Think,Feel,Be Moved...

Think,Feel,Be Moved...

頭脳線と感情線が二本あるのりちゃんことのりこが
徒然なるままに想いを綴ります。

Amebaでブログを始めよう!
【ご挨拶】


どうも、お久しぶりです。

ブログ書くの、本当に久しぶり。


入社してから初めてじゃないでしょうか?


かつてのブログ更新率を今思えば、

どんだけ暇だったんだ私って感じです。笑



まあ一方で、あの時期のあの時間は
自分のこれからの事を
じっくり考えられたので、
大切な時間だったなと
思う次第でございます。




【近況報告】



photo:01



私、今京都にいます。
配属先が京都だったもので。


なんだかんだ、あっという間に3ヶ月が
経ってしまいました。



写真は、京都・嵐山では有名な「渡月橋」。

自転車で20分ぐらいのとこにあります。


修学旅行の定番地に住んでるというのは、

なかなか不思議な感じですけども。



ご飯は美味しいし、必見の建築物が
多い都市でもあるので
初めて親元を離れはしましたが、
おかげさまで元気にやっております。





【久々に更新したくなった理由】

さて、そんな京都在住の私ではございますが。
つい先日、東京に弾丸で帰って参りました。

目的はそう、クラウドファンディング「CAMPFIRE」で
パトロンとして支援させて頂き、無事プロジェクトが達成した
schooさんの『リリース決起集会』に参加させて頂くためです。


日頃からとっても興味深い授業を楽しく受講させて頂いてるschooさん。
現在は新校舎の建設中。
早く開校しないかなーと楽しみな限りなのですが。
<schooの最新情報をGETするにはこちら>


その決起集会には、私と同じように
CAMPFIREでschooのパトロンになった方々がいらっしゃって、
一緒にプロジェクト達成のお祝いをし、
たくさんの「これから」のお話をさせて頂きました。

その中で色々と考える事があったので
久々に筆を取る代わりに、Amebaさんにログインした次第です。


【「支援する」ということ】

そもそも、なんでCAMPFIREでschooさんのパトロンに
なったのかなーって思い起こしてみたのですが。



たぶん、なんてことない。

ただの好奇心だったと思います。


いやいや決して悪い意味ではなくてですよ!w

一人のファンとしていつも楽しみにしてますし。
schooさんのイベントで広がった人の輪もありましたし。
お礼の気持ちとして、少しでも
お手伝い出来たらなというのが大前提ではありますが。


「これからどんな風になっていくんだろう」
「新しい事って、何をしてくれるんだろう」

知りたい。
見てみたい。
使ってみたい。

そんなとっても素直な気持ちに動かされて
ポチッとボタンを押したんじゃないかなと
思うのです。

今回のschooさんのラスト2分、怒濤のプロジェクト達成ドラマは
最後の最後、そういうたくさんの人の好奇心が
自分を、そして自分の周りの人達を
後押しした結果じゃないかなと思います。


