TOEICは美味しくなかった。

TOEICは美味しくなかった。

学生だったのに、いつの間にか社会人になっていました。社会人1年目です。
教育サービス業に従事しています。全く楽な仕事ではないですが、楽しい仕事ではあります。
その生活について、ちょこちょこ書いていこうかなと思います。

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最近カメラを買いました。

コンパクトデジタルですが、かなり高性能で、いろんな物がきれいに撮影できます。

しかし、まだまだ機能を使いこなせていません。

マニュアル撮影ができるようになりましたが、星景がうまく撮影できません。

せっかくF1.8の高機能があるのに、うまく使いこなせず。。。
教員を新任のころは塾で働かせて、経験を積ませたあと、学校に送るという試案があった。
それは、その塾の文化によるが、指導性のないサービス業では、力がつかない。それどころか、ますます学校の権威は落ちるだろう。
もし、塾で修行させるのであれば、必ず、指導性を発揮している塾であるべきだとおもう

目の前に、英字新聞がある。
これを教材にいかせないものか。
目の前には生の英語が転がっているというのに、「それで点が取れる?」
というこの問いにまだ反論することが出来ない。
こういう教材を使いたいです「じゃあそれで点が取れるの?」⇒「これで英語を学ぶと~になって、点が伸びるのと同時に英語が好きになります!」と、びしっと答えたい。


僕は通訳養成学校には通っていなかったが、通訳養成学校のトレーニングは積んだ。通訳トレーニングは自分にはなかなかの難題であった。
まず、単語が聞き取れないのである。vagueなんかはヴェイグと読むけれど、脳内ではヴァーギュー。
使えるはずもなかった。

転機が訪れたのが大学1年の時である。何気なくとったのが通訳トレーニングの本であった。内容は大学入試の問題から選んだものなので、単語ならある程度知っている。

そして、やってみた。俺の耳の弱さ、口の弱さは半端ではなかった。センターの英語、実は9科目のなかで下から2番目に低かった。リスニングは10点であった。
リスニングは何を言っているのかわからなかった。

しかし、シャドーイングとクイックリスポンスを繰り返しやっていくなかで、活路は見出せた。
少しずつわかるようになってきた。だいぶ改善された。

最近はもうそういったトレーニングを積まなくなった。

それが祟ってか、最近、英語の発音がだんだんヘボくなってきている感じがする。
アクセントやリズムが英語らしくなくなってきた。

僕は塾で働いている。
こういった指導法でどこまで行けるのだろう。
子供達を実験台にするわけにはいかない。しかし、放っておくわけにも、いかない。
小学校のうちから、クイックリスポンスぐらいなら始めていってもいいんじゃないか。
内容を固めて、実行して行こう。






ふむ。FRBのバーナンキ議長がアベノミクスと同じ思想であることは知っていた。
実際にバーナンキ議長はアベノミクスを支持している。
しかし、FRBはかつてそれで失敗したのではなかったか?
国債購入などによる、量的緩和政策。
しかし、そんな半年で物価が動くまでに改善されるのか。
量的緩和から物価にまで影響が出てくるにはタイムラグが必ずあるはずで、そのラグの大きさは、国民の期待感によってくるだろう。
日本国ではどれほどの日本人が期待を持っているだろう。
高3でのことです。
国立大学の入学試験を控えた私は、過去問をすでに解き終え、ほかの大学の、特に関西圏国立大の過去問または実践問題集に手を出し始めていました。
たしか冬場1月のことだったと思いますが、私の英単語の能力もまだ乏しかった時です。

京都大学の入試問題実践問題集に取り組んでいました。通称青本です。あれです。

読み始めましたが、単語がわかりません。とにかく、単語があまりにハイレベルだったことを覚えています。たしか、「自然淘汰」とかそういう単語も出ていました。しかし、当時自然淘汰なんていう言葉すらわかっておらず、もしこれが国語なら終わっていたでしょう。

しかし英語の文章なので、1か所が難しくても、まだほかのところがそれほど難しくないのでなんとか類推できました。

ここで大切だと思うことは、いろんなことに興味をもって取り組んでいく姿勢だと思います。

京大は文章が難解なことで知られています。哲学から歴史、数学に関することまで英語の問題として出題されています。

私が思うことは、こういう問題に対処していくときに背景知識などが重要になってくるということです。英語が嫌いであってもそのあたりから身に着けていってほしいなと思う今日この頃です。
多読の効用。

私が一番したいことは何かと言われれば、多読多聴教育であると答えるだろう。昔、なにも知らなかった頃に読んだ一冊の本、名前は「英語多読法」。そのままですね。
この本を読んで変わりました。
著者は自らが経営する塾内において、多読コースともう一つの精読コースを設け、2つのクラスでのACEテストの比較を行います。

すると、多読クラスも精読コースに劣らず良い結果が出てるのです。
お金はかかりますが、強制することなくおこなえるのがこの多読なので、個人的にはものすごい興味があります。


子供にとって大事と言われている遊びと家族での食事、その他の時間を奪っているのは、習い事であることが多い。もちろん、塾も含まれている。塾は普通の習い事と違っている。休めない。

それだけでなく、遊ぶスペースもなくなってきてることも大いに問題だと思うし、一緒に遊ぶということをどこまでやっているのか。

欧州ではサッカーが昔から人気がある。サッカーであれば、必ず数人での遊びになる。
サッカーという固定化された遊びではあるものの。

日本はそうではないと思う。

一概に欧州の方がいいとは言い切れないが、向こうではテレビゲーム屋にあまり子供も入っていなかった。記憶がある。


そして、日本人は瑣末な文法や、難しい単語
を知っているが、肝心なところが抜けていると言われる。
皮肉である。しかし、知っていて損をすることがあるだろうか。それはないと思う。
いかなる使えるという意味に置いても、知識は多い方がいい。発信するだけなら簡単な文法と単語だけでいける。しかし、それでなにを発信しようというのか。
使える英語は日常会話だけにしか焦点をあててないのか?

英語は英語なんやから、そのあたり、英語の中での区別とかしたらあかんと思う。

使える日本語なんて言う本、見たことない