を探して、九十九匹を山に残してでも探しに行く――
イエスが語る“羊のたとえ”もここで登場。
要は、「つまずいた一人」「見失った一人」こそ、
神は放っておかない!
宗教団体であれコミュニティであれ、
一人でも見捨てることがどれほど危ういかが語られるわけです。

🔍和解が礼拝に優先される!?
さらに驚くのはコレ。
イエス曰く――
「供物を捧げにきて、兄弟が自分に恨みを持ってると気づいたら、
その供物置いて、まず和解してこい!」
・・・おいおい、それ、神への捧げ物より人間関係優先ってこと!?
はい、その通り!それほどまでに、不和は深刻問題なんです。
じゃあ、その不和をどうやって治めるのか?
――ここで登場するのが、“ペテロの質問”です!
🧠「七回まで許せばいいスか?」
ペテロ、言いました。
「主よ、兄弟を何回まで許したらいいですか?七回までっすか?」
めっちゃリアルな問い!!
しかも「七回」って、普通に多いです。
でもイエスは言います。
『いや、七の七十倍だ』(490回!?)
これはつまり、「数えるな」ってこと!
許しって“回数券”じゃないんです。
七回まで許すって、ただ七回まで我慢してるだけ、
八回目に七回分全部まとめてブチ切れるだけ!💥
だから神が人を許すように、お前も人を許せ、ってこと!
…でもムズっ!!

💸「一万タラント」の衝撃!
ここで、イエスが語った“許さなかった僕のたとえ”が強烈すぎる!
🎭登場人物:
👑王様(神)
👳一万タラントの借金をしていた僕(人間)
🤠自分に銀貨100デナリ借りてる仲間(他の人)
🧨 一万タラントってどれくらい!?
控えめに言って国家予算レベル!
もう、返せるわけがない!
でもその僕、ひれ伏して「返します」って言うんです。
王様は彼を憐れんで、「帳消し」にする。まさかのチャラ!!
すごいよね!?神の赦しって、とんでもない規模なんです!
😡でもその僕、やらかす
帳消しにされた僕、出てすぐ、自分に100デナリ借りてる仲間を見つけて…
首を締め上げて取り立てる!!!
許してくれと懇願されても、「ノー!!!」
そして牢屋へぶち込む!

👑 王様、ブチ切れ。
それを聞いた王様、激怒。
『お前は悪い僕だ!あれだけ赦されたのに、
仲間に哀れみを示さなかったとは何事だ!』
――そして彼を裁きに渡す。
📘このたとえの核心とは?
要するに!
神は人間の罪を「莫大な額」赦してる
その人間が、他人の小さな過ちを許さない
…それって、神の赦しを無駄にしたってこと
つまり、人を赦せない人は、赦されたことを理解してない!
🧨不和の処理をしないとどうなるか?
じゃ実生活ではどうか?
たとえば宗教団体内での現実は?
😤「謝らない人」「悔いない幹部」「問題起こしても平気な組織」
あるあるすぎる!
👉役職があるから守られる
👉表面上は謝ってるけど内心は反省ゼロ
👉逆に、被害者側が「過敏」とされて切られる!
これ、
「宗教組織で起きた不正や暴力が、放置される構造」です。

💡それでも、神は見ている
ここで思い出したいのは、イエスのこの言葉:
『迷った一匹を探す羊飼いのように、
神は一人をも見捨てない』
つまり、組織がどうあれ、
神は個人を見ているという視点!
『あなたがたの髪の毛まで数えられている』って、そこまで!?
☀️「忘れることで許す」ことの力
そしてクライマックスはこれ。
📢「忘れることで赦せ!」
え?忘れられないよ!?
でも――ここに、神の視点からの勝利がある。
忘れることで、自分が自由になれる。
恨み続ける限り、まだその相手の影響下にいる。
逆に、忘れて、赦して、自分の人生を取り戻す。
これこそ、「キリストに従う者の姿」だと。

📌まとめ
✅ 不和はサタンの罠
→ 偉くなりたい、支配したい心から始まる
✅ 赦しは“数じゃない”
→ 何度でも赦せ!神の赦しを思い出せ!
✅ 許さなかった僕=神の赦しを踏みにじる姿
→ 恨みを引きずることで、自分も傷つけてる!
信仰とは、行動!
そして――赦すこと、それが最も難しく、最も神に近い行為!
「一万タラント」赦された私たちは、
その価値を知って、他人にも赦しをもたらそう!
そして何よりも大切なのは、あなた自身が平和になること!
…
さらに深く知りたい方はぜひ新十四日派の元記事をご覧ください。
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