落語家が書いたウソのような本当の話
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こぶ平改め林家正蔵――己が光で照る

林家 正蔵
九代正蔵襲名

◆◆ 「14光り」に別れ告げ
    9代目正蔵、己が光りで照る ◆◆

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 さて、本年3月21日に9代目林家正蔵(はやしやしょうぞう)が誕生する。7代目が祖父、父が故林家三平の「海老名一家」の長男林家こぶ平である。(先代の故8代目正蔵師は、「借りた」名跡を最晩年に家族に返上。自らは彦六―ひころく―を名のった。)
当方、手もちの写真がないからとはいえ、ご本人に無断でどこかの写真をコピーして掲載すると著作権とショーゾー権の侵害になるので、割愛したい。
ここに、今から20年前、本誌第14号での紹介記事がある。小さな勉強会でも怠ることなく「7光り+7光り」の重圧をはねのけて今進境著しい9代目林家正蔵の新しい正蔵像の誕生がそう遠くない時期に迫っていることを確信したい。(文中敬称略お許し下さい。)

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<1月23日>新進
チャレンジする人は偉大である。しかし無謀は足許が浮く。ひとよりゆっくりならば遅れをとる。ひとと同じでは流される。大きな歩幅では浪風が立ち、木枯しならば顔はシワクチャ鼻みずも凍る。
「第1回林家こぶ平実験室」。「ドーモスミマセン」―故林家三平師の長男で、根岸「海老名一族」の総領である。
「親の七光り」―政界・財界でよくもち出されるが、落語界隈からきこえてもくる。しかし“14光り(?)”となったら限定される。祖父も噺家7代目正蔵(故)。(故彦六師は8代目。)それだけにプレッシャーはかなりな筈。しかし、厳然とある条件を最良の条件とするか最悪の条件になるか、“三乗の輝き”がかかっている。(「季刊 日本の笑い」1985・春・14号)

がまの油

斎藤 孝, 長谷川 義史
がまの油

言葉に出して語る日本語――のヒットメーカーが書く。


本年3月21日に9代目林家正蔵(はやしやしょうぞう)が誕生した。7代目が祖父、父が故林家三平の「海老名一家」の長男林家こぶ平である。

先代の故8代目正蔵師は、「借りた」名跡を最晩年に家族に返上。自らは彦六―ひころく―を名のった。

彦六師匠は、その後「おばあさん落語」で一世を風靡する 古今亭今輔とともに「一朝おじいさん」の晩年をみとり、明治の名人円朝創作の(当時の)新作落語の伝授を受ける。

一朝翁はがまの油商いの元締「両国の三吉」の妹を妻にめとっている。
永井兵助(ながいひょうすけ)が作り、両国や浅草で披露した「がまの油」の口上は彦六師匠から筑波太郎左衛門に受け継がれた。

はなし家の書いた本

林家 彦六
正蔵世相談義

本年3月21日に9代目林家正蔵(はやしやしょうぞう)が誕生した。7代目が祖父、父が故林家三平の「海老名一家」の長男林家こぶ平である。

先代の故8代目正蔵師は、「借りた」名跡を最晩年に家族に返上。自らは彦六―ひころく―を名のった。

「両国の三吉」の妹を妻に迎えた「一朝おじいさん」の晩年を、後に「おばあさん落語」で一声を風靡する古今亭今輔とともに面倒を見て、明治の名人円朝ゆずりの数多くの噺を教わった。

「両国の三吉」は「がまの油」の元締でもあった。永井兵助(ながいひょうすけ)のつくった「がまの油」の口上は8代目正蔵師匠から筑波太郎左衛門に口伝された。

落語家が書いたウソのような本当の話

伊東 清
八代目林家正蔵 正本芝居噺考

本年3月21日に9代目林家正蔵(はやしやしょうぞう)が誕生した。7代目が祖父、実父が故林家三平の「海老名一家」の長男林家こぶ平である。先代の故8代目正蔵師匠は、「借りた」名跡を最晩年に家族に返上。自らは彦六―ひころく―を名のった。明治の名人円朝から「一朝おじいさん」へと継がれる芝居噺の第一人者であった。もとじめ・「両国の三吉」の妹を妻にした一朝翁直伝の「がまの油」の口上は「筑波太郎左衛門」に伝授された。