昨年の大晦日の朝、祖母が旅立ちました。
106歳でした。
連絡をもらったのが年明けだったので、元日に娘と「おばあちゃんも年越せたねぇ」なんて話していたのになぁ。
大晦日の夕方、本当になんの気なく自分のスマホの中の祖母と娘たちを撮った写真を眺めていたんです。
もしかして近くに来てくれていたのかな?
最後に会話した去年の夏、しきりに祖母が昔住んでいた東京の水道橋のあたりのことを聞きたがり、最後に会った冬に危篤から戻って記憶をなくしたあとも病室で「ここはどこ?東京駅?」と聞いていたので、、、
東京に行きたいんだな。旅立ちが近いんだな。
と、予感というか覚悟というか。
おばあちゃんに会うのは最後になるだろうな、った感じていました。
おばあちゃんも病室を出る時、私たちが誰だかわからない状態なのに手を振ってバイバイしてくれたから、多分おばあちゃんもわかっていたのだと思いました。
そして今、自由になったおばあちゃんは帰りたかった東京のガラリと変わった景色を見たり故郷の愛媛まで出かけているかもしれない。
おばあちゃんの年にしてはきっと珍しいのだろうけど、大学を出て理科と数学が得意だったというおばあちゃん。
どうか長女の受験のときには理科と数学が苦手な長女にちょっとだけパワーを送ってね!
手芸も編み物も工作も落ち葉や押し花で作る風景画も、手を使うことならなんでも得意だったおばあちゃん。
そのおかげで106歳までボケることなく頭はしっかりしていたけど手足が不自由になって本を読む以外、趣味を楽しめなくなってしまったから、これから好きなこといっぱいしてね。
いつもオシャレでデパートで化粧品やお洋服を買っていたおばあちゃん。
この数年はずっとパジャマだったから、またオシャレして若いとき先に亡くなってしまった旦那さんとデート楽しんでね。
おばあちゃんがまた自由に好きなことを楽しめると思うと悲しくないけど、この世界におばあちゃんが不在になってしまったことは寂しいです。
でもまた会えたとき、東京こんな風になったよっ
っていっぱい話したいな。
おばあちゃん、ありがとう。
これからも見ていてね。たまに遊びにきてね。
たくさんの思い出をありがとう。

