微笑みの国の音楽
微笑みの国、タイ。
友達が以前にバンコクで仕事をしていて、20代前半に
何度か訪れたことのある、思い出の地です。
テレビなどで、特集があると思わず見入ってしまうくらい大好き!
遊びも演奏旅行も、全てに夢中になっていたあの一瞬。
私のとっての、まさに「青春」の地。
またいつか絶対、ここに「帰って」こようと思っています。
そんなわけで、タイ禁断症状にある今、
いつもはタイ伝統音楽のCDを聴いて、気分にひたっています。
現地のスーパーで300円くらいで買ったんですが、
安いしもっといっぱい買ってくればよかったなー、と思うくらい。
家にいるとき、お香を焚きながら聴いていると
ここはバンコク? って気分になるほど。
気分がゆったりする、すごく素敵な響きです。
せかせかした日常を忘れさせてくれます。
何十回も聴いているので、別の曲も聴いてみたいなあと思ってるところ。
タワーレコードとかに、もしかして売っているかな?
さすがに300円じゃむりだろうな~。
モノレールと観覧車と飛行機
お散歩がてら千里中央まで(江坂から10分)お見送りに行こうと思ったら、
勢いで、大阪モノレールでそのまま伊丹空港まで着いて行ってしまった。
久しぶりのモノレール。遊園地の乗り物っぽくてちょっと楽しい。
でも、運賃結構高いんですよね~。片道4駅で320円もした
千中まで利用する北大阪急行なんて、3駅で120円(初乗りナント80円!)だというのに(笑)
リアルな眺めなんですよね
窓にはりついて、外の眺めをキャッキャと楽しむ直とうらはらに、
壁に背を向け、決して外を見ようとしないヤマさん。
そう、彼はプチ高所恐怖症。
マンション11階にある直の実家に帰るときも、
廊下の手すりの下は一切見ません(笑)
そんなヤマちゃんは、当然観覧車もダメだそうで。
「地震・かみなり・火事・おやじ・ヤマ」 (←使い方間違ってる
な彼にも意外な弱点があるのねぇ。
その観覧車、一部がなんと“シースルー”仕様!
つまり、足元まで全て透明で下まで見渡せるハコですね。
観覧車だけでも恐ろしくて乗れないのに、シースルーとは。ダメだこりゃ。
そんな彼でも、なぜかジェットコースター系は全くOKらしい。
あれ?、かなり高~いとこまで上りますけど…。
普通は逆のような気もしますけど、ふ~ん…そんなもんなのか。
かなり到着がギリギリだったため、すぐに手荷物チェックし、
ヤマさんとは早々にお別れ。バイバ~イ。
一人残されたが、時間があったのでそのままお土産コーナーをウロウロ。
伊丹空港は、実家のベランダから滑走路が見えるくらいめっちゃんこご近所なのに、
国内線にのることはほとんどない私にとって、
新鮮で結構ワクワクするところだった。
地元大阪&神戸のお土産なんて、意外と目にすることがないので、ちょっと面白い。
物議をかもした、橋本知事ブランドのお菓子も、ここで初めて見ました。
近くで見ると迫力ですなぁ。音もものすごいし。
たぶん大都市便のジェット機、ちいさな機体のプロペラ機、
それらが次から次へとブンブン離陸していきます。
結構フライトスパン短いんだぁ。ほお~。
離着陸時のリアルに伝わる揺れの恐ろしさが、
ジャンボ機と違ってそれはそれはものすごいらしい…
特に「彼」にとっては、さぞかし恐怖でしょう(笑)
「ガンバレ~」と小さくこぶしを握り、見送りました
ESAKA散策。
秋の夜長。
というにはまだまだ夏の残り香があちこちにありますが、
近所を散歩することに。![]()
まだまだ日中は暑いけれど、日が沈むと風が心地イイです。
普段出歩く道と、反対方向をてくてくてくてく。
行き先を決めずにてくてくてくてく。
江坂に暮らして3年。
ご近所を全く!といっていいほど知らないことが分かった。
だって、普段は家と駅前にある職場との往復と、
駅前で買い物をするくらいでしか外を出歩かなかったので。
幸いにも(?)駅も目の前。
歩いて5・・・いや3分も経つと全く見知らぬところへ出た(おい)。
江坂って北摂でもかなり個性的な街で、
オフィスビルと田んぼと住宅街が当たり前のように同居している街なんです。
30年位前から開発が始まる前までは、一面田んぼだったらしいです。
その名残で、ビルとビルの隙間に稲穂が揺れているという風景があちこちに☆
タイムスリップしたような感覚が面白かった。
そしてちょっと東へ歩くと、阪急の豊津駅へ。
こちらは対して、昔ながらの商店街。
かばん屋さんとか薬局とか、写真屋さんとか。
いわゆる古~い「お店やさん」が軒を連ねています。
そして、ついに見つけちゃった♪♪ 『お風呂屋さん』 ![]()
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最近はスーパー銭湯が流行っているけど、
こういう、いわゆる町のお風呂屋さんって大好き!