先日の、決起集会でもそう。

schooの皆様が語る、「これから」の話を聞いていたら
本当にワクワクして、すごく楽しくて、
私もその「これから」を見てみたいって心から思いました。

他のパトロンの皆様も、そういうワクワクする「これから」
見てみたいという気持ちが強かったのだと思います。


つまり「支援する」ということは。
そんな大げさな言い方ではなく「支える」とは。

もちろん何事にもお金は大切な面ではありますが、
ただ単に金銭からの援助をすることだけではなく。


『夢に寄り添う』


という事なのではないかと。

誰かが語る夢にワクワクして
その夢がどうなるかを見てみたいと思うから

少しでも「支えたい」「応援したい」と
思うのではないでしょうか。


もちろん、それがどうなるかは分かりません。
実現出来るかもしれないし、
カタチにならないかもしれない。

でも、そういった損得を考えさせる前に
人をワクワクさせる「これから」を語る事が出来る人。

そういった人を、人は応援したい。
夢に寄り添って続きを見てみたいと思うのだと思うのです。


【社会人として半年経って思うこと】

さて、そんなことをつらつらと考えていた私ですが。
では今の自分ってどうなのよと振り返ってみたところ。

半年経って、強く思うことがあります。




なーーーーーーーんにも出来ない。
ヽ(;∀;)ノwww



ええそうです、何も出来ておりません。
「こんなことも出来ないのか自分は!」と
愕然とする日々が続いております。

そりゃまだ半年なんだから当然だろ…と
社会人の大先輩方はおっしゃって下さいますが。

学生時代にブログに多々綴った「思い描く社会人像」が
いかに甘かったと言いますか、その大前提の部分から
始めなきゃいけなかったんだなーと、痛感する次第です。


それでですね。

「支える」ということは「夢に寄り添う」ことで、
ワクワクする「夢」や「やりたいこと」を語れる人が
応援したいと思われる人だと言いましたが。


今の私には「やりたいこと」を語る前に
もーーーーーーーっとその前提部分で
先輩方に教えて頂かなければいけない大切なことが
たーーーーくさん、あるなと思うのです。


『過失には責任を取ろうとするのに、
どうして夢に責任を取ろうとしないのか。

それは自分の夢なのではないか。
それほど弱いのか、勇気がないのか。

最初から自分の夢に責任を取るつもりがないのなら、
いつまでも夢が叶えられないではないか』


ニーチェは、かく語りき。
その「夢に対する責任」が、私の思う前提部分。


たくさんの事を教えてもらって学んで
ひとつひとつずつ、それをしっかり身につけて
「分かる」ではなく「出来る」ことを増やしていって。

そうなってから見つかるものもあるんじゃないかなって。


『当たり前のことを、当たり前に出来る』


こーれがね、難しい難しい。笑
そうなるには思っていたより、時間がかかるようです。

でもこれが出来るか出来ないかが、応援される云々の前に
大切な要素なんじゃないかなと思うのです。


そんな社会人になれるようにこれからの日々を過ごす事が、
今の私には必要かなと思う次第でございます。


【だからこそ】



そんなまだまだひよっこの私だからこそ
(もしかしたらまだ卵かもしれませんが…。←)

会社の先輩方。
社外の先輩方。
同期・友人・後輩たち。

たーくさんの人達の話を聞いて、語って。

自分の中の考え方や価値観、知識、見識を
広げていきたいなーと、まだ学生のときと
同じようなことを考えてます。笑


でも、それが学生のときと違うのは。
そこで得たものを、自分のこれからの仕事に対する姿勢に
組み入れていくことが出来る点でしょうか。


schooさんの授業で得ることが出来るものも、そのひとつ。
なので私はこれからも、ワクワクする「新しいカタチの学校」の
一学生でいたいと思います!


永遠の18歳。(違



久々の更新という事で、ついつい長々と書き綴ってしまいました。
さて、次はいつの更新になるでしょうか?笑
またお目にかかる日がありましたら、ぜひお付き合い下さい。

それでは、また!



photo:01



おはようございます!

いい天気ですねー。




最近は雲ひとつない綺麗な空を見ると

自然と「この空がひとつしかないのは」を聞きたくなります。



photo:02



「この空がひとつしかないのは」はこちら
ぜひご覧下さい。





こういう時音楽って、すごいなと思う。
自分が歌詞に共感したり、感動したりした音楽って、
なかなか忘れないものなんですよね。


生活の一部になるというか。
思考回路に組み込まれるというか。





昨日も森ちゃん @hiromi775 とおしゃべりしてたんですけど

絵画や彫刻のように動かずに一人で作り上げる芸術も、
人に感動を与えると思いますが。
ミュージカルや演劇、オーケストラやバンドなどの音楽のステージのように
「その場その瞬間で生み出される芸術」は殊更
それを体感している人々に感動を与えると思うのです。





一人だけでは出来ない。
一人だけが出来ても意味はない。
集団の一人ひとりが揃って初めてひとつの感動を生み出す事が出来る。




その最たるもののひとつ。人の声だけで音楽を奏でる“アカペラ”





先日は3月18日。

1年生の頃からの友人であるまこつこと井上誠くんを始め、
男女6人で構成されているアカペラバンド、
「MODS」のラストライブに行ってきました!




