今回は『キリスト教、それ本当に掟ですか!?』
――というテーマでいってみましょう!

🤞「掟」って誰が決めた!?キリスト教の“お約束”を大解剖!!

 

さてさて、キリスト教って聞くと、

「十戒!」「姦淫ダメ!」「自殺は罪!?」「離婚NG!」「同性愛はアウト?」

…って、いろんな“ルール”が思い浮かびませんか?

でも!!
それ、ホントに聖書に書いてあるの!?
しかも今のクリスチャンも守らなきゃいけないの!?

 

📜そもそも“掟”とは何か?
 

最初の焦点は、【エルサレム会議】!!

これ、紀元1世紀、キリスト教がまだユダヤ教の一派だった時代の出来事。
つまり、“キリスト教”という名前すらなかった頃の話!

このときの議題は「異邦人(つまりユダヤ人じゃない人たち)もイエスの信者になれるの?」って問題。

ここで出された結論は……

\「最低限これだけ守って!」/
っていう“要件”が提示されたんですね。
それが、偶像崇拝や姦淫、血の摂取を避けることなど!

でもこの条件、なんと――

当時のユダヤ教の会堂で、異邦人を受け入れるための最低条件をそのまま持ってきただけ!!

つまり!
新しい掟を作ったんじゃなくて、「とりあえず一緒にやってくにはこれくらいにしとこ」っていう“場当たり的な調整案”だった!!

しかもこれ、今の時代にそのまま通用するものじゃない!
なぜなら、もうユダヤ教イエス派自体が現存してないから!

つまり…
これを“キリスト教の絶対ルール”だと思ってたら、大間違い!!




⛰️山上の垂訓って“理想”じゃないの!?
 

来ましたね、「汝、心の中で女を見て欲情するだけでも罪!」

もうこれ聞いた時点で、みんなアウト~!!(笑

でも、これはイエスがモーセ律法の「本来の精神」を示したものであり、
実際に守れる人なんていないレベルの話!

パウロも言ってます――
「律法ってのは人を罰するためにあるんだ」と。

つまり、これを“やるべき規範”として掲げると、

逆にみんな絶望しちゃう!!!😨

「守れない」ってわかるからこそ、
“恵み”とか“赦し”の価値が見えてくるわけです!!




🔪自殺は罪か?
 

これ、めちゃくちゃ誤解されてるテーマ。

「自分を殺すんだから『汝、殺すなかれ』の違反じゃん!」って思うでしょ?

でも、聖書には――
自殺=罪とは一言も書いていない!!

しかも、聖書に出てくる自死の例(たとえばサウル王)は、
神に責められていないんです!!

カトリックがこれを「大罪」扱いしたのは、迫害を受けてないのに“自己殉教”が流行り出したから!
つまり、教会の統制上の理由だった!


💔離婚・別居・再婚ってダメなの?
 

「キリスト教って離婚禁止でしょ?」
「再婚すると姦通になるんでしょ?」

――って、信じてる人!!
ちょっと待ったァァ!!!

実は…
旧約律法では、離婚、認められてました!!(申命記24:1)

しかもキリストもこの部分、完全否定してるわけじゃない!

たしかに、山上の垂訓で「妻を離縁する者は~姦通の罪を犯すことになる」って言ってるけど、
これは――

不正な理由で離婚して再婚を正当化してた人たちへの警鐘!!

つまり、浮気して別れたくせに「律法に則って離婚しました」って顔する人へのツッコミ!

イエスは律法の本質を語ってるだけで、すべての離婚を禁止したわけじゃない!!

そして、パウロの語るコリント第一7章では――
離婚も再婚も、条件次第で“自由”とされている!!

特に現代の信徒は“聖なる者”とは別枠。だからこそ、これを盲目的に掟化しちゃうと、

→ 教会が「結婚」や「離婚」まで取り仕切る宗教ビジネスになる!?

っていう、本末転倒な話になるわけです!




💑同性愛・性別違和は罪か?
 

ここ、現代社会でめちゃくちゃ敏感なテーマですよね。

で、よく引用されるのが――
旧約の「男が男と寝るのは死刑」っていうレヴィ記(20:13)。

でもココ!!要注意!!!

それ、律法の話。
そして、パウロは言ってるんです――
「律法はキリストで終わった」(ローマ10:4)

つまり!

旧約律法を、キリスト教徒にそのまま当てはめるのは間違い!!

それに、ソドムの話(創世記19)でよく同性愛=悪とされがちですが、
あれは「集団暴行」「強制」「支配」の話。
先天的な性的志向とは切り分けて考えるべきもの!

パウロも確かにローマ書で“同性愛的行為”を批判してます。
でもそれは、性欲の暴走や、神への背信とセットで語られているもの。

一方で、先天的な性同一性障害や、性的嗜好が暴力的でない限り、
聖書はそれを明確に“罪”と断定してはいない!!

最終的な裁きの基準は“信仰”であって、性道徳ではない――これが結論なんです!!


👅嘘、ついちゃダメなの?
 

山上の垂訓で「誓うな。是は是、否は否を」と語ったイエス。

パウロも「互いに真実を語れ」と言ってます。

でも!!

ペテロやバルナバが“偽った行動”をしたこともあるし、
旧約でも、ラハブが敵を欺いたことで祝福されたケースもある!(ヨシュア記2)

つまり、神は――
「状況による」ことも分かってる!!!

一方で、動機が汚れていたり、欲のためについた嘘(アナニアとサッピラの事件)には、
ビシッ!!と裁きがくだってます。

嘘がすべてNGなんじゃなく、心の“欺き”が問題!!




🗽偶像崇拝ってどこまでアウト?

 

偶像崇拝――これもキリスト教では大罪扱いされがち!

でも、よーく読んでみると…

「偶像崇拝は契約に関わる“聖なる者ら”への要求だった」と書かれている!!

つまり、

普通の信者に対する“絶対命令”ではない!!

もちろん、神以外を神格化する行為は、本質的に“信仰”と矛盾する。

でもそれを“戒律”で禁止しても意味がない。
あくまで信仰と忠節の心から自然に避けるべきものなんです。

そして終末では、究極の偶像崇拝(世界的支配体制=獣)が登場し、それによって「誰が本当の信者か」が明らかになる!


【まとめ】じゃあ、キリスト教ってどう生きる宗教なの?
 

ズバリ!!!

❝掟に縛られる宗教じゃなく、信仰によって生きる宗教!!❞
 

信者が守るべきなのは「ルール」じゃない。

それは、神との関係性であり、愛による選択なんです!!

「こうしなきゃ地獄!」じゃなくて、
「愛によって、こう生きたい」と思えるかどうか!!




 

 

さらに深く知りたい方はぜひ新十四日派の元記事をご覧ください。

 

 

 

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