近いうちにゼッタイ行こうと思います。
友達同士らしい高校生か大学生位の女の子二人がキャッキャ笑いながら、
私の目の前で、のれんをくぐっていきました。
こういうの、ほほえましくていいなぁ。
また散策するぞ~ぅ![]()
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今日は、午後からいつものサロンで髪を切りました。![]()
(どうしたんですか?こんな時間に!と言われました・笑)
ほんのり残ってたパーマがすべてなくなって、ただのおかっぱ。
色もこないだ黒くしたので、ますます年齢不詳になりました。。。
ナナロク世代(ただし女子)。
ふと思い出し笑いをしちゃったことが。
それは、私たち“ナナロク世代(女子)”の青春時代について。
例えば、あのmixi・笠原健治社長も、ナナロク世代(75年生)といわれていますね。
世代が一緒なので、勝手に言葉を拝借しちゃいました^^
ちなみにナナロク女子の青春時代は、おおむねこんな感じでした(笑)
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[1990年前半] ナナロク女子・中学校~高校生の頃。
・世は 「OL・女子大生ブーム」 真っ盛り。
・ジュリアナ東京全盛期(子供には遠いので行けず)
・ブランド大流行(子供には高いので買えず)
高3の時、生まれて初めてお小遣いで「Cancam」を買った。
(高校の先輩が読者モデルで載ってたから。これがまた超ステキな先輩で!)
先輩たちに憧れて、受験勉強をした。
ジュリアナには興味なかったけど・・・(笑)
・この頃、バブル崩壊。
↓ ↓ ↓
[1995年・春] 晴れて高校卒業!
いよいよ自分も「女子大生」に?(わくわく
ところが悲しいことに、自分の入学とまるで入れ替わるかのように
女子大生ブームはすっかり終わっていた。
女子大生という言葉自体もすでに死語に・・・
・世はすでに、「コギャル&女子高生ブーム」!
・街には、アムラー&茶髪にルーズソックスの女子高生がうじゃうじゃ。
・厚底ブーツが大流行(←これは買った)
↓ ↓ ↓
[~1999年頃]
そしてそんな寒~い私たち女子「学生」を最後に待ち受けていたのはそう、
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今じゃネタにすらしています
「あーそうだったねぇ、かわいそうだねぇ・・・あははは!」 と一笑されました。おかん・・・。
いいよ、強く生きてやるぅ
ナチュラル・・・。
友達のブログからこんなん見つけました。
略語復元ジェネレーター
http://seoi.net/ryaku/
略語を入力することで、
その語源が何だったのかを予想することができます、というモノ。
友達は自分の名前とダンナさんの名前を入れていた。大爆笑。
ワタシも早速、“略語復元”~![]()
名前をひらがなで入れて・・・っと・・・。
私 → ナチュラル 汚物コレクター
ダンナ → 由無き ヒステリック 露出狂
・・・・・・。