まこつが1年生の頃からずっと頑張っていたのを知っていたし、
私のサークルの企画にも一度、出演してもらったバンド。

その最後のステージは何としても見に行かなければ!
という事で、足を運んだわけです。

ラストライブには他のアカペラバンドも応援に駆けつけてですね。
同じ早稲田のアカペラサークル、SCSからやってきたEtoooonは
最高のパフォーマンスを見せ、会場に爆笑の渦を巻き起こした訳ですけども。笑


ついに大トリ。
MODSの出番。

photo:05



こんなにたくさんのお客さんが、MODSの最後の歌声を聞きに駆けつけたのです。
愛されてたんだなーって、すごく思った。


そして満を持してMODSの登場!

photo:04




ラストライブということで、たくさんの曲を歌ってくれました。

私のサークルの企画で歌ってくれた、
TUBEの「Paradiso~愛の迷宮~」も歌ってくれて。




あの学食のステージで歌ってくれたのは、もう2年も前になるのかな?
あの時より格段に上手くなってて。
この2年間、本当にたくさん練習したんだろうなーって。

途中のMCでまこつが
「一曲、一曲を歌い終わる度に
これがこの6人で歌うのは最後なんだって思っちゃうよ」
って話してたんです。

自分の引退の時を、思い出しました。
一つひとつの企画が終わる度に、「あ、これ最後だったんだな」って。

そして最後の曲を歌い終わり、アンコールの二曲も歌い終わって。
たくさんの温かい拍手の中、涙を流しながら
MODSの皆さんはステージを後にしたわけです。





「いつかまた、6人で歌える日が来ることを祈って」


メンバーのお一人がこう言ってたんですけど。

それを聞いて、最近の中で初めて「あー卒業するんだなあ…」って実感しました。




いつもの場所で、いつものメンバーで
あーだこうだ言いながら、
ひとつの音楽を作り上げてた日々。
MODSの皆さんにとって、当たり前の日常だった時間。


その時間が“終わり”を迎える。

その先もあると思ってた時間が“過去”になる。


学校に行けば、友達に会える。
“いつもの場所”に行けば、後輩や先輩に会える。

私にとって当たり前だった時間も、
「また集まれるように」と祈らないと叶わない時間になるんだなって。

でもね。

私はその時になって初めて、
人はその時間がいかに大切だったかを知るのではないかと思います。

当たり前だと思ってた時間が、そうでないと気付くのは
当たり前ではなくなった時であることと、同じように。

MODSの皆さんも、一生懸命頑張ってきたからこそ、
最後の一曲を歌い終わったあとに自然と涙が溢れたのでしょう。

寂しさはもちろんあると思います。
でも同時に今まで過ごしてきた時間、メンバー、
支えてくれた周囲の人への感謝。

そういう気持ちも込められた涙だったんじゃないかなと、
もらい泣きしながら思っていました。笑


それにね、彼らを見てたら。

きっとこれからも繫がりが切れる事はないだろうし
いつか本当にまた6人で歌う日が来るだろうなって
自然と思えた。

きっとそれは、今まで築き上げてきた強いものがあるから。
ひとつの“終わり”を迎えたからといって、
その絆が“終わる”ことはない
と思うんですよね。


その時にはまた、私も彼らの歌声を聞きたいと思う。
そう思う人は他にもたくさんいて。
その人たちがいる限り、いつかその日はやってくる。

だから私は、“終わり”を迎える事は“悲しい”事ではないと思うのです。
その時になって初めて気付く、時間や場所の大切さ
そばにいてくれた友人や両親の存在の大きさ
そして彼らに対する感謝

なかなか気付けないことを気付かせてくれる
この“終わり”は、同時にひとつの“始まり”

一つひとつの“終わり”があるからこそ、人は前に進める
のだと思います。

これから私はサークルのお手伝いをするわけですけども。
今日がきっと本当に最後だよね。

これでやっと、私が大学生活で一番情熱を注いできたものの
“終わり”を迎えられるわけです。

寂しいけど、それ以上に感謝してる。
ここで学んだたくさんの事を胸に、私は新しい場所で頑張っていけるから。
今日この最後の時間を、大切にしてきたいと思います。

そして3月25日。
16年間の学生生活の“終わり”を迎えます。

本当にみんな、バラバラになっちゃうよね。
会いたい時に、会えなくなる人がたくさんいる。

それはとても寂しい事だけど、でも繋がりが“終わる”事ではない。
皆がそれぞれ自分で選んだ道を進む、“始まり”の日。

私は寂しい気持ちを伝えるのではなく、
今までこの4年間を共に過ごしたくれた皆への
感謝の気持ちを伝える、笑顔の日にしたいと思います。

もう卒業を迎えた皆さん、本当におめでとうございます。
そしてこれから卒業を迎える皆さん、同じ大学のみんな。
“終わりと始まりの日”が、皆さんそれぞれの素敵な日になることを祈っています。


そして最後に。
私にこう考えさせてくれるきっかけと、
素敵な歌声をくれたMODSの皆さん。

本当にありがとう。


明日は今日とは違う自分。
それでは皆さん、よい一日を**

おはようございます。
昨日と今日と、とてもいい天気ですねー


先日、2012.3.11。

東日本大震災から、1年が経ちました。
この1年は私にとって、あっという間に過ぎてしまった日々で。
でもそれは、私個人の生活で過ごした日々であって。

この1年、東日本大震災のこと、被災地の皆さんのことを
ずっと考え続けていたわけではありません。
忘れたわけではない。
でも、彼らに対する意識が自分の生活の中に落とし込めていたわけでもない。


2011.3.11。あの時もそうでした。
「何かしたい。自分に出来ることって何だろう」
でも、何も出来ませんでした。
結局は自分の生活のことで、いっぱいだったんですよね。


1年を迎えるにあたって、自分なりの3.11を改めて見つめ直してみたいと思い、
「Stop Motion 11th」「Re:Start~今までとこれから歩む1年~」by 復興支援団体SET
に参加してきました。


「Stop Motion 11th」
友人がFacebookでシェアしているのを見て、カメラマンとして参加しました。
14:46~47の1分間、渋谷センター街の一角で動きを止めるというもの。
冒頭の写真が、他のカメラマンさんが撮って下さった写真です。

14:46。
笛の合図とともに普通の人たちがいつもと変わらず歩き続ける中、
およそ40人が動きを止めました。

1年前、一人狭い部屋(カラオケルーム←)で地震を迎えた時。
初めて本気で「あ、死ぬかもしれない」って思った瞬間。
実際にはさほど長い時間じゃなかったかもしれないけど、
まるで時が止まってしまったかのような、本当に本当に長い時間でした。

ファインダーを通して動きを止めている人たちを見て
そのときの「永遠のような瞬間」を思い出したわけです。
鮮明に覚えているものですね。

今回の主催者のjuttaさんがパフォーマンス終了後、
今後もこのStop Motionを継続させていくことについて、こうおっしゃっていました。

「11日は“立ち止まる”日。
多くの人にそういう風に意識してもらえるようにしたい」

人が常に忘れないでい続けることは、難しいことだと思います。
それでもふとした時に思い出す、意識するということも
とても意味のあることだと思うのです。

その繰り返しが、「ずっと忘れない」ということ。
私はそう思います。

次回は8.11の予定だそうです。
もっと多くの人に、「立ち止まって想う瞬間」が広まりますように。


「Re:Start~今までとこれから歩む1年~」

そして渋谷から次は国立オリンピック記念青少年総合センター棟に移動し、
友人が代表を務める復興支援団体SETの企画、
「Re:Start~今までとこれから歩む1年~」に参加してきました。

彼らは私と違って「何かしたい」という思いを行動に起こした人たち
被災地を自分たちの目で見て、耳で聞き、肌で感じてきた彼らから
何かを得たいという思いで参加させてもらいました。


・映像で振り返る2011年3月11日
2011年3月11日、14:46。
その時流れていた福島のラジオの放送から始まったムービー。
切羽詰まりながらも、冷静に避難を呼びかけるキャスターの声。
ガタガタという後ろの音だけで、激しく揺れているのが分かる。

同時刻。新宿南口のスターバックスカフェ。
いつもと同じように楽しそうに会話する女の子たちの声が
一瞬で不安と恐怖の叫びに変わる。

自分自身の恐怖も思い出した。
自分でもびっくりしてしまったけど、自然と手が震えた。

「その時から『日常』が『非日常』になった」

節電、計画停電、買い占め…
「そうだ、あの時そんな生活になっていたんだ」
正直な思い。
いかに自分の今の生活が『日常』に戻っていたかを痛感させられた。

被災地の被害の現状、ニュースでは知らされない悲惨な状況、
大切なものを守るために犠牲になった人たちの話。
初めて見るもの、聞くこともあって。

涙が出た。
彼らへの同情ではなく、無知な自分への悔しさでもなく。
ただただ、悲しかった。
あの時、感じた気持ちと同じだった。

そして同時に、きっと忘れてはいけない気持ちはこれだと思った。

ニュースで流れなくなったから。
話を聞くことも、目で見ることも少なくなったから。
だから自分の生活は『日常』となる。
それではいけないんだって。

ずっと悲しみ続けることと、悲しみを忘れないことは違う。

私は私の『日常』を生きなければいけない。
でもこの気持ちを忘れないことが、「何かしたい」という思いを持って
『日常』の中で行動する原動力になるのではないかなと。

そう思うことから、この企画は私の中で始まったのです。


・疑似体験ワークショップ
ここでは大学3年生の中杉勝矢という主人公が
震災が起きた2011年3月から2012年3月までの1年の中で
どのように復興支援に関わっていったかを疑似体験する
ワークショップを行いました。

2011年3月から5月までの勝矢くん、そのまんま私。笑

「何かしたい。でも何をすれば良いか分からない」
「節電は心がけたし、募金も1000円してみた」
「学校が始まったらサークルの新歓コンパしなきゃだし」


「何かしたい」という気持ちはもちろん持っていたけど
「何をすればいいか分からない」という迷いもあったけど
何より自分の目の前の生活を優先していたのは、事実です。


7月から8月、勝矢くんは2泊3日の東北ボランティアツアーに参加します。
彼はここでの体験で、自分の中で復興支援活動に対する思いを強くします。

対して私ですが、実はボランティアにも行ってないんですよ。
どうしても、自分の中で「ボランティアに行く」ことに対して
『本当に相手のことを思い、考えられているのか』という点において
偽善的なものを感じずにはいられなかった
のです。


でもここで、「若者が復興支援活動に関わる意義はあると思うか?」という
グループディスカッションにおいて、実際にボランティア活動に
言ってきた男の子から、こんな話を聞きました。

「被災地の人たちは、若い人たちが来てくれることだけで
嬉しいと言ってくれる。
ボランティアでも、旅行でもいいと。
当時のことも、詳しく話してくれるんです。

知ってくれること、知ろうとしてくれること。
それがすごく嬉しいって言ってました。」

これはね、私は衝撃でしたよ。
ボランティアという形で何かすることが“復興支援”だと思っていましたから。
被災地の人たちが、そんな風に思っていたなんて知らなかったのです。


そして9月から勝矢くんはさらに精力的に復興支援活動を行うようになりますが、
その中で東北復興支援を行っているNPOの社会人のおじさまに
「若者が復興支援活動に関わる意義」に関して質問します。
その問いに対して、彼はこう答えました。


「若者が元気に働く姿を見て、被災地の皆さんも元気になれる。
それはもちろん、大切な意義だと思う。

でも何より。
これから30年、40年とかかる東北の復興を見届けられる若者が
復興支援に関わることに大きな意義を感じるよ」



刺さった。ぐさっと刺さりました。
被災地の皆さんが「知ろうとしてくれることが嬉しい」という気持ちには、
こういう想いがあるからなんだと思ったのです。

私たちが関東大震災を経験していないように
これから先、東日本大震災を経験してない人たちがどんどん増える。

実際に経験した人たちの中には、復興を遂げた東北を
自分の目で見届けられない人たちがいるでしょう。


そっか、私たちなんだ。
素直にそう思った。

私がずっとこだわってしまっていた、例えば「ボランティア」に対する自分の意義。
そんなもの、見出す必要はないのかもしれません。
「何かしたい」という気持ちを、まず自分で行動に起こすこと。
誰かが始めて行っているものに、ただ協力する形ではなく。
自分自身で出来ることをする。自分なりの復興の形がある。

「思った気持ちを、等身大の自分で形にしていく。
それを大切にして欲しい。」


SET代表の吉田勇祐くんの言葉の通りですね。

いくつかのグループディスカッションを通して、
自分とは違う経験や価値観を持つ人たちと意見を共有することで
自分自身の考えを深めることが出来た時間でした。


・想いの宣言×グループシェア

そして最後に、「2013.3.11への1年間の復興Action宣言」として
自分はこの1年間でどのように東北復興活動を行うかを考え、
グループでシェアしました。

私は4月から、京都で社会人として働きます。
ですからまずは、自分のすべき仕事を一生懸命しなければいけないと思っています。

しかしこの企画の中で、とても疑問に思ったこと。

被災地に関する報道や、被災地への支援に「ピーク」があること。
本来なら「ピーク」があることがおかしいことなんですよね。
ボランティア活動の数も減っているという話を聞きました。
1年を機に、被災地から撤退するテレビ局もあると。
これから先20年、30年と復興活動は続けなければいけないのに
このまま新しい情報ばかりになり、何の情報も入らなければ
自分自身がそうであったように、リアリティが薄れてくと思うのです。

このリアリティっていうのは、とても大切だと思っていて。
実際に経験していなくても、今回のこの企画のように経験を共有するだけでも
以前よりリアリティというのは増すと思うのです。

それが、継続する原動力になる。

私は東京で(もちろん東北の皆さんとは比べてはいけないですが)、
地震を体験しました。
そしてこの企画の中で、改めて「東北の復興」に対して
自分たちが「復興の当事者である」という考えを深めることが出来ました。

これから、東北からさらに遠い関西に行きます。
きっと、東日本大震災に対するリアリティが東京よりも薄い場所。
それが悪いとかではなく。当然だと思います。


SETのみんなは、2011.3.11が始めるきっかけでした。
私は、2012.3.11が始めたいと思うきっかけでした。
そしてこれから行く場所では、新しいきっかけが必要なのだと思います。



何が出来るかまだ分からないけど、今日感じたことを忘れずに
自分がいる場所と東北復興との新しい繋がりを、きっかけを
作ってやるんだというぐらいの意気込みを持って、
これからの日々を過ごしていきたいと思います。


復興支援団体SETおよび本企画の参加者の皆様、本当にありがとうございました。



「この空がひとつしかないのは」
ミュージックビデオ

そしてこのSETの企画の中でも紹介されていた
被災地支援ドキュメンタリー「手のなかの武器」の主題歌、
「この空がひとつしかないのは」のミュージックビデオを
友人たちが作成し、昨日youtubeにて公開されました。

それがこちら。
「この空がひとつしかないのは」/キタオユカ

被災地が復興していく姿を、ドキュメンタリーでもニュースでもなく
新しい形で伝えていくプロジェクトの第1弾。

子どもたちの歌声と、笑顔と、夢がまっすぐで強くて。
私たちが理解しようとしても、きっと理解出来ないくらいの
悲しみを持っているはずなのに。

思わず涙がこぼれた。人目を気にすることも出来ず。

「その涙が支援に繋がっていくんだよ」

ぽんさんの言葉が優しかった。

ぜひ皆さん、見て下さい。
そして、周りの人たちにも伝えて下さい。
一人でも多くの人に、彼らのメッセージが届きますように。


「今までとこれからの私の3.11」
これが私の2012.3.11でした。
今までのことも、これからのことも考えられた時間でした。

大切な人がそばにいてくれること。
「当たり前」のことなんて存在しないこと。

いつも思い続けることは難しい。
でも立ち止まって振り返ることだって、忘れないことのひとつ。


実はこのブログを書き上げるのにも相当の時間を要しているのですが笑
これでやっと、私の2012.3.11も無事に終わりを迎えることが出来ます。
こうして言葉にすることって、やっぱり大切ですね。

もし読んで下さっている人が、少しでも何かを感じてくれたなら
嬉しい限りです。



明日は今日とは違う自分。

さ、また頑張っていきましょう!


fin...


photo:01



おはようございます!
皆様、お目覚めはいかがですか?*

私ですね、6日に

せなくん @sena_no12
こーひろくん @ko_hiro_ko
みどちゃん @dreamyy_
めぐちゃん @megneko

と語りました\(^o^)/
ちなみにお店はこちら⇒
<神田基地>
http://r.gnavi.co.jp/e213500/

沖縄料理のお店なんだけど、いい意味で沖縄料理屋らしさのない
とってもオシャレないいお店でした♡

みどちゃんとめぐちゃんは絶賛就活中。
1年前の私たちみたいに、悩みながらも前に進もうとしている時。


自分の夢、目標。
どうしてこの道を選んだか。
それぞれの問題意識。
価値観の共有、議論。

あっという間に流れてしまったと感じるぐらい、楽しくもまた学びの多い時間でした。

その中でも特に、印象的だったこと。


「捉え方を変えれば、“失敗”ということは無いんじゃないか」


というこーひろくんの言葉。


彼曰く。


「今まで経験してきたことに、無駄なものは何ひとつない。

自分では例えその時には“失敗”だと思ったとしても、そこから学ぶことは必ずある。

その学びを次に活かすことを続ければ、“失敗”ということすらないと思う。」



過去に無駄なものなんてない、という事は私も信条のひとつ。


ただそこから、「“失敗”ということすらない」という考え方は私にとって初めてで、なかなかの衝撃を受けたわけです。


生きる事は選択の連続。
そしてどの選択が正しいのか、選ぶ時点では分からない。

つまりはその時の「選択」には正解も不正解も、成功も失敗のないのです。


正解も不正解も
成功も失敗も

自分で選んだ「選択」を信じて、進んだ「結果」。

その「結果」に対する自分の「評価」
や「捉え方」なんですよね。


「自分が選んだ道が正解だったか不正解だったかは所詮結果論。

“選んだ道が正解だ”と信じて、その道を進むだけ」



せなくんの言葉が響きます。


アメリカで、ある新規事業家向けの投資セミナーが開催された時。

主催者の方が事業家たちに
『この中で、1回も事業を失敗した事がない方』
と質問しました。

すると手を挙げたのはその中の1~2割だけ。
そして主催者はその人達を帰らせたのです。


「“失敗”からこそ学ぶ事がある」

彼らは一度や二度、失敗した人間に投資の価値を見出す。

これは「切腹の文化」が根本にある、失敗する事を極度に恐れる日本人とは相反する価値観だと思います。


「“成功”の反対は“失敗”ではない。
失敗を恐れて“挑戦しないこと”」



過去に対する評価は結局、自分自身で与えるもの。

どんな「結果」からも学びを見出す。
そして次の「選択」に活かす。

このループを繰り返すことで、「“失敗”がない」という考え方が出来るのではないでしょうか。


そしてそれは同時に、自分自身の道を信じる事に強さをくれると思います。


だって、恐いものないじゃん。笑

自分の行動の結果に、他の誰かが“失敗”の刻印を打つわけじゃない。

打つかどうかを決めることも、打つこと自体も自分自身だと分かれば。




ということで私は今日からまず
「あちゃー失敗したあヽ(;▽;)ノ」
と言うことを封印します!

誰もが必ず持っている「“失敗”に対する怖さ」を、少しずつ消していきたいですの。



それでは今日からゼミの卒業旅行に行って参ります。
きっと変わらずに飲み散らかすのでしょう。
楽しみで仕方ありません。←


明日は今日と違う自分に。

行ってきます!
$Think,Feel,Be Moved...


Good afternoon!
今日は2つ書いちゃいます。
昨日は私にとって大きなイベントが2つあったものですから。


「縁は異なもの味なもの」

という言葉がありますよね。
理屈では説明できない縁があるという意味です。
思わぬところで男女が結ばれる際に用いられます。


「縁」

”人と人を結ぶ、人力を超えた不思議な力”のこと。

仏教の世界では「因縁」や「縁起」といった言葉に使われますが
何でも知ってるwiki先生によると(笑)
縁起は「因」を略したもので
「ある結果が生じた時は、直接的・間接的な原因を全て含めて
あらゆる存在が互いに関係し合う」
ことだそうです。
「縁」はその中でも「直接的な原因以外の、それを助ける外的な要因」を指すそうで。



先日、地元の駅から池袋へ向かう電車の中で
座ってMacBookを開き、「さてどんなくだらないことをつぶやくかな」なんて
くだらないことを考えていたら、声をかけてくる男性がいました。

なんだろうと思って顔を上げてみたら。
5年ぶりに見る懐かしい顔が。


初めてお付き合いした方が、目の前にいらっしゃったのです。



$Think,Feel,Be Moved...



この時の私の驚きっぷりといったら。
うさぎさんどころの話ではありません。
(あまりに信じられなくて、思わず泣きそうになってしまったのは秘密の話)



今から5年前。高校3年生の時。
初めて付き合った彼と、ひどいケンカ別れをしました。

今振り返ってみれば、私がなんて子供だったんだろうと思いますが
子供ですよね。私、19歳だもん。笑

それ以来、連絡先を教えなかったからメールも電話も一切することなく。
名古屋にいるということを最後にそれ以降、
彼が今どこにいて何をしているのかも分からない状態でした。


大学に入学して素敵な仲間たちに囲まれて、新しい大切な恋をし、
あっという間に過ぎたこの4年間。

「どうしてるかな?」ってふと思うことがあって。
これからちゃんと、社会人になるんだよってことを伝えたいなと思って。

共通の知人を通して、報告を兼ねて連絡してみました。
そしたらなんということもなく、返事がきて。
「おめでとう」って言ってくれました。

それを機にFacebookで繋がって。

そしたら彼は結婚していて!
写真で見る生まれたばかりのお子さんは彼にそっくりで。

”幸せになったんだな”

きっとあの時たくさん傷付けたから。
すごく、嬉しかった。


でも会うことは二度とないだろうなって、思ってたんです。
私が京都に行ったら、なおのこと。


なんて思ってたら、電車でばったり会うんだもん。
土曜日に地元の友人の結婚式があったから、こっちに帰ってきてたみたい。

「いつもはもっと前に乗るんだけど、混んでたから」

私もいつもはもう少し後ろ。
同じ車両に乗ってるなんて。


全然変わってない。
髪型も、スタイルも。
中年太り、してなかったね。笑

電話で聞いて覚えていた声より、ちょっと低かったかな。
でも笑い方も、笑顔も変わってない。

左手の薬指に、指輪がキラリと光ってた。

私にとってはあっという間だった5年間も
違う場所では長い長い時間だったんだなと。


他愛もない世間話をして
お互いの近況を報告し合って
昔のことを少しだけ、懐かしんで。

新宿でバイバイ。
話した時間、30分ぐらい。


でも話せてよかった。

昔のこと謝れなかったけど
「ありがとう」って言えなかったけど

”切れてた縁が、繋がるということ”

京都に行く前に、会わせてくれたんでしょうか。
「理屈では説明できない、人と人を繋ぐ力」
前と同じように普通に話せたこと、それが何より嬉しかったわけです。


「偶然は必然」

という言葉がありますが。

私が思うに、こと「人の縁」というものにおいては
起こること全てが『偶然』だと思うのです。

『偶然』は「予期しないことが起きること」。
未来のことを予期できる人はいません。
自分の身の回りに起こること、全てが『偶然』。

あの日、この場所に行ったから
この場所に、その時間いたから
その時間に、あの人と話したから

いくつもの『偶然』の積み重ねで、人生というのは出来ていて。
その『偶然』を、「起こるべくして起こったんだ」と思うのは自分。
『偶然』を『必然』とするのは自分自身なのです。

人は身勝手な生き物だから。
自分にとって喜ばしい『偶然』を『必然』と思い、
その『偶然』を『奇跡』というのでしょう。

でもそれでいいと思う。

たくさんの辛い悪い『偶然』が重なる中で、
ひとつでも「起こるべくして起きたんだ、よかった」と思うものがあるから
人はその『必然』を大切に出来るんだと、そう思うのです。


「人と人との繋がりっつーのは、切れへんもんなんや。
切ったらあかんねん。」



『偶然』繋がったものを、一度でも『必然』と思って繋げたなら
きっとその「縁」は、またどこかで繋がる。

”人と人を結ぶ、人力を超えた不思議な力”


その力の片鱗を体験した、ある日曜日の出来事でした。
これがあるから人生って面白いのかもしれませんね。
(と、22歳が言う台詞ではない。笑)



それでは、最後に。
短い時間だったから彼にちゃんと伝えられなかったので、
この場を借りて少しだけお伝えして、お別れしたいと思います。

完全に自己満足ですごめんなさい。笑


$Think,Feel,Be Moved...



拝啓 Hさん

3年半。
「家族以外の誰かと共有した時間」の中では
22年間の私の人生で、一番長い月日です。

ダーツもビリヤードもドライブも
お台場の観覧車も六本木のイルミネーションも
全部が初めての、楽しい時間でした。

5年前は、本当にごめんなさい。
今なら思う。なんて若かったんでしょう。笑
一番大変な時に、辛い思いをさせたかもしれません。
本当にごめんね。

でもこうして会えて、少しでも話せてよかった。
昔と変わらずに話してくれて、ありがとう。

「俺も一番長い時間だったよ」

そうだったんだね。
でもこれからあなたは、私たちが一緒にいた時間の何倍もの時間を
今隣にいる人と、その間にいる小さな子と歩んでいく。

『私も28歳ぐらいで結婚したいな』
「28歳ってあと6年ぐらい?そんなもんじゃない?」
『でもその時には、お子さんもう6歳だよ』
「うわー。そう考えるとすごいな」

私たちの間にある7年の差と
離れてた5年の時間は、こんなにも大きくて。

でもお互いの道をしっかり歩んでいたから
これからもきっと、お互いの道を歩んでいけると思います。

私もこの5年の間に素敵な恋をしたよ。
どれも大切な恋でした。
もちろん、今でもあなたとの恋は大切な思い出です。

これからももっと素敵な恋が出来るように
素敵な女性になれるように頑張るから
ご心配は無用ですので。笑


たくさん、ありがとう。
私は今、元気に幸せな日々を送ってます。
あなたにもずっと、幸せな日々が続きますように。